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狂戦士さんとSM

 私の中の意識のスイッチが明確に切り替わる。

 身体の制御が理性から本能へ明け渡されたのだと頭の何処かで察する。


「――はっ」


 なんだかひどく気分がいい。

 身体はこんなに傷だらけで痛みが走っているのに、被虐すら快楽へと変換されていくのを感じる。

 心の何処かに残っていた恐怖も、不安も、あらゆる臆病な感情が融け合い混ざり合い熱狂の焚火の中に燃料代わりに焚べられていく。


 理性が落ちたからか、今まで不純物として処理され拒絶されていた神の力――イデアとやらが、この身に適応していくのが分かる。


 濃度は低いが、全身に熊との戦闘以来の全能感が満ちてくる。

 どうやら女神に色々と説明されて以来、得体のしれないものに身体を明け渡すのを無意識に恐れていたらしい。

 全く、そのような余裕のある戦いなぞ殆ど無かったというのに……。


 銃弾の嵐は止まらない。

 だが、今の私ならばこの程度の銃撃、最早足止めにもなりはしない。

 先程よりも緩やかな速度に見えているが、今となっては避けるまでもない。


 防御を捨てた為に身体を撃ちぬく銃撃の数が増えるが、その痕は浅く、衝撃は石をぶつけられた程度に緩和されている。

 つまり、このまま突撃を敢行するのに何も支障はないということだ。


「――はははははっ!」

 

 笑い声と共に突撃し、敵の足元まで辿り着く。


 射程圏まで迫った為か銃弾は数本を残して銃撃は治まり、下半身の触手が私に群がるように迫り来る。

 遅い。


「ぉぉぉおおおおおッ!」


 触手一つ一つの動きを視認し、身体に迫る触手を近いものから力任せに凪いでいく。その勢いのままくるくると舞うように、避けつつも攻撃を連続して行う。

 本来なら再生力に任せて無限に振るわれるのだろうが、予想通りこの剣によって作られた傷口は再生が極端に遅いようだ。順調に数が減っていく。

 

 だが、切り飛ばした以上、触手自体はその場に残る。

 切り落とされつつも一瞬私の視界を触手の残骸が遮ったその瞬間、焦るように高速で振るわれた触手が、遮る触手毎叩き潰すように不意を打って私の左腕を強打する。


 ……避けそこねた。途中から視認はできていたが、主要部への打撃を避けるために、後回しにされた左腕は避けきれなかった。小回り重視で右腕のみで剣を振るっていたのが仇となったか。


 左腕がぐちゃりと潰れて、膨大な圧力によって肩口から引き千切れていく。衝撃で回転しつつ、後方に弾き飛ばされる。

 一度地面に強くバウンドしたが、直ぐ様足で着地して勢いを押し殺し、相手に肉薄する為飛び込む。


「――ヒ」


 当たりどころが悪ければ全身が引きちぎれ砕け潰れる様な圧力を受けても、私の身体は一切意に介さない。

 笑みが強くなる。ギョロリと開け放たれた瞳が相手の姿を鮮明に映し出す。

 超常的な頑強さがこの身に宿っているのを感じる。


 まだだ、まだまだ動ける。私の身体は、この程度でダメになりはしない。


 直ぐ様腕の回復を行う。いや、最早再生と言えるだろうか。

 何もない肩口から腕が徐々に生えていく様は異形以外の何物でもないが、何、相手も先ほどからやっていたことだ、これでイーブンといったところだろう。


 邪神は先ほどと同じように、下半身の触手を振り回し、なりふり構わず他の仲間や銃撃に回していた触手を私へと殺到させる。

 

 その中で、叩きつけるように天高く振り上げられた触手が一つあった。

 巨大な触手のまとめられた腕は、当たれば流石に今の私でもペラペラとした紙の様な有様になりかねない。アクセントはトマトの様に赤いソースだ。

 勢い良く落下してくる腕の触手をタイミングを合わせて飛び込んで回避する。


 床が砕け瓦礫が飛び散り衝撃が走るが、宙に跳んでいた私には届かない。

 隙を減らすために直ぐに着地する。既に触手が押し寄せてきている。


 地に着地している腕の触手に飛び乗ると、一気に駆け上がる。

 あわてて解こうとするが、その前に横に飛び降りると共に半ばから腕の触手をまとめて断ち切りにかかる。


「――コォォォォォオオオ」


 足場のない状態で重力と体重と共に斬撃を繰り出す。

 燃える様な息を肺から吐き出し、熱に浮かされた身体が剣を衝動のままに振り下ろす。


 本来の剣の全長を越えた長さの斬撃が生み出されるが、深くは考えない。

 切れるのならそれでいい。射程を若干修正する。

 おかげでまとめて切り落とす事ができた。


「お、っと。……痛いじゃないか」


 着地際を狙われ触手が飛んで来るが、剣でもってガードを行う。

 凄まじい衝撃が腕にかかるが、敢えてこちらから後方に跳ぶことでで多少衝撃を和らげる。


「ふぅぅ……」


 身体を駆け巡る焦熱を少しでも外に放出すべく、深く息を吐き出す。

 だが、体温も思考もただただ上がっていくばかり。今の私の血液なら火の属性が付いているのではないだろうか?


 傷つく度に、傷つける度に自身の身体能力が僅かに向上していくのを感じる。

 理性が認めたがらなかったのか、今までもどこかで気付いていたのに、無視していた感覚。

 敵を過度に傷めつけるのも、痛みを避けずに受け入れるのも、確かに意味があった、それを本能は知っていたのだ。


 被虐と嗜虐の悦楽の渦の中、互いに傷つけ合う度に自らの力の枷がほどけるように消えていくのを感じる。

 血の色に色濃く染まりゆく脳内が、ただただこの衝動を敵に叩きつけるべく身体に指令を下す。


 痛みを与えることが、受けることが、戦闘力の向上に繋がる異常な肉体。

 これが、私の身体の本来の使い方。


「悪くない――」


 普段ならとても受け入れられない異常事態も、今なら素直に受け止められる。

 


 謎の叫びとともに憤怒に染まった瞳でこちらを見る相手は、こちらを殺すことしか考えていないだろう。

 弾き飛ばした私を殺す為動き出す。

 

「ははははははっ! 温いぞォッ!」


 触手の群れを笑いながら切り落としていく。こちらの動きは先程よりも洗練されており、この程度では当たる気もしないし、二度も奇襲を受ける気はない。


 二重に響き渡る笑い声が、落ちた触手の雨が着地とともに響かせる水音と共に狂気的な音色を奏でていた。


 最後の下半身の触手を切り落とす。

 これで殆ど触手は残っておらず、最後に残った片腕以外丸裸である。僅かに再生して伸びようとしている部分もあるが、完全な再生まではまるで時間が足りていない。


 ――そこに、大暴れしている私が居るため切り込めなかったのだろうが、遠距離よりソールの雷撃を纏った斬撃が敵の左腕を切り落とす。おそらく私の血刃に近い技だろうな。

 完璧なサポートだ。その内再生するだろうが、逆に言うと再生までは多少時間がかかる。


 こちらもボルテージは最大限まで高まっている。燃え上がる全身を巡る血液が私の動きを先導する。 


「――刻んでやろう」


 最早敵に抵抗の手段は殆どない。ビームを少しでも封じるために、敵の真下、肌が密着するほどの至近距離まで肉薄し、ただただ斬りつける。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。それだけを考える。


「ぉぉぉぉおおああああああ!!」


 技術も何もない、ただただ無防備な相手を切り刻み続ける暴れ回る様な剣筋。

 斬りつけて、返し、斬りつける、それだけを限りなく早く行い続ける。

 限界を越えた行使に手首、右腕と左腕やその肩口の筋肉に異様な負荷がかかり、ぷちぷちとちぎれるような音を立てるが、千切れた先から治し、また千切れ、再び治す。


 邪神が苦悶の篭った悍ましい声を上げるが、完全に理性が消失した今、私には通用しない。既に発狂したようなものだからだ。

 

 これが剣技だ等と言えば、子供だって信じない無様な光景だが、怪力任せに斬り続ける、これこそ私にできる最大威力の剣技である。


 徐々に切り分け、邪神の身体の中に半ば潜り込むかのように剣を振るい続ける。胴体は血の様な何かが流れているらしく、目に痛い緑色のソレが周囲に流れ出す。

 或いは、元となったクラーケンの様な生き物の血なのかもしれない。


 肉片が飛び散り、切り分けられた分邪神の全長が縮んでいく。

 巨体をだるま落しの様に切り続け、下半身を切り落し、胴体を切り落し、崩れるように身体がぐにゃりと折れ曲がる。

 そして遂に頭部が剣の射程内まで降りて来る。この状態でも生きているようだ。凄まじい生命力である。


 怒りを色濃く示す目に光が集まり、苦し紛れのビームが射出される。だがそんなものは一度限りの曲芸に過ぎない。

 来ることを予見していた私は軽やかに回避すると、その目を剣でもって払う。斬撃によって目が潰され、緑色の体液が飛び散る。


 最後の抵抗手段を封じた私は、渾身の一撃を繰り出すために体制を整えると、一気に跳躍する。


「これで終わりだ!」


 剣を振り上げ、無防備となった頭上に思い切り振り下ろす。

 脳に相当するであろう部分に斬撃を受けると、邪神は今までとは異なる大きな絶叫を上げた。


「ぐっ……がぁ」


 狂乱状態の私ですら頭を揺さぶられる絶叫。或いは、至近距離であったためか。

 広間の壁は崩れ落ち、柱はひび割れ、

 これが延々と続けば、範囲内の生命は確実に命を落とすだろう。


 そして、それが数秒に渡り響き続け。

 醜悪なる怪物は、殆ど首だけとなったその体を、ゆっくりと地に伏せた。


「……は、ぁ……」


 頭がひび割れるかの様な轟音から解放され、安堵の息を吐く。

 最期の咆哮によって私の狂乱は治まり、精神は殆ど平時に戻っていた。

 今の叫びは危険だった、あれが平時からできるのなら、私とのこの相手の相性は最悪以外の何物でもない。私は精神の状態に強さが大きく作用されるタイプの戦士であるからだ。


 だが、勝利したのは私達である。


 どかっ、と膝から崩れるように座り込む、いや、倒れこむ。


「こひゅー、こひゅー……」


 疲れた、最後の連撃で酸素が足りない。

 限界を越えた行使に腕も足もがくがくとしている。まともに動かせる気がしない。


 力が抜けた腕から軽い水音を立てて剣が落ちる。

 それを何気なく目で追いかける。

 そこで私はようやく気付いた。


「……なんぞこれ」


 思わず飛び出た言葉は困惑に包まれていた。


 ――なんせ、本来少し大きめではあったが片手剣の範疇であった我が愛剣が、完全に大剣と化していたのだ。

 その上刃の反対側……峰の部分はギザギザと肉食獣の牙のような有様となっている。これで峰打ちでもした日には、獣に喰われたような惨殺死体が出来上がるだろう。


 大体今までは両刃だったのだから、いきなり片刃になられても困るのだが。

 まぁ私はあまり突きを多様しないし、大剣を振り回す腕力もあるので然程戦法が変わることはないだろうが……。

 とりあえず一つだけ言えるのは、こんな凶悪な大剣を所持して歩いていたら、アレな噂が加速するのは間違いないということである。


「そういえば、さっきの戦闘時も明らかに後半片手剣とは言えない距離まで刃が届いていたな……」


 熱狂の中で振り回していた時は何も考えずに受け入れていたようだ。後半の斬撃は明らかにソレを前提に振るわれたものだった。

 大体あの巨体を片手剣で斬りつけていた場合、今の数倍の時間がかかることは間違いない。


 そう考えればこの上なく助かるのだが、何故そうなったのだけが謎である。


 とはいえこの子も女神曰く神剣である。

 フォルムは正反対の魔剣以外の何者でもないが、何か特殊な力があってもおかしくはない。今回その何かの条件を満たしたのかもしれないな。


 こちらに駆け寄ってくる仲間達に寝転びながら手を振りながら、私はそんな事を考えていた。


 ……ところで、先ほどとは違った意味で全く身体が動かせないのだが、どうしよう?

平日の連続更新を少し減らす可能性があります。

ただでさえ読めないレベルのクオリティが開く事すら困難なレベルまで落ちてきている様なので……。

偶にお休みを頂くかもしれません、というお話です。

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