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狂戦士さんと火照り

遅れてしまって申し訳ないです。

 頭の中が焼けつくように熱い。

 きっかけはアレだが、今まででも有数にうまく"入れている"と思う。

 伝播した熱が全身を熱く熱く焦がし、火照り続ける身体を冷やすために動かし続ける。

 それがなんとも心地いい。

 

 先ほどから考えていたことを確かめる。

 ……やはり、遅いな。他より明らかに。


 ソール達と戦っている邪神だが、どうにもこいつはさっきから私を集中して攻撃を仕掛けてきており、他のパーティーメンバーへの攻撃はおざなりな感じだ。

 先程も近くの皆を無視して私へ触手を飛ばして、ソールに断ち切られれていた。


「畜生! いくら殴ってもこれじゃ意味がない――」

「やばいっスねぇ! 大体撃ち尽くしてしまったっす……切り札の特殊弾頭も効果がないし、一応ダガーくらいは持ってきてるけど、まともに使ったのは数えるほどっすし……」


 残念ながら、ソール以外の二人の攻撃はあまり痛手になっていない。

 マルコは攻撃力は十分なのだが、射程と攻撃の種類から相性が最悪だ。ラタトスクの射撃も弾がめり込んだところでどうだという反応だ。

 特殊な弾を使用して撃ち込んだようだが気にかけた様子もない。


 こいつはどうにも斬撃以外は相性が悪い。

 マルコの場合は得意魔法も火で相性が最悪に近い。

 ラタトスクは一応斬撃武器も所持してきているらしいが、使い慣れていない武器なので迷っているようだ。

 ましてやこいつ程の巨体にダガーで斬りかかるのは、巨木をナイフ一本で切り倒そうとするに等しい。


「ラタトスク! それ貸して!」

「了解っす! えいっ!」

「わっ、投げたら危な――」


 どうやらマルコがラタトスクにダガーを借りることにしたようだ。

 接近戦の技術は圧倒的な上であるので、ラタトスクが使うよりはうまく使えるだろう。この巨大な相手に短い刃先がどこまで通るか、という問題はあるが。


 ――あ、刺さった。

 

 なんて、上手い事柄をキャッチしたマルコが触手にダガーを刺しただだけなので安心して欲しい。

 

「ちっ、キリがないな……」


 ソールはうまく戦っていた。

 共に相手の弱点となる斬撃と雷の属性という根本的な相性の良さもあるのだろうが、ここまでまともな攻撃を一つも受けずに相手の身体に傷跡を刻み続けている。流石いずれドラゴンを倒すと豪語するだけある。

 しかし、その折角付けたその傷もどんどん再生しており、先ほど胴体を焼いた焦げ跡も徐々に肉に飲まれるかのように消え去ってしまっていた。


 ――あの再生力をなんとかしなければ、こちらは持久戦で確実に敗北する。


 根本的な火力が不足している。

 巨体の相手である為、足以外に攻撃をしにくい。特に顔や首に相当するだろう部分に攻撃を当てるには、跳躍や魔法などによる遠距離攻撃をする必要がある。

 この目からすら攻撃ができる相手の前で軽はずみに跳びかかったりすれば、そのまま撃ちぬかれて地に伏せる事は想像に難くない。


 となると必然手段は限られる。

 私を優先的に攻撃してきている以上悠長に魔法を唱えている暇はなさそうだし、そもそも本職ではない私ではこいつに痛打を与えられるだけの威力が出せるか不安である。

 右腕に構えた愛剣の剣身が、赤く渦巻く様にして徐々に血液の鎧を纏っていく。


「切り裂け血刃!」

 

 それを振るう。

 自らの血液で持って創りだした血の刃。そう残弾は多くない。


 遠距離攻撃は魔法だの何だと遠回りしていたが、結局の所この技があれば良かったのだ。前線で一々足を止めている暇など無い。

 飛ぶ斬撃、なんとも香ばしい匂いがするが、剣士が使うにはなるほど理に適っている。

 そもそも魔技は結構習得に時間がかかるので、技術はそこまでではない私がまともに使えるようになったのは割りと最近なのだが。


 間へと防御に入った数本の触手を斬りつけて、わずかに胴体に浅く傷を作って消え去る。

 根本から切断された触手達が落ちて水音を立てる。

 しかし、胴体に繋がる切断面から即座に蠢くように次の触手が生えてきているのが分かる。


 やはり、先ほど剣で直に切り落とした時と反応が異なる。今の傷もソール達が傷つけた傷跡もどんどん再生しているというのに、先ほど直に切り落とした腕の触手は今頃になって再生が終わろうかというところだ。

 私が原因でないかと内心期待したが、どうやら愛剣……この子が頑張っているようだな。


 つまり、この子で直接切り続けてやればそのうち死ぬわけだな。

 簡単な話だ。理由は知らんができるならやる。


 敵もそれが分かっているのか、私が近づこうとすると一層激しく抵抗をしてくる。

 二桁に及ぶだろう触手による乱打を、一つ一つ紙一重で避け続けて敵に迫る。


 地面に叩きつけられた触手が床に大きく罅を入れるが、すでに私はそこにいない。

 緩急を付けた速度で僅かに軸をずらして動いて敵を惑わす、それを頭で考えずに自然と行っていた。


 今までよりも身体の動きがずっといい。

 純粋な身体能力だけでなく、直感でもって相手の一瞬先の動きがなんとなく伝わってくる。


 私の直感はどうとでもなる攻撃には一々反応しない。元より感覚自体はラタトスク達獣の亜人達よりも低いものでしか無い。だが、この攻撃は全てが人には必殺の一撃。


 致命的な危機には昔から妙に鋭かった。

 それを感じたら危機感そのままに身体のコントロールを任せ、相手の攻撃を回避する。

 熊の時のような速度差による絶対的な回避力とはまた違うが、自然と身体が敵を潰すまでの最短経路を走り続ける。



 突如として、邪神が回転するかのようにソール達を触手で大きく薙ぎ払って距離を空ける。私も既に射程圏に居たので、一度飛び退くことで回避する。

 射程内にいたソールもマルコも回避型である、うまく回避したようだが、まともに巻き込まれていればそのままひき肉になりかねない。良かった。


 すると、余裕ができたのか両腕の様な触手をこちらではなく、私達を囲う様に空中へと動かす。

 

「……何をする気だ?」


 ソールが何が起きてもいいように構える。

 何が起きてもいいように注視する。ここからなぎ払いや勢いを付けて潰しにくる可能性もある。

 その触手達がその先の方向を私達――ほとんどを私に向けてくる。


「……え、ちょっと、それは……」

「あ、これ、死ぬっすね……」


 回避しようとしていたマルコが焦ったように呟く。何をされるか分かったのだろう。ラタトスクは盾になりそうな柱の裏に既に隠れていた。

 ――触手の先端に青白い光が集る。


 ……いや、レイ系統の魔法だってあるのだ、使ってくることは何もおかしくないのだが……。


「この数はないだろう……?」


 数十の触手の群れの先端が光りを纏ったまま、こちらに狙いを定める。


 頭で深く考えたわけではなかった。とにかく敵に向かって走る。

 ここにいても全身に穴を増やされるだけだ。ただでさえ一つ増えているのにこれ以上は御免こうむる。


 かといってあの高さだと血刃しか通じず、魔法を打ち合えば動けずこちらが穴だらけ。血刃も展開している触手を全て潰す為に打つほどの余裕はない。

 レイの速度であれば単発ならともかく、複数を避けきることは不可能に近い。


 つまり、避けるだけ避けて、後は耐える。


 次々と光がこちらに飛んで来る。

 僅かに避けそこねた光弾が左肩を直撃する。

 どうやら閃光と言うより収縮した水の弾丸のようなものらしく、魔法への抵抗力と頑丈な肉体である程度抵抗しているが、銃弾が打ち込まれたかのような抉り込む傷と骨を砕くような衝撃を身体に刻み込んでくる。


「ひゃぁー!?」


 地を軽々と砕く程度の威力はあるようだ、早々に回避を諦めたのか、柱の後ろに隠れていたラタトスクが穴だらけになっていく柱に驚愕の声を上げているのが分かる。

 皆は大丈夫だろうか。流石にこの銃弾の嵐の中、周りに注意を向ける余裕はない。


 移動する度にこちらの居場所に攻撃先を修正してきており、段々と命中精度が上がっている。

 無論、一度撃った後は次の攻撃をチャージしているので早々尽きることはない。


 銃撃を続けるような攻撃は流石に回避しきれず、全身に銃創のような傷が出来ていく。

 だが、ダメージはビームとは比べる物にならない程に低い。

 光学兵器や近代兵器染みた攻撃にいい加減にしろと叫びたくなるが、この程度で仕留められると思っているならこいつは私を舐めすぎている。


 頭のみは少しでも守れるように、頭上に剣を掲げて走り続ける。

 身体に打ち込まれる銃撃の衝撃と共に徐々に身体を押し止められ、こちらの速度を下げてくるのが嫌らしい。被弾率がどんどんと上がっていく。

 

 だが、その程度で私は止まらない。

 当たる度に焼き箸を押し付けられたような焼ける痛みが走るのでめちゃくちゃ痛いし、涙が滲んでいるのが分かるが、この痛みは忘れない。その分のお返しはする。絶対にする。


 痛みに身体を押し込めそうになるが、全身を巡る燃える血液の呼び起こす原始的な衝動が呼び起こす熱が私の身体を動かしていた。


「はぁぁぁああああ!」


 ソールの気合を込めた一撃と共に雷撃が走る。無事だったようだな、良かった。

 全てではないが、ある程度の数の触手が焼き切られて地に落ちる。

 当然私への攻撃もある程度緩和される。

 この上ない突撃の機会である。


 今なら分かる。

 私はどうやら今まで深く考えすぎていたようだ。

 前世で形作られた理性や常識が頭の何処かで狂乱に全てを任せることを邪魔して、無意識なブレーキとなっていた。


 それとも、内心では狂ったような思考にどこか恐れていのだろうか。自己が塗りつぶされるような恐怖を覚えていたのかもしれない。

 それが肉体にも影響を与えていたらしい。戦闘に使用するべき部分を思考に使っていたせいだろうか。感覚に身を任せるべき時に身体を無意識に押しとどめてしまっていたのだろう。


 もっと深く飲まれていい。

 この熱さは私を殺す熱ではなく、私を生かす熱なのだから。

 恐れるものは何もない。



 ――全く、非常に癪だが礼を言わなければならないな。お礼にたっぷりと斬りつけてやるとするか。


 軽く嗜虐的な笑みを浮かべながら、私は奴の懐に飛び込んでいく。


 段々と思考が自らの内に沈む。

 最早敵の姿しか見えない。

 これは――。


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