狂戦士さんと武者震い
現在木曜日はちょっと忙しくて更新できるか分からないです。できるだけしますが、今日のように遅れてしまうかもしれません。
さて、いきなりの特殊な攻撃に驚かされた。
先ほどの攻撃手段がある以上、もたもたとやっていたら一方的にやられるだけだ。
つまるところ、さっさと切り込むしかないということだな。
そう結論づけて地面に落とした愛剣を拾う。
「はっ!」
地面を強く蹴りつけ、一気に距離を詰める。水の僅かな抵抗と飛び散る音が響く。
当然、近づく前に複数の触手がこちらに襲い掛かってくる。ソール達の相手を同時にしているというのに、随分と余裕があるものだ。
「まるで壁だな……」
多数の触手が重なるように襲い掛かってくる光景は、まるで薄緑色の壁が一気に迫ってくるかの様に映った。壁から無数の触手がうねうねと動いている様はトラウマになりそうだが。
俊敏さも平時より上昇している、触手を引きつけてなんとか躱していく。
早い、すぐ目の前をヌメヌメした触手が突っ込んでいくるのはどうしても頬が引き攣ってしまう。これのせいで先ほど一度死にかけていることを思えば尚更だ。
回避してすぐにこちらに旋回して追いかけてこない辺り、一本一本の誘導性はそこまででもないのかもしれない。
それにしては最初の時やけにテクニシャンだったような……いや思い出すまい。
触手の中ほどを数本まとめて切り落とす。回避した体勢からすぐ斬りつけたため若干力がのっていなかった。
だが、斬りつけた感触は思ったよりも脆い。断ち切られた触手が数本鈍い音を立てて水面に落ちる。
残念だが、切断面から血が出てこない。今回はあまり魔法が使えそうにないな。
それにしても、何やら再生が遅いような……?
「今なら……!」
ソール達も善戦しているようで、もう片腕はこちらに送る余裕はないだろう。今捌いた腕が返ってくる前に本体に肉薄しようと迫る。
「くっ、武器のチョイスを完全に失敗しました……」
同じく攻撃を機会を伺っているマルコだが、打撃武器では中々ダメージを与えるのは難しそうな相手だ。サハギンがメインターゲットであるなら得意とは言えなくても十分にダメージを与えられたが、この相手では打撃がどの程度効果があるか分からない。
触手相手には言うまでもない。とはいえ、本来の迷宮ならこれで十分だったのだから、責める訳にはいかないだろう。
……そういう私もあの謎の外見の相手にどの程度の効果が望めるか分からない。どんな感触がするのかイマイチ想像が付かないし。
つまり切ってみるしか無い、そう考えて走り続ける。
再びの結論に最近脳筋地味てきたなと自分の思考回路に自らツッコミを入れる。
……でもよくよく考えると、最初からこんな感じだった気もする。
敵の巨体のすぐ下まで近づいた。両腕とも未だ防御に戻ってはこれていない。
確実に動くと思われるのは目の前にある足周りの触手群だろう。いつこちらに攻撃してきても対応できるように動きを見定める。
――しかし、静止したまま動き出す気配がない。すぐ目の前まで潜りこまれているというのにだ。
……? 使わないのか。何を考えている。
何かおかしい、だが、ここで動きを止めて腕に帰還されるのが一番馬鹿げた選択肢だ。
後ろの音から、マルコが時間稼ぎをしてくれているみたいだが、何分相性が悪いのでいつまで持つかわからない。
ええい、ままよ! 時間がない、何をするつもりなのか、見せてもらおうか。
「もらったぞ!」
言葉とは裏腹に少々引腰だが、敵の動きを見切るためだ。最悪これで斬撃が一切効かない、なんてことがあってもおかしな敵ではない。
掛け声と共に相手の腹を割ろうと斬りかかる。
――その直後、唐突に赤い目に光が集まり……。
巫山戯たことに、ビームが射出された。
「ほわぁ!?」
いくら回避を優先していようと、こんなの予想できるはずもない。
頭部を一撃で持って行こうとするビームを間一髪回避しようとしたが、狙いを外しこそしたものの僅かに左肩の上辺りを掠っていく。
「っ゛ぅ……」
あっさりと射線上の肉を焼き切っていく。
随分と小回りのきく攻撃手段も所持しているらしい。
当然こんな体勢で切り欠かれるはずもなく、地面に倒れ込む。
……ん?いや、これはそれだけでは……。
あ、あれ? 殆ど回避したはずなのに……。
「身体が、動かない……?」
起き上がれず、膝をつくようにその場にしゃがみ込みそうになるが、剣に体重をかけて身体をなんとか支える。
また何か特殊な効果があるのだろうか、普通に戦っても面倒なのに、ここまで追加効果が付いているとなると本当に厄介極まる相手である。
――そして、ビームを打つのと同時に動きの止まった私に向かって待機状態だった触手が近づき始めていた。
完全に狙われていたようだ。確かに、こんな攻撃一撃目は避けようがない。
ま、まずい……本当にどうしよう。
「ひゃぁ!?」
両手足に絡みついてきた触手達に抵抗手段を潰される。
そのまま宙に持ち上げられる。
「ぐぐっ……痺れが取れない……」
あの女神とやらが憎いならさっさと攻撃するべきだろうに、妙に迂遠な行動ばかり……。
先ほどのビームで頭を吹き飛ばされていたほうがマシだったと思わせてやろうとか、そんな展開ではないだろうな。勘弁してくれ。
「へぅ?」
……服の隙間に細めの触手が入り込んできているのだが。え? これってまさか……。……冗談だろう?
痺れは大分解けてきたが、この拘束を解けるかというと……だ、誰か、ヘルプ……!
「い、嫌だ……気持ち悪い……」
後続の触手が増えてくる。
視界に映る触手への嫌悪感から思わず震えた声が出る。これなら頭からバリバリ熊に喰われる方がまだマシだ。
戦士としてやるべきではないのは分かっていたが、目をぎゅっと瞑ってしまった。
轟音と極光と共に身体を縛っていた触手の根本が溶けるように消えていく。
どうやら助かったらしい。
触手から解放され、そのままの勢いで地面に落ちていく。
浅いとは言え水が僅かに張ってあるし、そこまでのダメージではないだろう。
そう考えていた所、墜落前に誰かに身体を支えられる。
「ふぅ、大丈夫かい? クルス」
「あ、……ありが、とう、助かったよ」
少しまだ現実に戻れていないのか、呆然としながらも感謝の言葉を口にする。
「た、ただ、この状況は凄く恥ずかしいので、早めに降ろしてくれると助かるんだけど……」
一時的に剣を鞘に戻してまでの丁寧な救出痛みいるが、人生初のお姫様抱っこ、それもされる側とか一生物の黒歴史確定である。それも男に。
尊厳が死ぬ寸前だったので、凄く助かって正直感謝の気持ちで胸がいっぱいなのだが、それはそれ、これはこれだ。
特に異論があるわけではないらしく、あっさりと降ろしてくれる。
何故か、手の甲で頬を掬い上げるられる。
「……え」
……どうやら顔に水滴にかかっていたようだな。これだけ水がたくさんある空間だからそういうこともあるだろう。うん、そうに違いない。
そのままソールは何も言わずに振り返ると、邪神に向かって斬りかかっていた。
「うひー、全然効いてるかわかんないっすねぇ。剣士四人とかが正解かもしれないっす」
ラタトスクののんきな声が広間に響いている。
「そりゃぁ! はぁ!」
マルコが触手を相手取って大立ち回りしている。殴りつけた触手が大きくへこんだ痕がついており、ダメージが通らないわけではなさそうだ。
おや、拳が炎を纏っている。魔法か魔技か、どちらかだろうな。どちらにせよあまり相性はよくなさそうだが。
で、一方私はというと。
「……やってくれたな」
顔を赤くしてプルプルと震えていた。
無論、これは羞恥などではなく、怒りとか、ここまで追い込んでくれた強敵への武者震いとかそういった感情が原因であることは言うまでもないだろう。……そうだろう?
今回私は一生ものの恥をものすごい勢いで量産している。
正直今ので私のフラストレーションは限界ギリギリだ。羞恥心はとっくに限界突破している。……絶対に許さないからな。
普段どこか頭の中に冷静さを残している私の理性も、今回の相手は生かしておくなと吠え立てている。
……物凄く情けない状況だが、今なら、ジオと話していた極端な狂乱の果てにたどり着ける気がする。……言い過ぎか。
フレンジをかけ直す必要すらない。自然とかかったような精神状態になっている。あるいは無意識に発動しているのだろうか。
一応勝算もある。
ソール達が切り裂いた触手は、切った先から続々と再生しており、すぐに元に戻っていたが、私が切った触手はどうにも再生が鈍い。
触手だけを攻撃していても切りがないだろうと思っていたが、これは……。
「ふぅー……」
私は怒りに満ちた熱い吐息を肺から吐き出した。
これは決して冷静になる為ではない。むしろ……。
私は愛剣を落とさない程度に全身の力を緩めると、幽鬼の様にふらりと姿勢を傾ける。少しの間動きを止める。
――そして、一気に開放した。
「ぶっ殺す!」
数年ぶりに使った汚い言葉を激情のままに吐くと、燃え上がるような視界の中、パーティーメンバーと戦っている邪神に向かって何も考えずに突っ込んだ。
ちなみにビームは元になったのも本当に撃ってます。




