狂戦士さんの装備
明日の遠出に向けて必要な品を買い揃えた私は、宿への道を歩いていた。
道行く人が血まみれの私の姿を見て悲鳴を漏らす。逢魔ヶ時のこの時間、夕日が血を彩る鎧姿の人物が闊歩していたらさぞや怖かっただろう。
大変申し訳無いが、宿に戻らないと洗い流せない。
……異世界なのに風呂に入る文化があって良かった。過去の学者が衛生と病気、疫病の関係から入浴を推進したらしい。これ以前は水を通じて病気が伝染るとされていて、入浴は悪、と認識されておりあまり広まっていなかったとか。
水を用意するのが大変ではあるが、この世界には魔法があるので、水の魔法と火の魔法が使える人がいれば入浴の用意は比較的容易である。ただし、無しの宿よりそれなりに高く付いてしまうが。
大きな都市ならそれなり以上の宿には大抵サービスがあるが、この街の規模だとかなり高位のクラスの宿でようやくだ。無論私はそれなりに稼いでいるのでいいところに泊まっている。必要以上に無駄遣いする気はないが、入浴は私の人生にとって必須要素なので仕方ない。
魔法の適正が水が主属性、火が副属性とかだったら調整すればお湯とか出せるらしいので、旅の中でもシャワーとか浴びれたのにな、とよく思う。
が、残念ながら私の魔法適正は火、水、風、土、闇、光の基本六大属性より珍しい"血"である。
……本来基本である六大属性から離れた適正は特異属性と呼ばれ、ものによっては一人一魔法と言われるほど珍しい上に本人のセンスで左右されることが多く、教本なんて無いし、じゃあ便利さや強さで基本属性より上かと言うと別にそんなこともない。
むしろ系統付けられていない分基本便利さでは負けている。何の適性も無いよりはいいが、何故ピンポイントでこんなものを引いてしまったのか。あと基本的に私の魔法はグロい、エグい。使ってて自分でこれはちょっと……となるものも多い。泣けてくる。
特異属性は定番の幾つかの魔力の使い方、みたいなものじゃないと誰にも教えてもらえないので私の考案……というよりも特異属性の場合はフィーリングが全てである。できそうだなーと思うと覚えている。感覚でひらめく。
使用には血が必要で、自分の分か、敵からプールする必要があり、血が出る相手じゃないと使いにくい。
今日の迷宮ではグールやゾンビなどの連中では偶にいる血が残っているような奴じゃないと使えないし、スケルトンなどでは勿論プールできない。……ということはない。
それは、私が今も腰に帯びているこの剣の力である。実はこの剣は以前に私が迷宮にて入手した凄い剣なのだ。
というか、正確に言うと過去に私が迷宮を制圧した時に入手したものである。今つけている鎧と髪飾りとセットで迷宮最奥部の祭壇上に置いてあった。
こういう迷宮で入手した高価な装備を出土品という。何故か宝箱に入ってるパターンや、私の様に裸で置いてあったりする。
剣の効果は人間含む人型に対してダメージボーナス、人型の敵を攻撃すると血が噴き出る。
……うん、後者の効果は本来はただのエフェクト程度にしか価値がないはずなのだが、属性が血の私とは非常に相性がいいのだ。
この血には血属性魔法が適応できるのである。
前者も強力で、私が亜人に似た怪物やアンデッド共のいる迷宮に多く入り浸っているのは対人型の効果が強力だからというだけで、断じて人に似たものが切りたいとかそんな理由じゃない。後、偶に笑い出す。剣が。
次に、鎧。
見た目は刺繍や装飾の施された高そうな鎧、布のような材質の部分のほうが多いが。
この鎧自体に腕力を高めるスキルがあり、あんまり防御面を重視していない私とは相性がいい。関節辺りの動きも布製のほうが動きやすい。防御力は欠片もないのでスケルトンの槍ですら貫かれるが。
……ちなみに女性用なんじゃないかな、何故か胸の部分が膨らんでるし。あるいは兼用だろうか。
下衣は足全体を覆っている。
膝上から膝下までを保護するように膝部には金属。
布製のグリーブが足を保護している。
付けててちょっと恥ずかしい。私がかなりの女顔じゃなかったら狂戦士じゃなくて変質者として名が通ることになっていたかもしれない。最悪恥ずかしい時は隠せるように長めのマントを纏っている。
まぁ、冒険者にとってせっかく手にいれた装備がスキルの相性はいいのに性別やら体格で合わないということは結構ある。そういうときは諦めて売りさばくか、無理やり着るか。
後者の場合はスルーするのが暗黙の了解になっている。なんでも小さな女の子用サイズの服の形をした迷宮からの出土品をスキル相性から無理やりピチピチ状態で来ている女性の高位冒険者もいると聞いている。心中お察しします。
最後に、髪飾り。
自分の感覚では、魔法の発動が楽になってる感覚がある。後、魔力を溜め込む性質があるようで魔力タンクとしても利用している。
まぁ見て分かる通り、おそらく女性向けの装備なのだ。
かといってこいつを外して冒険するだけの勇気は私にはない。腐っても迷宮最奥からの出土品、性能だけならこんな田舎の鍛冶師のオーダーメイドクラスよりも遥か上である。
特に呪いがあるわけでもないし、性能だけ、性能だけなら、高いのだ。
更にいうと鎧には自浄、再生効果があり、手入れの必要が殆ど無い……ほんと憎いくらい優秀なのだ、こいつらと縁が切れる日は来るのだろうか。
「あ! クルスさーん!」
もう少しで宿につこうかという時、誰かが後方から声をかけながら駆け寄ってくる。
この町で妙に怖がられていて、ましてや正直自分でも近づきたくないだろう今の私に物怖じせず声をかけてくる者と言えば……。
「やはり君か、セルフィ君」
「ふぅ、追いつきました。こんばんは、クルスさん」
ふぅ、と吐息を吐き、にこりと微笑む十三歳ほどの少年。
夕日が細い金色の髪を反射して、キラキラと輝いている。今日も触ってみたい欲望に駆られるが、流石に危ない人なので捕まってしまう。
彼はセルフィ・ファートム。
一年くらい前からギルドに登録して、怪物に負けそうになっている所を助けて以来、こうして私に話しかけてくれる数少ない子だ。
この町で片手で数えるくらいしか無い私のまぁ友人といっても怒られないよね……?と言えるラインの一人である。
色々と私も簡単な稽古くらいは付けてあげたことがある。残念ながら技量型では無い私はあまり教えられることが無かったが。
「迷宮帰りですか?」
「ああ」
そうだとも、迷宮以外で血だらけになる用事なんて無いぞ。人なんて切ってないからその辺りの噂を信じないでくれよ。
その後軽く世間話をしていると、彼が唐突に切り出した。
「そうだ、明日からボク、ちょっとこの町から離れることになったんです」
なんと、最近会っていない間にそんなことになっていたのか。
また友人が減るのか、残念だ。
「そうか、しばらく君と会えないとなると残念だな。だが、君ならどこでもきっと立派な冒険者になれるよ」
「クルスさん……」
感涙の涙を浮かべるセルフィ君といくらか話を続けると、別れを済ませ、私はその場を離れた。
ただ、道の真中で血だらけで少年をあやす私は確実に危ない人だったとだけ言っておこう。あ、通報はやめてくださいお願いします。