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狂戦士さんと人工呼吸

「おや、ここからは浅瀬を選んで行くしかなさそうだな」


 進む道が全面水に沈んでしまっているため、できるだけ足を取られない道を選んで進んでいくことにする。

 僅かに天井の隙間から光が入ってきている。先程よりは大分仄暗い。

 迷宮はこうして松明などを用意しなくても見える様になっている場所が意外と多いが、偶に光が入らない場所もある。


 稀に全面暗闇という迷宮もあるのでそういう場合は松明をしっかり用意しないと遭難することになるが。

 今回も比較的手が開いているラタトスクが持って来てはいる。


「あれ、随分と溜まってますねぇ」


 マルコが少し困ったように呟く。


 どうやら最近冒険者がこの辺りにこなかったのか、結構な数の敵が待ち受けているのが見える。

 とはいえ、先ほど出てきた数より少し多い程度だ。敵がサハギンばかりなのがちょっと気持ち悪いが。


 後ろの少し深い辺りに槍や頭が露出しているのを見ると、それなりに後詰めもいそうだ。


「まぁ仕方ないな、なんとか切り抜けよう。隊列はそのままで、ソールの一撃の後、私が最初に突っ込む」


 私の言葉に皆が頷く。

 少し後に、前方で眩い閃光が迸る。

 それを確認すると、私は勢い良く敵陣に切り込んだ。





 右を見てもサハギン。左を見てもサハギン。

 うじゃうじゃと人間サイズの魚人が鈍く光る鉄の槍と、二つの赤い瞳をこちらに向けている。


「って、流石に出てきすぎじゃないか?」


 生臭い魚の臭いに血の臭いが混じってなんとも言いがたい悪臭が辺りに立ち込めている。しかし、切った先から続々とサハギン共が水面から上がってくるのだ。


 いくらなんでもこの数はおかしい。さっきからいくつも槍が突き出されてくるので、捌くのも一苦労だ。

 中でも厄介なのが投げつけてくる奴で、いくつか捌ききれずに刺さってしまった。

 盾代わりにしているサハギンの死体にな。あぁ、そろそろ瘴石に変わるので別のを用意しないとな。ぽいっと。


 力を込めて投げつけた死体でサハギンの列が一つ倒れるが、大勢に影響はない。

 

 まぁ、私はいいのだ。例え当たってもこの程度では私を殺すには温い。

 だが、マルコや後ろの二人に飛んで来る分が危険だ。なんとか躱しているようだが、どうにも攻撃に移れていないようだ。


「くぅ……この迷宮、結構相性悪いかもです」


 流石に危険と判断したのか、生乾きの服を羽織り、マルコが愚痴るように零す。

 防御力はマシかもしれないが、水を吸った分少し重い様で動きがわずかに遅くなっているのが分かる。

 できるだけ私が惹きつける必要がある。だが、こうも中々敵の数が減らないとそれにも限度がある。


「警報系統の罠を踏んだ覚えはないっすけどねぇ……」


 ぼやきながら、流石に手が足りないので、ラタトスクもクロスボウを使って応戦する。撃っている数あまり命中率はよくなさそうだが、ちらほら命中している。目に。

 ……遠距離武器使いは目を狙うのが常套手段なのだろうか? 

 まぁ、暗い中赤く光っていて狙いやすいからな。そういうことにしておこう。


「うーん、流石にこの距離で使うと感電させてしまうね……」


 ソールも魔技や魔法を使えずに苦戦しているようだ。

 魔法の制御力によっては周囲に感電させずに打ち込めると聞いたが、ソールは未だその域に達していないらしい。

 手元の剣は雷撃を纏っているので、多少はできるかもしれない。刺されたサハギンはそこから黒焦げになって死亡している。


 しかし、これは確かにおかしい。ここまで断続的に怪物が出てくるなど、聞いたこともない。

 まるで、迷宮内の全ての怪物がここに集まってきているような……?


「……まぁいいか」


 考えるのは後だ。先ずはここを切り抜けなければならない。危険度によってはとっとと撤退を選択するが、そこまででもない。なにより水辺では逃げきれるか分からない。

 単純にこいつらは武器を持っているくらいの特徴しか無く、そこまで強くはないのだ。


「こういう時は強行突破が一番だな」


 私の戦闘経験もそう言っている。

 武器を持っていようがなんだろうが、胴を横に一閃してやれば腕ごと落ちるのだから関係ない。そのことをその軽そうな頭に叩き込んでやろう。まぁ、叩くのは胴だがな。

 

「そぉらっ!」


 大剣と化した剣を振るう。血はここまでの戦闘でいくらでも余っている。

 三体ほど纏めて半身に変えると、続けざまに振るっていく。多少の反撃は気にしない。

 ……水辺であるため踏み込みがしにくい、これが先ほどから地味に戦闘を長引かせている。……中々面倒な迷宮だな。


 続けざまに剣を振るい続ける。こいつらの槍では私の一撃を防御することはできない。

 周囲には血が煙の様に舞い上がり、私の鎧や後続のサハギン共を紅く紅く色づけていく。


「おー、流石レッドミキサー、異名の通りっすねぇ……」


 ……ラタトスクが感嘆にしたように呟いた一言に、一瞬硬直してしまった。


 え、もうその二つ名復活してるの? それとも新しく着いたのが偶然同じだったの?

 色々ともやもやとしたものを抱えつつ、私はサハギン共を文字通り血祭りに上げていくのだった。




 多少余裕が出てきたな。いくらなんでも、無尽蔵というわけではない。

 暴れまわった結果、だいたいの殲滅が終了し、少し遠巻きに残りのサハギン共が待機している。


 周囲に散らばるサハギン共の遺体はちぎれた様な腕やら断面が歪な半身やらと目を背けたくなる惨状だったが、作り出したのがほとんど自分である事を考えるとそういうわけにもいかない。


 暗い水中である事がより恐怖映像感を増しているが、できるだけ気にしないように努める。

 とはいえ、このままなら問題なく倒せそうだ。

 私は弱い者いじめは得意なのだよ、不本意ながらな。


 そう、私が気を持ち直し、再び剣を握る力を込めた時。


「ん?」


 足元に妙な違和感を感じて立ち止まった。


「いったい何が……」


 とはいいつつも少し予想がついていた。

 多分サハギンの身体の一部だろうなぁ……。辺りに散らばってるし。


 海藻でも張り付いているならいいなぁ、と思いつつもここは海ではない。

 サハギンの千切れた腕が張り付いていたら流石に怖いぞ。


 そんな事を考えながら、足元に目を向けると。


 ――両足にのっぺりした太く白い触手が巻き付いていた。


「はえ?」


 思わず意図しない声が口から漏れる。

 

 続けざまに両腕に触手が絡みついてきた。


 ……って、ぼんやりしている場合ではない! 

 ものすごい力で水中に引きずり込まれそうになる!


「わぁ!? な、なんだかぬるぬるするぅ!」

「ななな、なんっすかこれぇ!? 張り付いて離れないっす!」

「くっ……!」


 どうやら皆も同様に謎の触手に足を引っ張られているらしい。

 触手の先は……だめだ、底が深すぎて見えない。なんだここ、ここだけ妙に深いぞ。

 ただひとつ分かるのは、このまま引き摺り込まれれば溺死することは逃れられそうにないという事だろう。


 が、いくら私でも手足を掴まれては……。

 即座に身体を支えられそうな障害物を探すが、辺りはちょうど平面で力を入れられそうなものがない。

 これは、完全に計画的な……。


 なんとか持ちこたえるが、おかわりと言わんばかりに水中から続けて数本の触手が口元や胴体などに絡みつく。


 あ、こら、変なところを触るな! ……ちょ、そこは、わわわ、脇はもっとやめ――。


「あ、ひゃあ」


 思わず力が抜けてしまった。一気に水面に引きこもうとしてくる。


 そこをベストなタイミングでサハギン共の槍と投げ槍が私を襲う。ざくざくと身体の数か所に突き刺さり、鋭い痛みが走る。

 しまった、完全に意識の外だった。


「ぐっ――」


 ダメージ自体は問題ないが、流石に一瞬抵抗する力が抜けてしまう。


 一瞬宙に浮き上がる様な感覚を覚えた。

 周囲の動きがスローに感じる中、ソールが全身に雷撃を纏い、怯んだ触手を切り飛ばしているのが見える。

 そんなこともできたんだな……。

 

 せめてもの抵抗として愛剣を強く握りしめる。


 人一人が落ちたような水音が響き渡る。

 いや、まぁ私が落ちたわけだが。


 あ、だめだ、これは……。


 首に絡みついてくる触手のせいで視界を殆ど動かせず、どうなっているのかよくわからない。

 だが、上に向けられていたため、その直後二人が水中に落ちてきたのは把握できた。ソールが逃れていたことを考えれば、残りの二人だろう。


 まずい、傷口から血が流れでて……意識も……。


 水底深く引きずり込まれていく中、薄らいでいく意識の中で必死に打開策を探る。

 だが、体中に巻き付いた触手をどうにかする術が無い。

 これは……最近でも一番、まずいかもしれない。愛剣を握る腕も感覚が不確かになってきた。これでは力を入れて振ることはできまい。


 あぁ、意識が、遠く……。





「げほっ! はー、はー」


 下の方に光が差し込んでいる空洞になっている空間を見つけて、溺れかけていたマルコとラタトスクを両腕で抱きかかえるとなんとか引きずってきた。


 変身……女性化の事をこう呼ぶことにした。したくはなかったが、死にかけた時点でオートで発動してしまったようだな。水に濡れた髪が重い。とはいえ、なければ土左衛門になっていたことを考えると感謝せざるを得ない。


 そしてその御蔭でなんとかここまでこれたわけだが。

 変身と同時に呼吸に何故か余裕が出来たので、何故か怯んだ触手を上がった身体能力で水圧に負けずにまとめて切り裂いて、溺れかけている二人を救出できた。


 水面まで行く余裕は流石に無かったので、このような空間があったのは九死に一生以外の何者でもない。


「ぜー、はー、はー、はー」


 なんとか肺に空気を入れて息を整える。


 ……よし、なんとか整ってきたぞ。

 他の二人は……まずい、呼吸をしていない。心臓は……動いているようだな。

 症状が重そうなのは……マルコの方だろうか。顔が青い。


 ……まずはマルコから、耐えてくれよ、ラタトスク。


 マルコの顎を軽く上に上げると、親指と人差指で鼻を摘む。

 ……正直恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。

 大きく息を吸い込むと、口を口の周りに当てがい、人工呼吸を行う。それを二度繰り返す。


「げほっ! かはっ、ひゅー、はー、はー」


 ……とりあえず呼吸は戻ったようだな。これ以上は私ではどうしたらいいのか分からない。確かお腹を押したりしていたイメージがあるが、私の力で下手にやると逆効果になりそうだ。

 死因が肋骨が内臓に刺さった事による失血死、とかに変わりかねん。流石に無いとは思うが。


 次にラタトスク。

 再び気道を確保すると、先程と同じことを繰り返した。


「けほっ、こほっ、かはっ……」


 よかった、こっちも呼吸が戻ったようだ。

 最初に引きずり込まれたのが私だからか、二人共比較的マシな状態だった様だな。


 

 少し時間を置いて、段々と意識が戻ってきたのか、二人が目を開く。


「……ん、あれ、お兄さん……? ……あれ……え、お姉……さん?」

「うぇぇ、頭痛いっす……えぇと、何があって……」

「あぁ、二人共、まずは無理をせず、体調を確認してくれ」


 さっきまで死にかけていたからな。私もだが。

 マルコは特に混乱がひどそうだ。こちらを見ながら視点を一点に固定してぼーっとしている。危険な症状かもしれない、私には医学知識がないので判断できないのが辛い。


しかし、服がびしょびしょで張り付いて気持ち悪いな。鎧状態ならまだマシなのだが、変身すると布部分が多くなるのだよなぁ。


 しかし、今先ほどの大群に襲われれば流石に死にかねんな。

 ……こうなると、地上に残ったソールのほうが危険かもしれん。まだ敵は残っていたからな。奴らなら水中は動けるだろうし、ここに来るかもしれない……。


 その時、背後から大きな水音が聞こえた。


「っ!」


 私達が来た水中から何かが這い上がってくる。

 即座に二人を庇うために前に出ると、武器を構えた。

 ……が。


「何だ、ソールか」

「ふぅ、はぁ、何だとはひどいな。君たちが心配で追ってきたのに。……まぁ、あのままあそこにいてもサハギン共に八つ裂きにされそうだったしね」


 水に濡れた髪を絞る様にぎゅっと手の中で押しつつ、ソールがこちらに近寄ってくる。

 ……彼のことも心配していたから、こちらに来てくれたこと自体は問題ない。ただ、ここがどこなのかどうか……。地上へは上がれるのだろうか。

 まぁソールがこれたことを考えれば来た道を戻れば良さそうだが、その場合水中でサハギンとやりあうことになりそうだな。

 普通にやれば負けないが、息が尽きればまた溺死しかねん。


「……どうやら、奥があるようだね」

「そうだな、となると、さっきの触手の主はこの先、だろうな」


 ……確実に魔物級の何かだろうな。

 ここに居てもいつ次の攻撃を受けるかわからない。

 ラタトスクとマルコがある程度回復したら、先に進むことにしようか。


 ……マルコにできるなら服乾かしてもらったほうがいいだろうか。このままでは全員風邪を引きそうだ。


 

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