表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/44

狂戦士さんと誤解

コメディ書ける人ホント尊敬する……。


 ふわりと沈んでいた意識が浮上する。

 あれ、確か、昨日は……。


「あ、お兄ちゃん、おはよう」

「ん……おはよう、アム」


 寝ぼけた目を軽くこすりつつ、視界に入ったアムに挨拶を返す。

 アムはこうして偶に一緒のベッドに入ってくる。

 ふふふ、人肌恋しいのだろうな、憂いやつめ。まぁ、まだ子供だからな。


 しかし……しまった、色々悩んでいたのがすっきりした為か、随分と熟睡していたらしい。あの後ジオと結局夜遅くまで話していたしな。……まぁ、飲んでいたのは向こうだけだが。


「時間、大丈夫? 今日は約束があるんじゃないの?」

「……んー? んー……」


 のそりと身体を起こしつつ、まだ動きの鈍い頭で考える。

 やくそく……? 約……束……。

 ……約束!


「しまった! 時間は……」


 がばっ! と窓の欄干に齧りつかんばかりの勢いで外の景色を見る。

 窓から見える太陽の位置から、然程寝過ごしたわけではないらしい。


 「ふぅ……焦った」

 「ご、ごめんね? ボクがもっと、寝顔見てないで早く起こしてあげるべきだった……?」


 いやいや、いい年して子供に起こしてもらう大人など、あまりに恥ずかしすぎる。全くもってアムのせいでは無いよ。


 それより、今日の予定だ。そう、今日は……。

 前に約束したとおり、アルジナにこの都市を案内してもらう予定なのだ。


 ……女の子と二人で町を歩くなんて初めてだ。……なんだか、緊張するな。母親はノーカウントだ。


「どうしたの? おね、お兄ちゃん。なんだか顔が赤いけど、熱でもあるの? 今日はお休みにする?」


 おっと、不審な点をアムに見咎められてしまった。


「い、いや。なんでもないぞ。ちょっと、その……未知なる冒険への高揚というか、なんというか」


 我ながら下手なごまかしを展開する。

 いや、まぁ、未知なことは間違いないし……?


「未知なる冒険……!? なんだか、凄い事をやりにいくんだね。お兄ちゃん! 頑張ってね!」

「あ、あぁ……」


 純粋なキラキラした眼差しに想定外のダメージを受ける。


 今更女の子に町を案内してもらうだけだとは言えないな……。

 さて、気を取り直して準備をするとしようか。



 ……鎧、外していこうか。


 幸い髪飾りと違いこちらは外れるのだが、いつもの冒険では鎧自体に付属する再生能力と身体能力強化が便利過ぎて外す選択肢が無かった。

 ……私の戦闘方法だと防具はすぐ破損するのだ。その度に直していたのでは、お金がいくらあっても足りない。


 とはいえ、別に冒険に行くわけではない今日なら外して行っても問題はない。

 ……が、よく考えると普段着をあまり持っていないんだよな。

 そもそも、いつもぱっちり決まっているクランがアルジナの傍にいつもいる時点で何を着て行っても見劣りするような気がするな。

 女性に対して変な考えかも知れないが、スーツ系統はどうしもてかっこよさで数段上に感じてしまう。


 なにより、多分友人に町を案内する程度のつもりの相手に、あまり着込んでいくのもな……。


 ……いつも通りでいいか。冒険者だし。これが普段着だ。

 言い訳するようだが、変に凝って失敗したほうが痛いしな……。

 

 「アム、もういいぞ」


 着替えると言い出してから何故か両手で目を覆っているアムに声をかける。


「あ、お、おわったの? ……目、開けていい?」


 むしろ何故目を瞑っているのか謎だぞ。

 さて、そろそろ出かけるとするか……。


 アムも最近は少しは元気が出てきたらしく、外に出るようになった。何かやりたいことがあるのなら、できるだけ手伝うからどんどん言って欲しいな。 





 例の町の中央にある橋の上で待ち合わせだったな。

 ……橋は幾つかあるのだが、ここで間違ってないよな……?


「あ、クルスー! こっちこっちー!」

「や、クルス。おはよう」

「あぁ、二人とも、おはよう」


 アルジナとクランがこちらに向かって手を振っている。よかった、ここであっていたみたいだ。

 

 って、そうだよね、クランもいるよね、別に何の問題もないのだけど。

 これなら何を着込んでも確実に見劣りしたので変におしゃれしてこないでよかった。ほっとした。

 二人の格好も多分いつもと変わりはない。変に意識するだなんて、我ながらなんというか……。

 ん、意識を変えねば。

 

「今日はありがとう、頼りにさせてもらうよ」

「いいのいいの、私達も暇な日だし。ギルド……はもう行ってるだろうから、いいよね」


 早速連れられて町の中を色々と回る。

 いや、女性はやはりこういう時体力が無尽蔵だな。

 細かな店まで紹介するとかなりかかってしまうので、記憶に残った店だけでいいだろうか。



 最初に紹介されたのは無骨な感じのする工房のような建物の前だった。


「ここ、私達もよく行く鍛冶屋の……って」

「あれ、閉まってるね。何かあったのかな?」

「どうせならとーりょーにクルスの事紹介しておこうかと思ってたけど、いないなら仕方ないか」


とーりょー……棟梁かな? 大工とかのイメージだが、鍛冶も棟梁というんだったか。


「そうだね。武器とか装備類だけじゃなくて、日用品とかも作ってるから、結構お世話になると思うよ」

「そういえば、鍋や包丁なんかも当然鍛冶屋で作るんだよな……まぁ、私は料理が出来ないから、そんなにこないかもしれないな」


 ……お金があっても家を建てたりしなかったのもそれが理由の一つだしな。毎食外食に出るのは面倒だ。

 まぁ、冒険者はいつ死ぬかわからないので一人暮らしが多く、稼いでいても家暮らしよりも宿暮らしの方が多いというのもあるけどな。結婚したりすると変わるらしいが。


「……クルスって、料理苦手なの?」


 アルジナが驚いたように聞いてくる。


「ん、苦手というか、経験があまりないというか……別に、おかしくもないだろう?」

「あー、その、出来そうな見た目だったというかなんというか……ちょっと意外?」


 なんだそれは……男の料理下手など珍しくもないだろうに。


「ご、ごめんね? ……あ、そうだ、お詫びと言っちゃなんだけど、今度、作ってあげよっか?」

「ん、いいのか? ……断るのも悪いな。頼んでもいいかな?」


 ……あ、流れで了承してしまったけど、女の子に料理を作ってもらうなんて初めてだな……。


 なにやらガッツポーズみたいな動きをしているが、どうしたのだろうか。

 そんなに料理が得意なのかな? 私もこの世界の人よりは多少舌が肥えてる方だから、楽しみになってきたぞ。


 ……あれ、クラン、どうして頭を抱えているんだ?





 そのまま道なりに歩いて行くと、中々に賑わっているお店に通りかかった。

 おや、おしゃれな外見の店の前に、複数のテーブルやイスが路面にせりだして置かれている。あれはもしや……。


「で、ここがファバムっていうカフェ。暇な時は結構この辺りでゆっくりしてたりするよ」

「男性はあんまり多くないけどね。結構昼間から飲んでる人も多いから……」

 

 おぉ、インテウムにはバーだの居酒屋の様な店しかなかったが、流石は大都市、カフェの様な店もあるんだな。ちらりと中を……むっ。


 「……う、コーヒーのみなのか。私は紅茶のほうが好きなんだが」


 というか苦いのが苦手というか、むしろ甘いのが好きというか。……ちょっと恥ずかしいが。


 「紅茶? それなら、中央の方にあったけど……」

 「コーヒーに比べると高いんだよね、だから僕らはこの辺りで休んでることが多いけど……」


 ……また金が掛かりそうな趣味が増えそうだ。その分、稼ぐしか無いな。


 まぁ、女性に案内して貰わないと多分バーなどのアルコール系の店ばかり紹介されそうだからな、アルコールを好まない私としてはこういう店があるのを知れただけでも助かる。


 まぁ、暮らしてればそのうち知ったとは思うが。これだけ路面に面していればな。




 ……やはり路地の裏には少々いかがわしい店が多いな。後は食べ物や酒場関係だろうか。

 とはいえ、こういう店ほど地元民しか知らない様な店が多かったりするのだよな。

 いくつか聞いている中できになる店があったので、今度行ってみようかな。


 しかし、猫が多いなぁ。……ちょっと触ってきちゃダメだろうか? 大丈夫、グチャってしないから。手加減するから。

 ……割りと引っ掛かれてしまうのが悲しいが。怖いんだろうか。


 段差を徐々に下りていく。

 こうした緩やかな石造りの段差は、昔は海外らしい情緒を感じて好きだったのだが、流石に見飽きたためかそこまで感動はないな。

 とはいえ、夕焼けの時間になると、赤く彩られた路地が思わず足を止めてしまうほど感動的な光景になったりするので侮れない。


「全く……僕が……そもそも……」


 ……クランがブツブツ言っている。

 冒険者が多い町なので、多少は治安が悪いというか……いや、言う程でもないんだが、ナンパ男くらいは出てくるわけで。


 まぁ、先ほどのナンパのせいだろうな……。


 軽ーく撃退したのだが、とんでもない事実が判明してしまったのだ。


 ……どうやら、周りからは女性三人かクランが両手に華状態に見えてるようなのだ。普通に綺麗な容姿をしているのに、かわいそうに。

 ……明らかに酔ってたしなぁ、あの男。全く、昼から酒を飲むな。


「そもそも! クルスの服装が悪いんだからね? 」


 いつもよりオーバーなリアクションで募られる。

 ……いや、君の服装も原因の一助だと思うぞ?


「いいの! 悪いの!」


 ……なんだかいつもより子供っぽくなってしまった。

 ぷいっ、と頬をふくらませるクランにどうしたものかと二人で慰めていたら、アルジナが急にぽんっ、と手を叩いた。


「そうだ! 閃いた! ちょっと待ってて」


 ……え、ちょ、アルジナ、なんだか嫌な予感がするんだが……。




 どこからか拾ってきた木の板を差し出される。


「はい!」

「いや、はいじゃないんだが」

「はい!」

「いや、だからな……」


 なるほど。

 私に"私は男です"と掘られた板を胸に掲げて往来を歩けと?

 ……どんな羞恥プレイだろうか。


「フン!」


 アルジナが両端を持った板をチョップで真っ二つにする。


「あー! 折角作ったのに!」


 二度と作らなくてよろしい。


「ぷっ……くくくっ……」


 そこのさっきから笑いを堪えているのも同罪だからな。

 ……まぁ機嫌が治ったなら良しとしよう。





 さて、大体見て回ったが……ん? 何やら騒がしいな。


「で、あれがこの町の教会……あちゃー、なんかやってるね、近づかないほうがいいかも」

「またか……」


 うんざりした様子で二人が教会を見つめる。……何やら、大勢の人間が争っているように見えるが……。


「あーなんていうの? 宗教間の争い、っていうか……」

「新興の宗教が昔からの宗教に喧嘩を売ってる、みたいな?」


 あぁ、やっぱり宗教はどこでもそんな感じか。

 元の世界でも争いの種だったしなぁ。

 とはいえ、平和を招くことも……あるのか?


「ま、私たちには関係ないし、今はいいでしょ。次行きましょ。一応、あそこに教会があるってだけ覚えておけばいいよ」

「そうだね、変に巻き込まれたら嫌だし」


 ……なんとなく気になるな。宗教が苦手な日本人としては珍しく。

 とは言え、二人が近づきたくないなら今回はやめておくか。





 さて、もうそろそろ日が暮れる時間だな。

 だいたい町も見まわったし、宿に帰るとしよう、アムも待っているだろうしな。


「二人共、今日はありがとう。色々と町に詳しくなれたよ」

「いいのいいの! 私達も暇だったし、それに……この間のお礼っていうか、なんていうか……」


 ん? 後半何を言っているか聞こえなかったぞ。どうしたんだろうか。なにやらもじもじしてるが。


「んー……。クルス。この間の村ではありがとうね。僕達が行きて帰れたのは間違いなく君のお陰だよ。アルジナは、その前にも助けてもらったみたいだし」

「あぁ、そのことか。気にしなくていい。それに、あの戦いでは私は一撃目でやられてしまった時クランに助けてもらったし、オークウォリアーをあっさり倒せたのはアルジナが盾を壊してくれたお陰だ。その後の巨大な敵の時にも援護してもらったし、無事に切り抜けられたのは、間違いなく二人のお陰だよ。ありがとう」


 これは偽らざる本心だ。そもそも私はそこまで強くもないしな、この間ジオにも苦戦したし。

 そもそもあんな化物が都市郊外の村に出没する事自体がおかしいのだ。

 ギルドでも原因を調査しているようだが、近くの迷宮にはオーク種の存在もなく、オークが生息した痕跡も付近にはないらしい。

 つまり、奴らは突如としてあの村に現れたことになる。


 本来はありえない出没……。そういえば、あの熊もそうだったな。最近は妙な事ばかりで困る。


 ……もっとゆったり暮らしたいんだがなぁ。だが、謎の集団を追わなくてはならないのだよな。なにせ、性悪な女神に人質に取られている――。


「……息子の為に働かなくてはならないからなぁ」


 思わずポツリと口に出してしまう。


「……え、クルス、息子さんがいたの?」

「……え? クルス、どういうこと? 家族がいるの? 妻? 夫? クルスはどっちなの?」


 どうやら聞かれてしまったらしい。


 あ、いや、息子といってもそっちの息子ではなくて……って、女性にこんな事言えるか! そもそもどっちってどういうことだ!?


「キリキリ吐いて! アムちゃん以外にも子供がいるの? 子供を置いてアルバまで来たの!?」

「ちょ、アルジナ、誤解、誤解だから! 肩を掴んで揺すらないでくれ!」


 あ、ちょ、意識が、少しずつ……。痛覚はある程度無視出来ても、こっちは――。


「ちょっと! アルジナ! ストーップ!」


 アルジナがクランに無理矢理引き離される。

 ふぅ、助かったよ、クラン。もう少しで意識が飛ぶところだった。


「うぅ、クラン、悔しいよぅ……やっぱり、優良物件は既に誰かに手を出されちゃってるものなのかな?」

「元気だしなよ、アルジナ。早めに分かっただけ、良かったじゃないか」


 クランがアルジナを慰めているのが見える。

 私はなんとか呼吸を戻し、って。誤解が進んでる!


「って、ちょっと待ったー! 私は子供を産んでもいないし、産ませてもいなーい!」


 なんで町の真ん中でこんなことを叫ばなければならんのだ!


 うぐぐ、どうして最後にこんな妙な誤解を……。

 こちらを見る二人の視線にはかなりの疑惑が篭っている……ような気がする。気のせいかもしれないが。


 落ちかけている夕日を見つめ、少しでも気持ちを穏やかにする。


 あぁ……もう少し待っていてくれ、アム。この誤解を解いてから、宿に戻るからな。


 一日の最後にオートで受注された高難易度クエスト、"子供を置いて旅に出た最低男"という汚名を返上するべく、私は無駄に気合を入れて二人の視線に対峙した。



 ……どうしてこうなった!?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ