狂戦士さんは狂戦士
ここはアルバの近隣にある迷宮の一つ、トリアル森林。獣系統の怪物が多く出現する迷宮だ。
鬱蒼とした森の中で、私は数体の怪物に対して剣を振るっていた。
最初は一体一体ガードや回避を駆使しつつ切り倒していたのだが、どうにも処理が追いついていない。
……仕方ないな。まとめてやるしか無い。
「おおぉぉぉぉぉ! 散れぇ!」
私が両手で振り回した剣……否、血の大剣が周囲の怪物共をまとめて斬り飛ばす。
半ばから切り飛ばされた怪物どもが身体のパーツや内容物を撒き散らし、水っぽい音をたてながら吹き飛ぶ。
緑の絨毯を赤く染めつつ、残った半身が粘着質な音と共に地面に倒れこむ。
直後、大きめのアルマジロもどき、とでも言おうか、そんな生き物が視界の脇から猛スピードで突っ込んでくる。
攻撃をした直後の硬直から私はそれを避けられない。
いや……端からこの程度、避ける必要もないか。
アルマジロが脇腹に思いきり直撃する。
「ぐっ……!」
鈍い痛みと衝撃が肋骨を中心に駆け巡る。
とはいえ、こんな衝撃で潰れるほど柔な身体はしていない。
「ははははは! いいな! 痛いぞ!」
そして、この程度の痛みでは私の行動を止められない。
私は痛みからの回復が人並み外れて早いのだ。
突進を終わらせ、逃げようと転がるアルマジロを追いかけ、側面を思い切り蹴りつける。
雑魚程度ならこれで十分。
ボールの如く飛んでいったアルマジロは、堅い樹木に勢い良く頭を直撃させ、中身の混じった赤い染みと共にずり落ちていく。
「さぁ! 次はどいつだ!」
「いや、ダメだろう」
ギルドの内部に付属した酒場でミルクを飲みながら、私はひとりごちていた。周囲の喧騒は僅かに鬱陶しくはあるが、まぁ、酒場などこんなものだ。自己に埋没していればそこまで気にならない。
ここ数日、何人かのパーティーを組んだりソロで迷宮に潜ったりしながら、フレンジを使わない戦闘を模索していた。
……が、駄目だ。結局戦闘方法がバーサーカースタイルに戻ってしまう。
「ふぅ……」
甘い息を吐きながら、考えを深めていく。
そもそも、私に取って戦いとはこういうものなのだ。六年の間やり続けたことをさぁ変えようで変えれるなら誰も苦労しない。
……いや、そもそも戦い方を変える必要があるのだろうか?
要するに技術を持った相手を無理矢理叩き潰せるだけの力があればいいのではないだろうか?
というか、私にはそっちのほうが向いている気がする。
例えばジオ。あぁ、この間戦った槍使いの男の事だ。あの後、ちょっと仲良くなった。
彼は幼少時から槍を振り続け、あの域に達したのだという。
実戦は重要だが、技術を考えれば訓練は必須だ。私の様にひたすら迷宮に潜って実戦経験だけ伸ばすと、我流の歪な戦法になる。うん、町で噂されちゃう様な。
彼は高名な武術家に弟子入りして、しっかりと基礎から積み上げていったらしい。
冒険者としてのランクが私と同程度なのは、二十歳近くまでを修行に費やしたために、冒険者デビューが遅かったせいもありそうだな。まぁ、この上のランクは殆ど無いんだが。
あぁ、そろそろ説明しておこうか。冒険者のランクは全部で十位。高いほどランクが高い。一応それぞれ別の呼び名はあるが、固有名称をあまり覚えていないので数字で書くぞ。
私のランクが七位なので、ジオも七位ということになるな。あ、彼は試験の結果昇格は保留となったらしいぞ。
九位以降は少々特殊な功績などがないと基本上がれないと思っていい。特例は色々とあるようだが。
ちなみにアルジナとクランが真ん中の五位だとか。この辺りなら十分に一人前の冒険者を名乗れるな。
まぁ、ランクはどちらかというと外向けの信頼性などを示すものなので、正確な実力を必ずしも示してくれるわけでもない。
冒険者に取って重要なのは、ランクによって迷宮の攻略許可が出ることだろうか。
後、高いと年ごとの瘴石の納入義務も増えるので、必ずしも上がると嬉しいかというとそうでもない。一応下位よりギルドから優遇された処置を受けることはできるが。
まぁ、才能ある彼が二十の後半までやり続けてようやく、一流や超一流と呼べるような頂にたどり着けるわけだ。
……果たして私が今更剣を振り回して、その頂に行けるまで、一体何年の月日が必要なのか?
――私には、息子の寿命という重大なタイムリミットがあるというのに。
……駄目だ、今から技術方向にシフトしても、然程のプラスになると思えない。
無論、ないよりはあった方がいいが、目に見える程の効果が得られるかというと疑問だ。
それなら普通に実戦経験の中で自然と磨いていったほうがいい。
そもそも、何故このような思考になったのだったか……。
そうだ、セルフィ君にトラウマを植えつけたような戦い方をしたことを、アルジナと初めてあったオークとの戦闘辺りからちょっと後悔していたんだったか。
フレンジを使用せず戦うのも久々だったな。それまでは雑魚戦でも使っていたからなぁ。
それで今回の敗北が少々堪えて、技術などの狂乱せずに戦う方法を模索し始めた……ような気がする。
……それって、フレンジを使わないでも戦闘方法が変わってない時点で、根本的な解決になっていないような。
……無意味な遠回りをしていたようだ。
戦闘の骨子となっている要素を捨ててまで、周囲の評判を気にする余裕は私には無い。より具体的に言うと私の息子にはない。
……後、実は、軽度のダメージなら最近快感に……いやなんでもないぞ。私にそんな変態的な趣味はない。
だって、切り傷はしっかり痛いからな! 打撲はちょっと……あ、いや、違うぞ。そんな目で見るな。
まぁ、プラスになったこともある。
平時では戦闘スタイルこそ狂戦士染みたものだったが、別に仲間を攻撃するようなことをするはずも無かったので、問題なくパーティーも組んでいけるだろう。
冒険が難しくなればなるほど一人での戦闘など死ににいく以外の何物でもないからな。
……フレンジを使用していても大丈夫だとは思う。そもそもセルフィ君達を守るときや、アルジナ達を守るためにフレンジを使用した戦闘を行ったが、その意識が熱狂に侵食されるようなことはなかった。
私の考えすぎだったかもしれないな。……少々ゲーム脳だったかもしれない。どうしても狂乱と敵味方無差別攻撃のイメージが抜けなかった。
「よし、やめるか」
わずか数日で早いと言われるかもしれないが、気の迷いであったとしか思えない。
仮にフレンジに頼らずに冷静に戦えるようになったからといって、それが狂乱状態の戦闘より上回れるかというと強みを捨てているだけでしかないしな。
根本的に向いていない。以上。
そう結論付け、ミルクと一緒に頼んだ燻製のベーコンを齧る。
うん、うまい。干し肉だの塩漬けの豚肉をそのまま食べるよりは遥かにうまい。ちょっとハーブの風味が苦手だが。
組み合わせが悪い? ……いや、仰るとおりなのだが、どうにも成人するまでは酒を飲む気にならないのだ。
別にこの世界では年齢を気にせずにごくごく飲んでいる様だが、飲酒は二十歳のイメージが抜けていない。
まぁ、水が貴重ということはないので酒類が安くて水が圧倒的に高いということもないからな。さして困ってはいない。
悩みが解決した爽快感からか、大分気が楽になった。
「よっ、クルス」
「ん、ジオか」
噂をすれば影とでと言おうか、例の槍使い、ジオが私を見かけたらしく声をかけてきた。
こんな風にこないだから偶に会うのだ。まぁ、私もこいつには学ぶところがあるし、性格も悪いやつじゃないので全然構わないのだが。
「なんか悩んでたのに突然すっきりした表情してたが、どうしたんだ?」
「いつから見てたんだ、お前」
単に悩んでたのが一段落ついたっぽいから声をかけただけさ、などと片手を広げて気にした様子もなく言ってくる。
まぁいいんだが、あまりストーカー染みた発言はしないほうがいいぞ。
「少し、自分の戦闘スタイルで悩んでいたんだ」
「戦闘スタイル? ってーと、あー……」
ジオとしては特攻してくる私という記憶があまりいい思い出では無いのか、顔をちょっと引きつった感じに歪める。
まぁ、外から見ると凄まじい殺気が出ているらしいな、私としてはそんな気はないのだが。
さぞや首筋が冷えたことだろう。
「あのままの特攻スタイルでいいのか、お前のように武器の腕を磨くべきなのか、と悩んでいたんだ」
「なるほどな、で、結局どうなったんだ?」
結論は出たんだろ? とジオが言う。
「あぁ、やはり、自分の長所を伸ばすべきだと思ってな」
「てーと、突っ込み続けることにしたわけだ。いいんじゃないか?」
「まぁ、そう思ったんだが……お前から見て、どうだ?」
私はついここ最近内心で抱え続けていた不安を口にしてしまった。……酒も飲んでいないのに、酒場の雰囲気に飲まれていたのだろうか。
ミルクの入ったグラスを見つめながら、話を続ける。……少し、格好着かないな。
「実は、指針となる何かがないと少し不安なんだ。……ここまで、我流できたからな」
結局、私の戦闘は今できるものをかき集めて出来上がったモノでしか無い。
正解が解らない、というのは、時々不安になる。暗闇の道を無理矢理勢い任せに疾走するのは、思ったよりも疲れるのだ。
「あー、どうだろうな。だいたい、そもそもお前の剣の腕だってそう悪いもんでもないしなぁ。いっそ、もっと極端に考えてみたらどうだ?」
「極端?」
「おぅ、ごちゃごちゃ考えずに突っ込むか、もしくは狂いながらも冷静さを保つか……」
「……」
なるほど。
いっそ狂気の衝動に身を任せるか、もしくは限界まで制限して冷静に狂うか……。
どっちにしろ狂っているのは代わりない気がするが、まぁ、そこは私だしなぁ。
いずれにせよ、案外今の話は私の将来に影響してくるかもしれない。覚えておくことにしよう。
「まぁ、誇れるもんがあるなら、それを伸ばし続けた方がいいと思うぜ」
「……唯一誇れるのが、それしかないからな」
我ながらちょっとひねたような感じになってしまったが、あえて自慢でもするかのような態度をとった。
くくくっ、と抑えるような笑い声。
……笑われた。……なんだか、子供みたいで恥ずかしい。
「ま、がんばりな、若者よ」
ぽん、と頭に手を置かれる。
わしゃわしゃと髪を撫で付けてくる。
「こら、撫でるな、おっさん」
煩わしいぞ。
……まぁ、褒められたり撫でられたりするのは実は嫌いじゃないんだが。流石におっさんに対して頬を赤くするのは趣味ではない。
「おっ! おっさ、ん……」
あ、固まった。
そういえばこいつはお兄さんとおっさんの微妙な年齢の境に悩んでいたな。今のは若者とか言われたので軽い気持ちで言い返しただけなんだが。
でも、二十五はおっさんじゃないか?
……あ、でも私生きている年齢だけならこいつより年上なんだよな……私もおっさんか?
最近は鬱になる話題が多くていかんな……。肉体年齢は十六だからセーフということにしておいてくれ。
……お兄ちゃんと呼んでくれるアムの存在が少し私の中で大きくなった、そんな気がした一日だった。
あ、でも、偶にお姉ちゃんと呼び間違えられるしなぁ……。




