狂戦士さんとお姉ちゃん
あの後、二日の旅路の後無事アルバにたどり着いた私たちは道中であったことをギルドに報告し、日が暮れていたので宿屋に泊まることにした。
道中で特に嬉し恥ずかしなハプニングがあったかというと、私が男性に戻ったのがそもそもアルバに着いた後だったので何一つ無かった。
せめてもう少し早く……はぁ無情。
あ、いや、あまり引かないで欲しいのだが、女性と旅というと、男としては少しはそういう気持ちになっても仕方なくはないだろうか?
え、分からない? そっかぁ……。
閑話休題、ギルドへ報告した時の話をしよう。
アルバ郊外の村が一つ滅んだというのは流石にかなり騒然となり、当然私達が虚言を吐いているのではないかと疑われた……ということはなかった。
というのも、私達が来る前に村から数は少ないが生存者がアルバに避難してきていたらしく、私達が着いた頃には既に討伐の冒険者を募っていた。
道中で彼等と会うことはなかったが、戦闘と一泊した事を考えるとおかしくはないか。クランにあわせて歩いてきたので然程早く移動していたわけではないしな。
どちらにせよ生存者がいた事は喜ばしい限りだ、素直に嬉しいぞ。
……ただ、彼等の村は廃墟と呼ばざるをえないのでこれからの生活は大変かもしれないが……。
あぁ、ついでに私の届け物の用事も済ませておいた。まぁおそらく手紙だろう届け物を受付嬢に渡しただけだが。
ついでにしばらくこちらのギルドを利用するという届け出もしておいた。
事情聴取染みた事はされたが、村が襲われた証言や瘴石もあったので、後は実際に現地で調べてからより詳しく聞かれるくらいだろうか。
さて、そんなわけで基本的には何一つ問題はない。
ランクがギルドによって多少差があるという問題はあるがそれもある程度は通用するし、後ほど軽く試験をすることになっている。
アルバのギルドで冒険者をやるという旨も伝えてある。
アルジナやクランとも途切れず関係が続いている。
人との縁は大事だ、こと周りからの扱いがアレな私に限っては。
宿のグレードもイニテウムに泊まっていた時よりは下がるが、サービス的にはあまり変わりない。
流石大都市といったところか。
ギルドで紹介された宿なので、悪質ということもないだろう。
そんな事を考えつつ、私は現在自分が寝泊まりしている宿の自室の扉を開いた。
……あぁ、そうだ。一つ、問題があるとすれば――。
「あ、おかえり、お姉……お兄ちゃん」
片目の隠れた黒い髪の可愛らしい子供が、ベッドに座りつつ部屋に戻った私を出迎える。
……この子のことだろうか。
「あぁ、ただいま、アム」
あぁ、別に私の後ろに姉と呼ばれる誰かがいるとか、私がまだ男に戻っていないとか、そういうことではない。
……あれは、アルバに来る前、崩壊した村で出発前に休んでいた頃に遡る。
私たちは村の探索をした後、残念ながら生存者が見つからず、無駄に終わったことに意気消沈しつつも一泊する準備をしていた。
幸いほぼ廃墟と入っても完全に野宿するよりはずっとマシである。多少なら建物も残っていた。
男一人に女二人という構図は問題だと思うが、残念……というわけではないが現在は私も女なので何一つ問題も起きようもない。
起こす物が無いからな。二重の意味で。
あ、ちょっと下品だったな、不快な思いをさせてすまない。
「はぁ……結局誰も見つからなかったね」
ぐちゃぐちゃなトマトならそれなりに見つけたが。勿論比喩表現だ。
「あれだけ暴れておいて生存者が逃げ出さないというのもおかしな話だからな……逃げ出せないパターンならありえたが」
「ふぅ、ふぅ……流石にもう僕歩けないや……今日はもう休みでいいよね? 明日に響いちゃうよ……」
まだ敵がいる可能性があったのでクランには助けた子供を背負ってもらっていた。
本来なら私が背負うべきなのだが、接近戦が得意な私が一番に攻撃及び盾になる場合、子供を背負ったままでは突っ込みにくいという判断だ。
どこかで待機してもらうという考えもあったが、各個撃破される可能性もある。私以外の二人は不意を突かれれば危うい。
お陰であまり体力があるわけではないクランはもう倒れそうだ。
明日から徒歩でアルバまで行くことを考えるとそろそろ休ませないと、アルジナもそこまで体力が有り余っているわけではないので私が二人担ぐことになるな。
流石に勘弁願いたい。子供だけなら軽いがクランは……おっと、殺気。
そのまましばらく明日に向けて休息に入ろうとする私達。
そんな時、傍に寝かせておいたずっと意識のなかった子供が目を覚ました。
「あ、起きた?」
「……大丈夫かな?」
女性陣が子供が起きたのを察し、直ぐ様体調などを確かめる。
……私はどうしようか、この間セルフィ君にトラウマを植え付けてしまったような私が子供に下手に近づくと逆効果ではないだろうか。
そんな風に迷ってしまって咄嗟に動き出せなかった。
二人が話を続けている。
……これはダメかもしれないな。
二人の話にもあまり反応を示さず、虚空をじっと見渡している。いや、破壊された村を見ているのだろうか……。
クランの言っていたとおり、精神のダメージが大きすぎるのかもしれない。
やはり、この歳の子供に自分の住んでいた村や知り合いが壊されていくのを見るのは、トラウマ以外の何者でもない、か。
……ん? 視点がさっきからこっちに固定されているような……。
こ、こっちに駆け出してきた!?
ま、まさか、ゲームでよくある助けだした子供は魔物の仲間で人に擬態できる怪物だったのだ! 的な展開だろうか?
ど、どうしよう! これ、攻撃しちゃっていいの!? 反撃しちゃっていいの!?
あ、やば、反応が遅れて……。
「お姉ちゃん!」
ぎゅーっ、と。
私からすれば子犬がじゃれつく程度のか細い力で抱きしめられた。
……最近よく抱きつかれるなぁ、などと考えている場合ではないだろうな。
「えー、と」
「クルス、その子のお姉さんだったの?」
アルジナ、首を傾げながら言わないでくれ。
だいたい男だと言ったばかり……今の姿だと説得力がなさすぎる。
私は窘めるようににその子の背中を軽めにぽんぽんと叩き、離れるように促す。
……離れないな。先程までのアルジナの様だ。いや、アレとは理由が大分違いそうだが。
「死んでなかった……よかった……」
「あー、私は君のお姉さんでは……」
「違う、の?」
あ、ちょっと、そういう涙目やめて。罪悪感が凄いから。プルプルしないで。
最終的に私がお姉さんでは無いということは理解してくれたようだが、安心した様子で眠ってしまった。……くっついて離れない。
まず、話を整理しよう。
この子の名前はアシラム。極々普通の村人で、親がおらず姉と二人で暮らしてきた。……昨日までは。
どうやらこの子は自分のお姉さんの最期を見てしまったようで、それが大きな精神的なダメージになっていたようだ。
それを姉の面影が……あった? 私を見て、生きていると勘違いして多少精神が安定したらしい。
……要するに私に姉の事を重ねているのだろうか。複雑な気分だ。
まぁ、それはいいとしよう。本当は良くないが、子供の精神の復帰に少しでも役に立ったとプラスに考えよう。
「そういえばクルスってアルバに着いた後どうするの?私たちは元々アルバで活動してたからそのまま拠点にするつもりなんだけど……」
「あぁ、私もアルバに拠点を移そうと考えているな。」
「ほんとっ!? じゃあ、アルバについてからもよろしくねっ! 初めてだったら色々と案内してあげる!」
あ、うん、それはいいんだけどね……。
そんなこんなでアルバまでの道中。ひたすらひっつかれて歩いてきた。
日の後半は疲れて動けなくなるのでおんぶしてきた。
本当はアルバまでのつもりだったのだが、よくよく考えるとこの世界で孤児対策が日本ほどしっかりしているはずもない。
私から見れば孤児院とは名ばかりの施設でしかなく、かといってこのまま放り出せば良くてストリートチルドレンの仲間入りだろう。
生存者にもあたったが自分の生活で精一杯のようだった。まぁそれは仕方ない。
……この国は奴隷を禁止しているが、悪というものは中々滅びないもので、私も冒険者をしながら何度か耳にしたことがある。そうした奴らにとって孤児は最も楽な狙い所だ。
見捨てるのも私の自由だし、村が滅ぶというのも珍しい話ではないため、私がこの子を引き取る義務はない。
別にこの子以外にも孤児なんていくらでもいる。この世界は結構シビアだからな。
とは言え、こうも懐かれた状態で放り出すというのは……凄く、良心が咎める。
まぁ、私は正直それなりに稼いでいるし?
子供一人の食い扶持くらいなら然程の重荷ではないし?
……むしろここで見捨てる精神面のダメージのほうが大きい気がする。良心の呵責に耐えきれる気がしない。きっとその後も様子を気にしてしまうだろう。
そんなわけで、私の新天地での生活に早速一人、家族が増えることとなったのだ。
色々と増えた悩み事や疲れを少しでも流すために、お風呂に浸かる。
個室に付いている辺り流石大都市と言える。
事前に言っておいてお湯の準備をしてもらわなくてはならないことは変わらないが、そもそも入らない人もいるので追加料金となっている。
ふぅ、熊だの豚だの短期間に色々とあったものだ。
挙句の果てには子供を養うことになるとは……人生何が起きるかわからないな。いや、こちらの世界に着た時点で今更ではあるが。
長旅の疲れもあるし、ゆっくり入ろう。
あ、剣も洗って上げないとな。手入れがほとんどいらない我が装備達だが、流石に豚の涎がついた後だと気になる。あまり触りたくない。
ところで、息子のほうは……目で分かるほどの違いはないな、そもそも自分の正確なサイズとか把握してないぞ……。
ふぅ、いいお湯だった。
「アム、お風呂空いたよ」
ちなみにアムというのはアシラムの愛称だ。
親しみを込めて愛称で呼んでいるだけで、アルジナと間違えそうだったとかそういうわけではない。決して。
「お風呂?」
そう、お風呂、入ると嫌な気分も吹き飛ぶ人類最高の発明だ。
「あの……おね、お兄ちゃん」
「ん? どうしたんだ?」
そんな小首を傾げて、何か疑問でもあったのだろうか。
「お風呂って、どうやって入るの?」
「……」
……村規模だと小さい所ではお湯ではなく水浴びだったり、魔法使いがいたとしても浴槽に浸かるという形ではなく、お湯を浴びたり桶に溜める様な形だと聞いたことがある。
それでもこの子の住んでいた村の規模なら十分にお風呂があってもおかしくないのだが、姉と二人暮らしだったという話を聞くとあまり裕福とは言えない暮らしだったのかな……。
仕方ない、教えてあげよう。まぁ子供だからさして問題無いだろう。気にするほうが問題だろうさ。
ところでこの子の性別どっち?
あ、次回から真面目にやります。多分。
ちょっと自分でもどうかと思ったので修正しました。




