狂戦士さんと打楽器
「……痛い」
成りたくはなかったが、死ぬよりはマシだ。
そんな気持ちで女性体になったのだが、いきなりの醜悪な豚面のアップは精神的にきつい。
反射的に殴りかかってしまった。
体重が桁違いなので熊のように抑えこもうなんて発想は流石に無い。
少しでもダメージを稼ぐべく、熊以来の使用となる"オーバードライブ"を使用して、思いっきり顔面を殴りつけたのだが……。
どうやら、制御出来ていない。
豚を殴りつけた右腕を軽く上げてじっと見つめる。
右腕だけの強化でも、殴りつけると同時に内部が爆ぜたように痛む。ちょっと泣きそう。
この状態の時は再生力が上がっているようだが、それでも使い続けたまま戦闘すれば継続ダメージのほうが上回る、それくらいには自損ダメージのほうが大きい。
やむを得ず、使用を取りやめる。
あの時は、何らかの要素で私の魔法制御力……などが上がっていたみたいだな。
ぱっと考えつくのは、リズリットさんの付与魔法だが。 だが、あれは肉体面のみだった気がする。
あるいは一回目は何かサービスでもあったんだろうか。
あの時より、現在は明らかに身体能力が低い。
もし初めて変化した時の身体能力があれば、もっと豚の飛距離を上げて殴り飛ばせただろう。
……何より、鎧の細部が異なるのが気になる。
前は胸の金属部分はそのままだったはずなのに、今は消滅している。
例の件の進行度で徐徐に女性仕様になっていくとかではあるまいな。
とはいえ、現状でも平時より身体能力が大きく上がっていることは間違いない。
それは腕力のみでなく、俊敏さなども含まれる。
熊の時の様な絶対的な速度差を頼みにすることは出来ないが、今なら突進も回避できるかもしれない。
純粋な速さなら熊のほうが上だが、あの時とは強化率が大分劣っているので仕方ないな。
周囲の遮蔽物が潰れて瓦礫の山くらいしか無い以上、ほとんど真っ向から叩き潰す必要がある。
一応アルジナ達の方には多少はあるのだが、こいつを彼女たちの方に行かせるのは論外だ。
となれば、敵が倒れている今を逃す術はない。
あぁ、何故こういう時に限って、我が愛剣は毎回行方不明なのか。
弾き飛ばされた時にどこかに飛んでいってしまったようだが、こうも瓦礫が多いとすぐには見つけられないな。
そんなことを考えながら、敵へと一気に駆け寄る。
「はあぁぁぁ!」
左足で踏み込み、サッカーしようぜ! お前ボールな! と言わんばかりに、倒れこんで無防備に晒している豚の腹に思いきり蹴りを入れる。
「ぶごぉぉ!」
豚は絶叫を上あげつつ大きく身じろぎをして悶えている。
……流石に浮かせるほどの力は出ないか。
先ほど殴りつけた時に僅かに浮いたのはこいつの体勢が悪かったことが最大の要因だからな。
今の私の蹴りでは寝ている所から浮かせるほどの力はでないようだ。
多少私の気は晴れたが、そこまで大きなダメージではないようだ。
通常ならこのまま素手で敵の臓腑を抉り出しにでも行くのだが、流石にこいつ相手だと届かない。なにより、内臓が巨大すぎて掴めない。
……いや、腸辺りなら綱の様に引きずり出せるだろうか? あぁ、でも豚の腸がどの辺りにあるか詳しく知らないな。
って、いかんな。フレンジ状態で更に女体化までしてるとどうにも思考が物騒だ。やることなすことエグくなる。
元からそういう戦闘ばかりしていたから、戦闘時はそっちに思考が寄りがちなのだ。
私は別に危ない人ではないのだよ? ……ほんとだよ?
この豚だって好きで傷つけているわけではない。
まぁ、こいつは豚とは思えんほど醜悪な生き物と化しているので便宜上豚と呼んでいるだけで、あまり罪悪感の湧くフォルムでは無いが。
元の世界の豚は結構愛嬌があって可愛いと思うぞ。
私は可愛いモノは好きだ。大好きだ。
コボルトとか抱きしめたいと思っているぞ。
攻撃されると反射的に腕の中で抱きしめたままぐちゃっとしてしまうが。
何より、私も流石にいたいけな少年にトラウマを植え付けてしまった事は反省しているのだ。
最近フレンジを使うのを自重していたのもその為だな、あまり意味はなかったが。
……そのあたり、アルバについたら一度考えてみるべきかもしれんなぁ。
「とはいえ、まずはこいつだ」
私達が無事にアルバまで行けるかどうかは、こいつを解体してソーセージやサラミにできるかどうかにかかっている。
いや、怪物は食べれんのだがな。
……いや、真面目にどうしようか?
愛剣があればこのまま惨殺コースなのだが、素手ではどうにも怪力があってもこの巨体だとあまりダメージが通らん。
でかいというのがいかに単純に強いのか考えさせられるな。
牙をへし折って……いや、そのまま突進でもされたら瓦礫との間でぺしゃんこにされかねん。
とりあえず時間を稼ぐために、腹に何発か打撃を入れていく。
「ぷぎ、ぷご、ぷぎゅ!」
血反吐と共に繰り返されるわめき声が柔らかな肉を叩く殴打音と重なってリズミカルに響き、耳に大変心地よい。
思わず穏やかな顔で笑みを浮かべてしまう。
あぁ、血は回収しておこうな。
武器がない今大事なダメージソースだ。
しかし、現状に大した進展はない。
いっそこのまま死ぬまで殴り続けるべきだろうか。
そこまで考えた時、唐突に目の前の肉玉が動き出した。
両足をめちゃくちゃに動かし、じたばたと暴れる。
巻き込まれては堪らないので、一度出来る限り距離を取る。
私が距離を離した後、ぐぐぐっと体勢を持ち直し、立ち上がってくる。
やはり脚力が高いな、ただ、後ろ足の傷の効果は出ているのか、力を入れにくそうにしている。
豚が私目掛けて飛びかかってくる。
先ほどの様な大跳躍ではなく、軽く跳ねたような感じだな。
着地、それだけで凄まじい地響きが鳴る。
……こればっかりはどうにもならないな、空を飛べるわけでもない。
突進でもしてきたほうがまだマシかもしれない。
動きの止まっている私に対して、前足を地面に叩きつけるかのようにこちらに向けてくる。
直撃すれば苺ジャムになることは避けられない、な。
突撃が基本の私としては今回の戦闘は甚だ不本意だが回避優先になって、どうにも自身の持ち味が生かせない。
なんとか転げるように回避する。
飛び散った石や瓦礫の礫が、私の体を強かに叩く。
多少痛むが、まだマシなダメージだ。
そのまま空けられるだけ距離を空ける。
最も、敵が巨大すぎてあまり実感できるほど空けられてはいないが。
宙に浮かぶ醜悪な鼻先が先程から空を覆っている。
どことなく不快な気分になりながら走り続ける。
おや、あれは――。
「ぶごぉ!」
先ほどまでのダメージに苛立ったのか、至近距離で大口をあけて鳴く豚。
うるさい。
「うひゃぁ!?」
いや、それはいいのだが。
大口を開けるということは、色々と飛び散るということで。
びちゃびちゃと粘性の水が雨の様に降ってくる。
「……流石に不快だぞ。汚らわしい豚め」
なんとか身を捩るようにして飛びのいて避けたが、唾を飛ばしてくるとは。
豚の汚らしい血に濡れるより、遥かに腹が立つ。
わなわなと体を震わせ、怒りを露わにする。
だが、収穫もあった。
転げた先にあった右手の"それ"をしっかりと握りしめる。
はは、お前は先ほどの行為で自ら死にに行ったに等しいということを今から教えてやろう。
……さっき私が避けた時に僅かにこの子はよけきれなかったようで、少々先端が濡れているのが気になるが。
私はその事に若干苛立ちつつも立ち上がると、誇らしげに右手の愛剣をこちらを睨みつける豚に突きつけた。
……後で洗ってあげよう。私もそのまま使いたくないし。




