狂戦士さんと腹痛
最早見慣れたものとなったその醜悪な面に向けて、剣先を突き出す。
あっさりと目を、脳を貫通し、その命を奪う。
「これで、二十体目か」
この村に来る前の群れと合わせれば二十四、他の二人の倒した数と合わせれば三十。
三体程度なら同時でも問題ない、ましてや三人で行動している今ならば十体でもなんとか捌けそうだ。
しかし、こんな数のオークを相手取るのは初めてだ。この辺りはオークの発生しやすい地域だったのだろうか?
見回っている間にもかなりの数の瘴石が転がっているのを見つけた。
……自警団辺りとやりあった結果だろうか。武器を持った死体も転がっていたが。
ペリトの村は私達が着いた時、その村としての機能を消失させていた。
崩壊した家々は瓦礫と化し、道端は絵の具をぶちまけたかのようにところどころ赤い色で彩られている。
先ほどからそれなりに村の中を歩いているが、出てくるのはオークばかりで村人が見当たらない。
いや、見つけているのだ。ただ、それが動いていないだけで。
「ひどい……」
「……」
そんな二人を尻目に、私は一人考えていた。
確かにこれは凄惨な光景だ。場合によってはある種これ以上の光景を作り出している私でも少々気分が悪い。
……だが、そもそもただのオークであれば、ある程度の自衛力がないはずもない村がまともに抵抗もできずに落とされるかというと、ちょっと考えにくい。
更に言うと、女性も構わず殺している、というのが何より引っかかる。
また、家屋の壊れ具合や、その……人の損傷具合が、オーク程度の力でできるとは思えないほどに大きかった。
私がちらりと視線を移したその先に転がっている遺体は、そこを持って振り回されたのか、足元に大きな手のアザが残っていた。頭部は叩きつけられたのか大きく砕けて石榴のようになって中身が飛び出ている。
酷い胸騒ぎがする。この間から妙に鋭敏になった知覚がこの場からの早急な退避を進めてくる。
少しずつ破壊され尽くした村の中を探索する。
行けども行けども出てくるのは凄惨な死体ばかり。正直気が滅入る。
「あ! あれを見て!」
アルジナが何かを見つけたらしい。
私も視線を移すと、そこには一人の子供が倒れていた。……大きな外傷は見当たらないが、ここまで一人残らず死んでいることを考えると、少々違和感がある。
「私、見てくる!」
そういってアルジナが止める間もなく子供に駆け寄る。
代わりに行こうとした次の瞬間、私の中の危機察知能力がピリピリとした何かを伝えようとしていた。
視界の端に高速で飛来する何かの存在を認める。
標的は……そうか!
「アルジナ! 危ない!」
「へ?」
私は走りだし、心配そうに崩落した家々を見回っていたアルジナを庇うように突き飛ばす。
瞬間、道中の障害物を粉砕し、勢いを殆ど殺さずに飛来した巨大な鉄塊が私の腹部を押し潰した。
「かひゅっ……!」
口から押し出された呼気が漏れる。弾き飛ばされ、轟音と共に近くにあった壊れかけた民家の一つに勢い良く衝突する。ガラガラと音を立てて瓦礫が落ちてくる。
私を押し潰した鉄製の何かが硬質な音を立てて転がっていく。
……あ……ぐっ……痛い……。
金属部分が非常に頑丈な鎧は胸の上部へのダメージをある程度防いでくれた。
破れた腹の辺りから大量の血液が溢れだし、私の下半身を染め上げる。
鈍った痛覚を突き破るほどの痛みが私の全身を貫いていた。
「クルスぅぅぅぅぅ!」
突き飛ばされた体勢のアルジナの絶叫が響き渡る。
弓使いとして鍛えた彼女の視力は、反応こそ出来なかったものの、高速で飛来する何かの正体を正確に捉えていた。
およそ人間では持ち上げることも困難な巨大なトゲ付き鉄球。
それが、彼の腹部にめり込む光景まで。
「死んじゃった……?」
唖然と呟く。
自らがあれだけ苦戦したオークの群れを容易く屠った強者が、そう簡単には死ぬとは思えない。
だが、人間というのはあれだけ腹部が内にへこんでも生きていられるものだろうか?
幼子でも出せるような簡単な解答すら導き出せない困惑した思考回路が、前方からの足音に強引に引き戻される。
「……っ、クラーーン! 治療を! 早く!」
混乱から立ち直ったアルジナは、いきなり人一人が宙を舞う光景に理解が追い付かず固まっていたクランに向かって、指示を飛ばす。
それにはっとしたクランは、アルジナに頷くと、クルスが飛ばされた方向へ駆け出していった。
アルジナでは、大怪我をしたクルスを助ける技量を持ち合わせていない。
何より、彼女には今からやるべき事があった。
鉄塊が飛んできた方向に視線を向ける。
徐々に、その正体が露になる。
「こいつは……!」
何者かが近づいてくる大きな地響き、ざりざりと地面に擦れる音。
沈みかけた夕日が斜めに照らし、巨大な影が崩壊した村を覆う。
先ほどの通常種とは違う、二回りは巨大なオーク。肌の色は青く、身長は三メートル近い。
色合いから考えるなら、上位種である、オークウォリアー。
通常のオークウォリアーの武装は奴等が持つには少々小ぶりな片手剣が一つと、木製の盾が一つ、粗悪な革鎧、それだけだ。
だが、目の前のオークウォリアーは、ところどころ鉄の張られた……あまり華美とは言えないが、盾を片手に装備し、金属製の鎧に身を包んでいる。腰には通常種が使うのと同じ片手剣が地面を削る様に吊り下げられている。先ほどの鉄球がメインウェポンなのだろうか。
何より、その巨体が規格外だ。
魔物、だろうか。
アルジナの疑問が解けるほどの間、相手は待ってくれなかった。
クランはクルスが飛ばされた家へと近づいていくさなか、傍らの地面に転がっているそれを見つけた。
人の長身ほどありそうな、巨大な鉄塊。
まさか、こいつを投げつけられたのか。
だとしたら、生存は絶望的だ。
崩壊した家屋へと、クルスへと近づいていくクラン。
そして。
果たして、クランの予想通りだった。
破れて赤く染まった腹部からは潰れた腸がだらりと外へとはみ出している。
これは、助からない。
クランは決して腕の悪いヒーラーではない。ないが、これだけの損傷を治すことができるほどの技量もない。
辺りに散らばる村人の死体と、どちらが死体かわからないほどの損傷具合だ。
つい先程話していたばかりの男性の無残な死に姿に、自らの無力さに、クランはがくりと地面に膝をつけた。
「ん……クランか?」
「へ?」




