狂戦士さんとベッド
ぼんやりとした意識が浮上する。あの後どうなったのだろうか。残念ながら倒れてしまって結末が分からない。二人は、商隊は守りきれたのか。後ムーア氏の治療も必要だ。様々な思考が浮かんでは消える。
徐々にまぶたが開いていく。暖かい。ベッドの中か? 数日ぶりの柔らかな感触が背中に帰る。軽く身動ぎをする。ベッドがぎしりと音を立てる。
「ん、目が覚めた?」
リズリットさんから声をかけられる。どうやら彼女が見てくれていたようだ。私も身体の感覚を確かめる。……うん、どこも欠けたりはしていないな。まぁ並の負傷なら直ぐ治ってしまうが。
どうやらここは宿屋らしい。ということは、商隊も無事ということでよさそうだ。
セルフィ君はあの後どうしたのだろう。というか、トラウマになってやしないだろうか。冒険者やめるーっ! とか言い出してないだろうか。自分が原因だが心配だ。
リズリットさんはここまでの経緯を軽く説明すると、まだ安静が必要と言って私が目覚めたのを報告するべく部屋から出て行った。
私はあれから五日眠っていたらしい。アンデッドもかくやの再生力を持つ私でそれだけ寝こむとなるとかなりの負荷だったのだろう。その間の見張りや護衛はセルフィ君、ムーア氏、リズリットさんが負担を増やして担当してくれたようだ。後でお礼を言わないとな。
話によると、現在私の目的地のすこし手前辺りの町に寄っているらしい。本日ついたばかりのようだ。
護衛の補充も必要だし、例の魔物についての冒険者ギルドへの報告も必要だ。あんな魔物が誰にも知られずに今まで隠れていたとは思いがたい……もちろん、被害者が皆殺しになっていた可能性はあるが。
とはいえ、あの魔物が現れたのが最近だったと考えるほうが普通だ。もしそうなら、あの付近には魔物の犠牲となった村がある可能性がある。そうした確認などにも一度報告が必要だそうだ。
魔物の発生条件は主に二つ。迷宮で生まれるか、多くの犠牲を糧に成り上がったかだ。瘴気溜まりと呼ばれる特殊な条件下で生まれることもあるそうだが、詳しくはわかっていない。今回の場合、村がなければ未発見の迷宮から出てきた可能性がある。ギルドとして警戒しているのはこっちだろう。活性迷宮という可能性があるからな。
例の熊の魔物については、瘴石を差し出したらあっさり信じられたらしく、すぐに数人を送って調べているとか。
瘴石は小さく加工できるが逆に一度切り離すと決してくっつかない。ようするに、大物ほどでかい石として残るのででかい瘴石はその怪物の強さの証拠となる。
ちなみに瘴石は買い取る形でもっていかれたので、私の元にも結構入ってきている。
後、熊の身体のほとんどは瘴石と化してしまったが、私が最期にモツ抜きした熊の臓器がいくらか残っていたらしい。ただ、よほどその時の私の力が強かったのか、全て潰れてダメになってしまっていたので売れなかったとか。まぁ、販売目的で毟ったわけじゃないしな。
この前言ったと思うが、怪物の死体の最も巨大な部分は瘴石となるが、それ以外は迷宮の外であれば残る。
……実を言うと、私が色々とあれな二つ名で呼ばれるようになった理由は、これが関係している部分が大きい。
私は怪力なので、脆い相手だと腕やら足やら切りとばしたりちぎったり、縦に真っ二つにしてしまったりする。そして、身体は瘴石にならなかったほうが残る。つまり、手だの足だの臓器だのはしばらくそのまま床に残る。
私は基本的に人型やアンデッドの敵の多い迷宮を主に攻略しており、魔法の特性上血まみれの床に加えてそれらのパーツが散乱している様は――さながら大量のバラバラ死体の遺棄現場のようだったらしい。
ちなみに例え急所に穴を開ける様に最小限の形で倒そうが、私にみたいに唐竹割りで真っ二つにしようが瘴石の大きさには変化がない。
要するに色々とやることがあったが、もう殆ど終わって後は出発を待つだけということだな。アークの事は残念だが、追加の犠牲も殆どなさそうだし、概ねよかったと言っていい。私は状況を整理すると安堵の吐息を漏らした。
一息つけたからだろうか。そこで、思い出す。謎の空間での出来事を。
あれは、夢だったのだろうか?
いや、いくら私が中二病が治りきっていないと言っても、あそこまで痛い設定を作り込むだろうか。 前世を足して二十六歳、……人の年齢は周りにどう見られるかにでも作用されるのか、一時期再び黒歴史を生産していた時期があるが、あれは流石にキツい。
うーん、無いとは言い切れないのだけど。夢に綺麗な女の子が出てきた辺り、欲求不満の現れだったのだろうか。だが、私に顔を踏まれて喜ぶような趣味は無い。
しっかしあの自称女神、最後土下座までしたのにニコニコするだけで明確な肯定がもらえなかった。というか明らかに私の反応を楽しんでいたぞ。あの女、先ほどから思っていたがサディストな面があるのでは。ええい、要するにできるだけ髪飾りとやらを使わなければいいのだろう。息子を奴の好きにはさせんぞ。
そこではたと気付く。
そう、あの自称女神は言っていた。この髪飾りには女神の力が込められている、と。つまり、これを外してしまえば面倒な条件をクリアしないでも愛しのマイサンを守ることができるのではないだろうか。
誰が見ているわけでもないのに軽く左右を確認すると、そっと慎重に髪飾りを外しにかかる。が、外れない。外し方が間違っているというわけでもなく、固定されるかのようにがっしり食いついている。
……この程度は予想していた。
ふっ、と軽く息を吐き、気を取り直した私は手を手刀の形に揃えると、魔法を発動して側面からじわりと滲み出るように薄く血刃を纏う。流石に頭の傍に剣を構えるのは少し怖い。
私は左手で髪飾りを指先で掴んでその位置をしっかりと固定すると、反対の手でその内側の髪を切り取る。
パラパラと床に落ちる髪の毛。そして、左手をそのまま目の前に持ってくる。
果たして、その髪飾りは、私の指の間に挟まっていた。
ふっ、例え外れなくても髪自体を切ってしまえば外れざるをえないだろう。完全勝利。後で拾うだろうが、なんだか怖いのでとりあえず軽く部屋の隅に放り出す。
からんっ、と髪飾りが床に落ちて音を立てる。
その直後、何やら黒い影が視界を横切った。それは――
「ひっ、うわあああぁぁあ!」
急激に伸びた自分の髪の毛が壁に投げつけた髪飾りに向かって伸び始めるという怪奇現象に思わず悲鳴を上げる。
髪飾りを拾いに行く髪を自ら掴んでひっぱり、動きを抑制すると、奴より先に――いや奴も私なのだが、床に落ちた髪飾りを固く拾いあげる。ここからは時間の勝負だ。
私は部屋の両開きの窓を乱雑に、勢い良く開き、
「二度と帰ってくるなーッ!」
そこから天空に向けて力の限り髪飾りを放り投げた。真昼の空に星が輝くように天高く舞い上がる。……あれでは流石に戻ってこれまい。髪も少しざわざわしていたが、今は落ち着いている。
ようやく一息付く。寝起きに暴れたからか、汗をかいたな。垂れ出す汗を拭うように、しっとりと汗に濡れた髪をかき上げる。
小指の中ほどが何やら異物にぶち当たる。
……うん、ここまでされると、認めなくてはならないようだな……。先ほどの夢は現実であり……。
……この装備は、呪われている!
私の脳内に今の子供にはわからないだろうでろでろという音楽が流れた気がした。
「どうしたんですかっ!? 何があったんです!?」
扉が勢い良く音を立てて開き、朝から響いた悲鳴と大声に、同じ宿に泊まっていたらしいセルフィ君が駆け込んでくる。何故分かるかって? 可愛らしい寝間着を着ているからな。もう昼だが、護衛を代わりにやってもらっていたから、眠かったのだろう。
何かあったのではとキョロキョロと部屋の中を確認し、特に危険が無いことにホッとしたしぐさを見せると、きょとんとこちらを見てくる。
「あれ、クルスさん。髪、伸びましたね?」
うん、伸びたんだよ。後で切るからさ、少し、放って置いて……。
朝から何をやっていたのかと後日後悔しそうな茶番の後、セルフィ君に髪を切るのを手伝ってもらい、私の精神が回復するまで少しの間が空いた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
で、何故私はセルフィ君に土下座されているのだろう。最近多いな、土下座。むしろ謝るのはこっちだと思うのだが。真っ二つとか。
そもそも何故この世界で土下座が伝わるかどうか謎だが、どうやらあるらしいな。
「あの、ボク、同性だって聞いてたんで、つらそうでしたし、汗とか血とかを拭こうとして、その、ボクっ、見ちゃって、ごめんなさいっ」
また頭を下げられる。
あぁ、寝込んでいる間にセルフィ君が身体を拭いてくれたんだな。ありがとう。ところで、さっきから顔が赤いが熱でもあるのかな?
私の代わりに護衛などをしてもらっていたから疲れているのだろうか。申し訳ないことをした。
で、見ちゃってごめんとは一体……? 別に私の身体は凄まじい傷跡とか過去を思わせる古傷とか無いはずだが。怪我はしまくっているが、かたっぱしから治るし。
「だ、だいじょうぶですよ、実際に拭くのは、リズリットさんにお任せしましたから!」
……いや待て、そっちのほうがまずいのではないか? うん、異性にやられるのはちょっと、というかセクハラじゃないかな?
「……いや、私は、君にしてほしかったな」
少し困ったように、顎の下に手を当て、軽く首を傾げながら言う。うん、おかしいよね? せめてムーア氏に頼むところじゃないの? やってくれるかはわからないけど。
「……え? えーと、……ええぇぇぇぇぇ!?」
何故か全力で後ろに下がられた。ザザザッ! と音が鳴らんばかりの退避だった。
……え? そんなにやなの? まだこの身体若いんだけど、もう加齢臭とか出てる? 正確な歳がわからないけど多分十六歳くらいなんだけど。顔の赤さが茹で上がらんばかりだけど、何か怒ってるの?
「無理です! そ、そんなのっ、耐えられませんからっ、って、あわわ、ボクは何を」
左右に大きく振られた頭につられて、絹糸の様にサラサラした金髪が揺れ動く。あれ、梳いたら凄く気持ちよさそうだな。しかし、無理か……耐えられないとか、ここまで盛大に拒否られるとお兄さんちょっと悲しいなぁ。
お風呂は好きだからできるだけ入ってるいるし、そんな汚れてないと思うんだけどなぁ……。あ、それともこの間のグロシーンを見てから私を見ると思い出されるから触りたくないとかだろうか。……それはそれで悲しい。
と、しばらく鼻の頭辺りを手で押さえていたセルフィ君が落ち着きを取り戻したようだ。立ち上がるととてとてとこちらに寄ってくる。……本当に臭うんじゃないよね? 移動が始まってからはお風呂入れてないから汗臭いのは仕方ないかもしれないが。
「あの……。大丈夫ですよ、内緒にしてるってことは、事情があるんですよね。リズリットさんにも、内緒にしてくれるようにお願いしておきましたからっ」
少年特有の心地よいソプラノボイスで耳元でごにょごにょと囁かれる。さらりとした髪と吐息が耳にかかって少しくすぐったい。
いや、だから。何を内緒にするんだろうか。
あ、セルフィ君のお漏らしの話かな? 悪いのはさせた私だけど、中学生くらいならもう恥ずかしいもんな。大丈夫、誰にも言わないぞ。
「それは忘れてください」
真顔と感情の無い低い声で言われる。あ、はい。ごめんなさい。すぐ忘れます。
そういえば部屋を出る前、リズリットさんが胸の下で腕組をしてうなだれながら、敗けた…とか落ち込んでいたが、なんだったのだろうか。
Q.セルフィ君は何をみたの?
A.主人公は気絶後二日ほど髪飾りの副作用で……。今は戻っています。




