狂戦士さんと女神様
今回、説明会です。
設定が大好きな方じゃないと飛ばしたくなるかもしれません。申し訳ないです。まぁ、多分このキャラは二度と出てこないです。
面倒だったら次の話の最後まで飛ばすのもありです。
ふわふわとした光の中をたゆたう。
あぁ、二度寝した時の感覚に似ているな、と私は思った。
あの二度寝入るまでに発生する気持ちよさは至高の一言だ。
誰にも文句は言わせない。
――起きなさい、起きなさい、ソーヤ。
誰かの声。柔らかく優しげな声だ。聞いていて耳が心地いい。
――ソーヤ、あなたに伝えなければならないことがあります。起きてください。
誰かが身体を優しく揺すってくる。ゆるやかな振動が逆に私を眠りに誘う。
もう少し、もう少しだけ、この微睡みを味わっていたい――
――起きろと言っているでしょう。
顔を踏みにじられた。はい、起きました。起きましたとも。そんなぐりぐりしなくていいです。
で、ここはどこで、あなたは誰なんだ。
謎のまばゆい空間の中、寝ている私の顔に足を乗せながら腕を下で組み、いかにも私怒っていますといったポーズを取る少女に聞く。あ、どけてくれた。
全体を軽く見ると、私の鎧と似たような装飾の……ドレス? を着ている。
私のものより大分女性的だが、布地には繊細な刺繍が施され、少女の美しさをより引き立てている。
髪は私と同じ黒だが、一切束ねず膝下まで届き、左右に羽の様に広がっている。
艶やかな黒髪はわずかに青みがかり、烏の濡れ羽色という表現がしっくり来る。一切の傷みが見当たらず光が反射して、頭頂近くは天使の輪の様に輝いている。
あ、でも黒さでは勝っているかもしれない。何の意味も無いけど。
「ようやく会えましたね、ソーヤ。私はこの時を二十六年待ちました」
……いや、誰?
二十六年ということは、私の前の肉体年齢二十に加えてこの身体になってからの六年ということだろうか。
私が元二十歳だったことなど、誰にも話した覚えはないのだが。
「あまり時間がありません、率直に行きましょう。この世界にあなたの魂を手繰り寄せたのは私です」
……は? いきなりの予想外な発言に思考が停止する。
「より正確に言えば、あなたの魂には初めから目をつけていました。とはいえ、肉体を持って世界を移動すれば確実に死にますので、あなたが死んだ時、魂のみを連れ込める様に二十年待っていたのです」
私は前の自分が死んだという実感が無いのだが。
「死にました。近隣住民が火の不始末から起こした火災に巻き込まれて、全身を灼熱の炎に包まれながら、熱風に臓器を焼かれ、最終的に黒焦げになりました。幸いいっさんかたんそちゅうどく? とやらであなたの意識は無かったようですが」
おぉ、なんということか。愛着のあった身体だからあまり知りたくなかった。
「まぁ、今ここで生きているのですから、気にしないでください。あ、私の贈った身体の具合はどうですか? あなたと私は相性が最高なので、拒絶反応もなく使えていると思いますが」
拒絶反応?
初耳だ、そんなものがあったのか。
だが、若返ったにしては元の身体とは違いすぎるのはわかっていたしな。
私はこんなに美形じゃない。
そもそも転生の時点で理解の外なのであまり気にしないようにしていたが。
「どうやら問題ないようですね。では、先ほど行ったとおり時間もないので、本題に入らせていただきます」
そういうと、彼女は一拍合間を空け、話を続けた。
「何者かが、歴史の歯車を神代へと巻き戻そうとしています」
……抽象的過ぎて何も分からない。
まぁそうでしょうね、とでも言う顔をすると、彼女は説明を始める。
「今からはるか昔、神話の時代、この世界には神と悪魔と呼ばれる存在があなた達人類の世界へと現れ、抗争を繰り返していました。今あなた達が主に戦っている、怪物達は存在しませんでした」
「悪魔の目的は人の住む世界に存在するたくさんの資源……彼等のいる世界は命が生まれぬ世界であった為、生命力を手に入れるために生きた人間を欲していたのです」
「神が欲していたのは、人という生き物から生まれ出る俗にいう、信仰とでも言いましょうか要するに、心から生まれ出るエネルギーです。要するに、どちらも人という名の資源を得るために殺しあっていたのです。人間は完全に巻き込まれた側ですね」
畳み掛けるかのように説明される。
「細かな戦況は飛ばします。勝ったのは神界でした。悪魔の様に命を要求しなかった為、助力する人間も多かったですしね。しかし、そこから奢った神々が、当時の最高神を筆頭に、自らに従わぬ人間達を奴隷のように扱い始めたのです」
まぁ神などといっても精神が高潔であるとは限らんということだな。
あまり言う気はないが、私の世界でも悪魔よりも殺……んんっ、ここまでにしておこう。
「でも、人間も負けていません。最終的に人は神を打倒しました。神や悪魔からの離反者もそれなりにいましたし、そもそも当時の人間は現代の人間よりずっと強いんです。瘴気に侵されてませんでしたから」
む、瘴気などというから何かしらオドロオドロしい由来があるのではと思っていたが、侵された、という表現をする以上何かあるのか。
そう考えると、彼女は不快なものを思い浮かべるかのように顔を歪める。
「あれは元々悪魔の様な高位の精神体がそこにいるだけで生じる、人及びその世界には毒のようなものです。この世界に怪物が生まれたのもこの辺りですね。発生源となったのは、神魔戦争によって生じたたくさんの悪魔の死です。人間は瘴気に侵された結果、その力……主に肉体面での能力を大きく減少させました」
当時を思い返すかのように、彼女はこくこくと頷きながら話を続ける。
「しかし、環境の変化から進化していくのもあなた達人間です。その結果、あなた達は自らが魔法と呼ぶ力を手に入れました」
何? 魔法と瘴気には関連性があったのか?
「元々悪魔側についた人間達が悪魔と契約することで手に入れることができる力を魔法と呼んだのです。魔法の魔は悪魔の魔、まんまなネーミングですね。とはいえ、契約で得る力と今の魔法は大分違いますが」
なるほどな、しかし、身体能力が落ちた代わりに魔法を手に入れた、ということでいいのか?
それなら代償の代わりの力、といえば吊り合っているように聞こえるが。
「全然吊り合っていません。アレは魂の病気の様なものですから。実際瘴気があふれるまでは人間は大抵あなたと同じくらいのポテンシャルがありましたし、寿命も今より長かったのです。魔法の代わりに特異な能力を使っていた者もいました」
病気とまで言うか。
「まぁ、神と悪魔がいましたが色々と悪さして昔の人々に皆殺しにされました、程度に覚えてくだされば結構です」
まぁ、あんまり色々言われても私そんなに頭良くないから覚えきれないしな。それくらいのほうが分かり易いぞ。
「さて、ここからが本題です。高位の生命体である悪魔や神がこの世界で死ぬと、世界に歪が起こります。これが異界であり……あなた達の言う所の、迷宮です」
「迷宮の宮とは、まさしく神や悪魔の住まう宮なわけですね。まぁ、宮殿にあるのは死骸ですが。悪魔の方はどちらかというと万魔殿とでもイメージしていただければ」
言葉を探すようにんー、と口元に細い指を当てつつ、彼女は続ける。
そういえば私が唯一制圧した迷宮の最奥部は、何かを称える祭壇のようになっていたな。
「端的に言います。彼等は亡骸となりましたが、その存在は身体よりも精神や魂に比重が置かれる物質界より高位の位階の存在です。それ故、復活にふさわしいだけの時間と贄さえあれば、いつでも蘇ることができます。蘇った彼等は神魔戦争当時の人類への歪んだ論理感を持った時代遅れの遺物です。そうなれば、確実に人を狙って行動を始めるはずです」
「それを阻止するためには、迷宮……まさしく神魔の亡骸そのものをこの世界から消す必要があります」
……それはつまり。
「えぇ、あなた方の言う所の、迷宮の制圧です」




