【瓶に閉じ込められた星空を】
冬の夜というのは、なぜかはわからないが無性に切なく、人肌恋しくなる。
どうにもセンチメタルな気分に浸った僕は、ふるふると小さく身震いをしながら、暖房もつけていない狭い自室で、お気に入りの文学小説を読んでいた。
電気もつけていないので、部屋を照らすのは窓から差し込む美しく穏やかな月の光のみ。
夜空色とはまさにこの色のことを言うのだろう。
藍色とも紺色とも、ましてや黒とも似つかない神秘的な色を溢した夜空に、控えめに、それでいて眩く輝く満天の星。
窓の外には、幻想的な世界が広がっていた。
なんと静かな夜だろう。
聞こえるのは僕の息遣いと、ぱらり、と本をめくる音だけ。寂しいな、という気持ちを心の片隅におく。もう小さな子供でもないのだから、それだけのことで誰かが僕の隣に来てくれることはない。
だからと言って一人ぼっちが嫌だ、というわけでもない。寧ろ一人の時間は大好きだ。好きな時に、気分に合わせて自分の好きなことをできる。それは僕にとってとても素晴らしいことだった。
しかし、どうしても今は、今だけは誰かと一緒にいたいと思ってしまう。
誰でもいいから自分の隣にいてほしい。そして、この素敵な風景を一緒に見たい。そうすればきっとこの景色の美しさも二倍、三倍になるだろうに。
「ないものねだり、か。」
ふう、と小さく溜息をつき、ぱたんと本を閉じる。
明日も学校があるため、早く眠らなければと思い、ベッドに入った。
すると、コンコン、と窓の方からノックをするような音が聞こえてきた。
なんだろう、と思い窓を見る。
外には、見慣れた人物の姿があった。
彼は、ぱくぱくと口を動かす。どうやら何か喋っているらしい。 開けろと言うのだろうか、と思いガラガラと窓を開ける。
冷たい風が部屋に吹き込み、ベッドの中であたたまっていた僕の体温を一気に奪っていった。
「どうしたんですか、こんな時間に。」
「いや、夜空が綺麗だったからな。散歩さ。」
やっぱり夜は一段と寒いけど、と白い息を吐きながら笑っている。
部屋に招き入れようとすると、小さな瓶を渡された。
月光をきらりと反射する。中にはなにかの液体が入っていた。
「なにこれ。水?綺麗ですね。」
瓶に入った液体は、今の神秘的な夜空と同じ色。
さらに、これはビーズだろうか。銀色の小さな三日月と、星が入っている。
彼は、深い藍色の髪を触りながらそうだよと嬉しそうに言った。
「空を見ていたらあまりに綺麗だったからって、俺の友達が作ったんだ。ほら、この間見ただろう。あの水売ってたやつ。」
すごく綺麗だろう、ときらきらとした子供のような目で僕を見てくる。
全くどちらが子供なのかわからない。
彼は僕より年上。僕のバイト先である書店の店長だ。
宇宙モチーフの綺麗な空間と落ち着いた雰囲気、なによりこの店長の人間性に惹かれてバイトを始めた。
そしてこの店長にはおかしな友達が多い。この瓶を作ったという人は、不思議な「水」を売っている。
水なんかで儲かるのかとも思ったが、どれもこれも綺麗で、それを見にお客さんもそこそこ入っているようだから凄い。
この瓶もきっと商品にするのだろう。
僕がじっと瓶を見つめたまま物思いにふけていると、それあげるよ、とふいに声をかけられた。
そんな、悪いです、と言おうと顔を上げると、彼は既にだいぶ遠くまで歩いて行っていた。
仕方ないと思い、ありがとうございます、と大声を出すと、こちらを振り返りにこりと笑って口を動かす。そして、手を振りながらゆっくり歩いていった。
I君だったか藍斗君だったか、僕の名前を呼び、またなと言っていたようだ。
彼の姿が見えなくなると、ぎゅっと彼にもらった小瓶を握りしめる。
夜はまだまだ深い。明日に備えて早く眠らなければとベッドに向かう。心の端にあった寂しさは、もう感じなくなっていた。