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7話 双子 其の七

「邪神。1から説明した方がいいか」


 俺ではなくラピスとラズリに言っているみたいだ。

 ここに来てもう3年が経つ。プレイヤーだと疑われないために国民なら誰もが知っている常識ぐらい把握している。俺も、俺の仲間も邪神のことは勉強済みだ。


「邪神……邪神……」

「邪神……」


「はいオッケー。情報を取り込んだよ」

「じ、自動受信」


 何気にすげえ能力だ。生まれて、そして死に急加速する魔物は知識を自動的に拾う。だから双子は知っていながら知らないフリをする道化を演じられる。


 邪神は90レベル以上の滅亡をもたらす最悪の魔物だ。直接的な支配は好まず、非常にせこく裏から徐々に侵略していく。

 裏から、つまり邪神は裏世界を創造しそこを拠点とした。


 …………! まさか……、だがどういうことだ。


 裏世界は元の世界のコピー。町も木も何一つ変わらないが、人は存在しない。動物や魔物もコピーすることはできなかった。裏世界は邪神だけしかいない。孤独だな。

 邪神は作業でもするように町を壊しまくった。森を焼き尽くした。川を汚しに汚した。


 裏世界の破壊は本来の世界にも影響する。

 木を倒せば元の世界の木も同様に倒れる。

 せこすぎる。シャレにならないと思うんだがそれにしてもせこい。人は住む場所を失い、自然の消失で満足な食事もできなくなる。家を建てられる魔法はあっても、それを覚える魔法はごくわずか。それに自然を再び豊かにするにはどうしたって長い時間が必要だ。第一に、邪神がいる限りビルド&スクラップは繰り返される。

 

 邪神の弱点を発見したのは守護者だった。町を守る守護者は住民を速やかに避難させることしかできない。屈辱に怒りが最高潮に達した守護者は暴れ出す。「そこか! そこにいるのか!!」。「愛する町を失いはせん!! 私が守るんだ!!」。やぶれかぶれに放った魔法で変化が起きた。

 空間が一瞬歪み、すぐに元通りになった。歪んだ後、邪神の攻撃はピタリと止まった。弱点を偶然に発見され戸惑い身を引いたと推察されている。


 邪神の攻撃した地点を元の世界で強力な攻撃をすれば空間が歪む結論に至った。破壊されてからでは遅い。位置もタイミングも運に任せて攻撃を仕掛けるしか方法はない。

 今は亡き英雄アルカスは運をも味方につけて空間を捻じ曲げた。空間の歪みから裏世界に侵入し、ついに邪神と対峙した。アルカスも90レベルを超える稀代の猛者。死闘を乗り越え邪神を打ち破った。


「アルカスが空間を捻じ曲げた場所はニーガだ」


 町中うろついてもアルカスの銅像はなかった。俺が村長だったら建ててたな。


「空間の歪みは邪神の死と共に消えた。お主らが知っているのはここまでのはずだ。だが、実際は続きがある。隠された秘密が」


「鏡のことか」


「魔法は強い意志によってアイテムとして形になる場合がある。邪神は死してなお人間に災厄を招きたかったのだろう。そうして生まれたのが邪神の魔鏡だ」


 アイテム士と呼ばれる専門家がいる。彼らは魔法をアイテムにして商売をする。魔法を――炎を発動しまくって、アイテムを――炎の石を生成する。一日賭けても生成されないことだってあり、それはプロでも例外ではない。


「ニーガの者は誰にも気づかれることなく魔鏡を持ち去った。ほとぼりが冷めるまで待ち、長を始め信頼のおける者に打ち明けた。賛否両論だったらしいが、鏡を町の宝として扱うことにした。真実を知らない者には見えない鏡と騙した。人の目に晒されると鏡の神聖さが失われるから、見せるわけにはいかない。おぞましい魔鏡を見て誰が町の宝だと信じる? 誰も信じぬ」


「宝に指定する必要なくねえか」


「石を投げられたのを忘れたのか。ニーガの者は一体感が強い。町の宝を盗まれたとなったら、皆一致団結して取り返す。あの女はニーガという町1つに敗北した」


「へえ、じゃあ町の奴ら全員知ってそうだな。伝言ゲーム的な感じで、他の人には内緒だよって風にまた一人また一人」


「愉快な話だ。決して行き届かないというのに」


「あ?」


「俺たちは裏世界へ来ても邪神のように破壊はしない」


「何しやがってんだ」


「収穫」


 すぐにピンときた。俺が10歳だろうが点と点を結びつけていただろう。

 ニーガの食べ物はまずい。裏世界のうまい食べ物は取り放題。

 舌を満足させるためにリバインどもは裏世界を利用している。


「無様に死に絶えている収穫団は思いもしなかったはずだ。まさか自分たち以外に誰もいない世界で殺されるなんてな。ここは運の町グッドラック。拠点とする場所を決めたらそこに魔鏡を置く。魔鏡は任意に空間の歪みとなり、いつでも帰還できる」


 グッドラック! 俺が行きたい町の1つだ。確か運がものを言う享楽な町で、買い物をする際に客はくじを引く。中身は100ゴールド、200ゴールド、300ゴールド、定価が200ゴールドだったら100ゴールドを引く奴は強運、300ゴールドを引く奴は悪運。ギャンブルは国内随一の規模で栄え、行き場を失った者たちが集う。


「あっ! ワ、ワイン……割れたワインってまさか!」


「超最高級白ワイン、グッド・ラック。平均価格は750万ゴールドだったか」


「750万!? 双子てめえ、床に飲ませていい額じゃねえぞ!」


「私リンゴジュースが飲みたい」


「すりつぶすぞ!!」


 まあ、1000万ゴールドどころではない被害状況なんだが。家の破壊に巻き込まれて怪我人、運が悪ければ死者が出てもおかしくない。


「運の町なんだし、きっと受け入れてくれるよ」

「う、運命なんだよ」


 怒りが込み上げ魔法剣バラッドの剣先を双子に向ける。


「ブルーブルーのリンゴも裏世界産か。不作の原因がたった今分かった気がするぜ。裏世界で乱獲すると表の世界に悪影響を及ぼす。ブルーブルーは近いから手間かからないよなー」


「当たりだ。食べたのか、禁断の果実を」


「ぐっ……」


 知らなかったとはいえ、ラピスから渡されたリンゴを食べてしまった。俺は共犯者? 違う、そんなわけない。だが、くそ……ここに来た時の吐き気がまた……気持ちが悪い。


「てめえは何なんだリバイン。魔鏡を盗んでどうするつもりだったんだ」


「話は終わりだ」


 リバインは指を鳴らし肩を回した。守護者としての顔つきはしてなかった。

 コンボ魔法は嵌まれば部類の強さを発揮するが、攻撃をすかす双子相手だと分が悪い。リバインとの連携は不可能に近く、さほど状況は変わっていない。


「ちょっと待った!」


 ラピスが大きな動作で俺たちを止める。


「あと5秒待ってくれたら嬉しいなー」


 ミシミシと音を立てて10軒の家が双子の前に浮かぶ。攻撃ではなく防御として……否、姿を隠すのが真の目的だ。話をしている内に作戦を練ってやがった。


 ガノ民国を象徴する建造物として200年以上前に星屑の塔は建てられた。高さ333mの奇抜なデザインが注目を浴びて塔を訪れる観光客は多い。今となってはガノになくてはならない存在となっている。俺はそういう絶対的な象徴が好きだ。


 だから俺は絶望感で泣きそうになった。


 星屑の塔がミサイルのように急接近している。

 死ぬという恐怖ははっきり言って微塵もない。受け止めようが何しようが俺に星屑の塔を無傷で守る術がなかった。消滅してしまう。200年以上の歴史を持つ人に愛される塔が。


「やめろ……どうしてこんな……」


 声が震えている。目から涙が零れ今すぐにでも崩れ落ちたくなる。

 

 くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 心の中で叫び、涙を拭ってリバインを睨みつけた。


「リバイン!! 俺を全力で殺しに来い! 純粋な敵意でもってだ!」


「何を」


「いいから早くしろ! 助かりたいなら俺を殺せ!」


 リバインは躊躇いを見せたが、敵を駆逐するような拳で俺に殴りかかる。

 

 〝孤独〟発動。


 リバインの拳は俺の頬の寸前で止まり、星屑の塔はグッドラックに到達することなく停止した。ポルターガイストによる制御を失った塔は力なく落ちた。ここからでは見えないが、落下の衝撃で崩壊してしまっただろう。


 改心しない邪悪こそ、俺の能力が役に立つ。少しでも迷いがあれば敵として認識せずに動きは止められなかった。リバインは俺を本当に殺す気だった。その敵意に感謝する。


 浮いたままの家が間髪いれずに飛来する。星屑の塔を持ってきたのはラピスで、家を浮遊させたのはラズリ。孤独で止めたのを見計らい攻撃する段取りか。俺もそれぐらいは予想し、右手を地面に力の限り叩きつける。


 大地を這いずれ、土塊のワーム!


 地面より巨大なワームが姿を現し、豪快に家を丸呑みする。ぞっとする見た目をしているが体力があり場をかき乱すことに関しては俺が保証する。俺は吹っ切れた。グッドラックの被害を抑えつつテンペスを倒すより、テンペスをとにかく倒すことだけに集中する。


 ワームの突進を飛翔しかわした双子は家をすり抜けて移動する。樽、ソファ、機織り機、鳥かご、墓石、古めかしい時計、たいまつ、舞踏会の仮面、金塊、ダイス、コイン、ダーツ、トランプ、後半は流石はギャンブル天国、射幸心を煽る物が飛び交う。風魔法で近づく全てを拒み、触れる全てを炎で滅却する。


 火薬の臭いがして心臓が飛び跳ねる。右も左も爆弾だらけ。ポルターガイストの魔法は対象に選んだ物を強化する。ただのナイフでも鋭い名刀のような威力を出せる。補助魔法により引き出されたラピスの爆弾は多分、やばい。

 命令をしなくてもワームは俺の意思を読み取った。いいこだ。バクリと主の俺を丸呑みにし爆弾を引き受ける。舌を掴み爆発の衝撃に耐える。このまま胃酸ゾーンに入って溶けるのはごめんだ。


 ワームに唾と一緒に吐き出され、俺は魔法剣の炎を体に広げる。

 寸分の狂いもなくラピスに向かっている。こりゃ後でご褒美を与えねえとな。


「うわ! 汚っ!」


 ラピスは軽くステップして次の攻撃を仕掛けようとしているが、物理的にも能力的にも汚いってことを教えてやる。ああ、当たらないさ。ただラピスに近づきさえすればよかったんだ。条件を満たし、これでラピスに攻撃が当たる。


 俺は一回転して着地し、勢い余ってさらに一回転、頭を強く打ってラピスは大笑いする。

 指をさして左手で腹を抱えている。


 指をさす手がボタリと落ちて笑顔が消失した。

 ラピスは綺麗な切断面から溢れる血を不思議そうに見る。


「不意を突かれたの?」


「そうなるよな」


 死の風を運ぶ、突風のグリムリパー。

 1m以内の敵に死神を付け、死神は敵の背後に纏わりつく。気に入らない腕か足を一部分だけ斬り落とす。命に直結する首や心臓を刈ることはできない。俺の魔力をごっそり持ってくから使いどころが難しい。


 服が情熱的な赤色に染まっていくラピスはなおも余裕を保っている。


「ラズリー、腕貸して」


 ラピスの今はなき下腕の部分が光を帯びて輝く。か細い骨を筋肉が包み、枝木のごとく無数に神経が伸び、それを色白な肌が覆って右腕が蘇る。

 代わりに遠くで浮いているラズリの右腕が消えた。補助魔法をなめてかかっていた。魔力の献上に留まらず体の一部分を貸す魔法があるとは。


「死神さんは帰った?」


「ああ、死神は一人一回までだ。てかリバインはどこ行ったんだ」


 ワームに呑まれている間に他人と出会えない魔法を使われたか。


「ムキムキどうしでむさ苦しい鬼ごっこをしてるよ」


「使いどころがうまいな。はい拍手と」


 しばらくどころか決着が着くまで戻ってこないな。

 ラピスは小物を飛ばし、畳みかけるように闇属性の魔法を放つ。どす黒くおぞましい闇魔法は肉体を腐食させ治癒魔法の効力を著しく落とす。武器に触れれば耐久力をなくし、壊れやすくなる。俺は氷の柱を形成し闇魔法をガード、振りかぶって氷の魔法を発動する。


 削り取った氷山の一角、ロケットアイス!

 マイナスの世界で安らかに眠れ、ブリザードショット!


 氷の三角錐と散弾を前にラピスはパッと消えた。

 透明感知が反応しないということは、当てずっぽうで相手の先を行ってやる。

 回転して俺の背後を魔法剣で斬る。だが、魔法剣は空を切っただけだった。


「こっちこっち」


 背後強襲を読んだ俺を読んでラピスはしゃがんでいた。蹴りを入れようとしたが、闇魔法を手に宿していて寸止め……なんかするか! 闇結構! ラピスの腹に靴跡を思いっきり付けてやった。胃液を吐いたラピスは半泣きになる。

 右足に鋭い痛みが走り片足のカカシ状態だ。


 俺とラピスはいい勝負すぎた。それはどちらにも勝機があるようで、互いに譲らないため戦いが長引く。ダメージを与え、ダメージを受け、初めて見せた魔法はかわされすぐさま対策される。均衡を破るために俺は賭けに出なくてはならねえ。

 魔力の底が見えてきて俺は魔力回復薬を飲んだ。魔力の半分まで回復し、気持ちを引き締めた。対するラピスはラズリから魔力を供給するため、実質魔力は2倍。俺と魔力が同じだった場合、先に魔力が尽きるのは何を隠そう俺だ。


 大技を出し惜しみなく連発してるのにことごとく守られる。要塞竜であるシルドラをペットにする双子も似たように守りが固い。ラテを叩き起こしたくなる。


「やるねー旅人さん。格上げしてファルって呼んであげる」


「お前もなラピス。ぶっ殺すのが惜しいぜ」


「でもファル、疲労困憊、満身創痍だけど、そんなんで勝てるの?」


「わざとボロボロになったんだからな、これでいいんだよ」


「わざと?」


「窮地に立たされたんじゃない。俺が自分から立ったんだ。ピンチになった時に俺は強くなれる」


 魔力10%を切り状況が有利じゃなければ俺の切り札が発動できる。

 これで本当に最後だ。魂に炎を灯すように残り少ない魔力を集中させる。体の真ん中が熱くなり気持ちが昂ぶってきた。己の限界以上に力が膨れ上がっていく。


 魔力暴走!!


 ごく限られた時間の中、あらゆる魔法の消費魔力を0にして連発する。命の危機に晒されたことで生存本能が働き、それをエネルギーとして闘争本能が活発化する。

 景気よく一発、高火力の炎で周囲を焼き尽くす。威力を増した攻撃にラピスは面を食らい後ろに飛び跳ねる。俺は雷と風を同時に纏い一瞬でラピスに近寄る。


 これだけでは足りない。魔力を暴走させただけじゃ決定打に欠ける。

 もっと自分を追い詰めろ。属性を1つに絞りこだわっていけ。


「あ、熱い……」


 オンリー発動!

 俺は炎属性を選んだ。発動から5分間、他の属性魔法は使用不可になり、選んだ属性魔法を強化する。俺は炎の魔法使いや氷の魔法使いなどの特化した奴に劣る。5属性を操れる俺が1つを極める奴と同等だったら反則だ。だが、俺は強欲にも限定的に1つを極める奴と渡り合える魔法を覚えた。


 超火力の豪炎がラピスと、遠くにいたラズリをも巻き込む。

 透明化で炎をすかしたのは火を見るより明らか。

 俺はもう何度目の攻防だろう、無敵時間がなくなった瞬間を突く。これまで俺はラピスを攻撃してきた。察しのいいラズリならいつかどこかのタイミングで自分に攻撃が来ると予想していただろう。


 オンリー、爆発的な攻撃でラズリを追いこむ。

 魔力暴走、圧倒的な手数でラズリを追い詰める。


 体がよろめいたラズリは右腕で体勢を整えようとした。

 グラリ。

 右腕はない。ラピスに貸していたのを忘れたのか。


 俺は間合いに踏み込み、ラズリの首に魔法剣で致命の一撃を食らわす。

 噴き出した血は燃えたぎる炎を浴びて蒸発した。

 踏み込みが浅かったか、いや、ラズリが気迫で後ろに下がり首と胴の分離を避けた。


「ラズリッ!!」


 後ろからラピスが必死の形相で迫ってくる。

 俺は目を逸らし体の角度を変えた。ノーガードとなって攻撃を誘う。


 飛びかかったラピスは空中で時が止まったように動かなくなる。

 ラピスはその目で停止したラズリを見ているはずだ。

 〝孤独〟、発動させてもらった。


 俺を殺したきゃ一人でこい。


 熱を帯びた魔法剣はラズリの心臓に深々と突き刺さった。

 ラズリは俺の服を掴み何か言いだそうとして血を吐きだした。こと切れたように崩れ落ち、俺は最期の微かな一言を聞いた。「ラピス……」。火は燃え広がり倒れたラズリは焼き尽くされていく。


 ラピスは顔を両手で覆い泣き喚いていた。これまでの攻防が馬鹿馬鹿しくなるぐらい隙だらけだ。ラズリの後を追わせるのは容易い。しょうがねえな、星屑の塔を壊されて乙女のように泣きたいのはこっちだっての。


 体が重くなり身も焦げる吐息が頬を焼く。


「呪ってやる」


 ラズリ!? 俺の背中にしがみついてきたのは心臓をぶっ刺したばかりのラズリだった。火だるまになって夢に出てきそうな低い声を出す。


「あなたを呪う。私が死んでも一生苦しめてあげる」


「リンゴジュースはあげられねえが……」


 死ぬことで発動するタイプのホラー魔法。

 お前らと戦うにあたり、そういうことをされるのは覚悟していた。


「聖水ならやるよ。一滴残らず飲み干しな」


 聖水をラズリにぶちまけると、硫酸をかけたように溶解する。異常なまでの溶け方は王水と比喩すべきか、苦痛に歪む少女の顔を俺は見ることができなかった。聖水はアンデッドやゴーストに有効な他に、一方的な呪いを遮断できる。


 ラピスはドロドロとなりもはや原型を留めていない。


「いい加減泣くのをやめろ!」


「う、うう……ああ、ラズリ……」


「勘弁してくれよ……」


 嫌だ嫌だと言ってられねえ。心苦しいがやらねえと。

 俺は魔法剣を振り上げた。早く、早く顔を上げて攻撃して来い。どうした? 早くしろよ。


「ハァ……殺せないなら俺が殺す……ハァ」


 呼吸を荒げたリバインが戻ったことで決心が揺らいだ。鬼を召喚したラズリが死んだことで鬼ごっこは終わったわけだ。

 と、今度は俺が抜けてきた空間の歪みが高速回転する。裏世界に新たな存在が顕現し、一同の注目を浴びる。俺が言いたいことは本当に一言だけだ。


「おはよう」


「二度寝をしたい気分ね」


 シルドラ戦に続きラテは途中参加だから状況は掴みにくいだろう。

 魔力暴走した俺、号泣するラピス。ドロドロに溶けた肉塊、息が切れているリバイン。説明を無視してラピスを殺したかったが、俺はもう精魂疲れ果てた。魔力暴走を解除しへたれ込む。


「戦闘放棄とはいい御身分じゃない」


「テンペスはみんなの獲物だ。そこで泣いてる女がそうだ。バトンタッチ」


「…………」


「おい、何明後日の方角を見てんだよ」


「とてつもない気配を感じたわ。多分、ここにいる誰よりも強い」


「へぇーーー、こいつがテンペスねー」


 聞いたことのない気だるい声に驚き跳ね起きる。

 ラピスをじっくり眺めている男は嫌らしい目つきで唇を舐める。一気に集結しすぎだろ。パーティーの招待状を送った覚えはねえぞ。


「モラムさん!」


「おい女、おっさんのために顔を上げてくんねえかな」


 ラピスにはモラムと呼ばれた、見た目は30台ぐらいの男の声が届かない。

 ミシリ。

 ラピスは突然顔を地面に押し込まれる。アダルは髪を掻きあくびをかまし、とてもやる気のない感じで魔法を発動している。


 重力の魔法か? ラピスは圧され指一本ろくに動かせない。


「野次馬がいなかったら滅茶苦茶にしてたのにな、ふーむ、テンペスのメスを犯したら気持ちいいのかねー、え? どう思うリバインよ」


 立場的に考えてリバインよりもレベルが高いのは間違いない。ラテの言うとおり、この欲望に忠実な男は俺や双子を軽々と上回る実力者だ。

 ラピスの骨が折れる音が響き、アダルはその音階を楽しんでいるように見えた。


「まあ、犯すもあり、殺すもありだ」


 バキバキゴキリ。

 地面に沈んだラピスを椅子にしたモラムは両手を大げさに広げた。

 ラピスは言葉を失うぐらいあっさりと息絶えた。何一つ関わりのない、いきなり現れた畜生によって殺され、死体の敬意を一切合切払わずに座りやがった。


「あー肩凝ったわ。おいリバイン、肩揉んでくれよ。ほれ」


「はい……」


 リバインは逆らえずにモラムの肩を揉み始める。

 はっきりとした異論を認めない屑に、どうすればいいか導き出せない。

 んだよ……あれ、テンペスって死んだんだよな。双子のラピスとラズリの戦いは終わったんだよな。


「こいつらは?」


「旅の者です」


「鏡のことは知られちゃったの?」


「俺が言いました」


「どれどれ」


 モラムは手を伸ばし俺とラテの重力の魔法を発動する。

 ……はずなんだが、圧迫感はなく肩すかしを食らう。


「はいプレイヤーね。面倒だな、イダッ。てめリバインもっと揉まれる側の立場になって揉めよ」


 強者の余裕ほど正面からへし折ってやりたい態度はない。

 悪即斬を信条とするラテは二の腕を握り締め唇を噛む。どうやったって勝てない相手に挑むほど狂戦士ではないが、勝ち負けを抜きにして剣を振りたい気持ちはなくなっていない。これまで幾度となく経験した屈辱な思い。辛さ苦さがさらにラテを強くする。


「鏡をどうする気だ。組織のボスに献上するためか」


「お前ズバリ言い当てるねー。あんれリバイン、組織のことって言っちゃっていいわけ?」


「あまり口外すべきではありませんね」


「でも知りたそうな顔してんぜ、ひょっとしたら組織を潰そうとすんじゃねえの。面白いよねそれ、うけるわ盛大によ。やっぱ敵意を持って向かってくる馬鹿がいて俺たちの人生は成り立つだろ」


「モラムさんは何もしないのでは?」


「言うねー君ぃ。そうとも、俺は何もしない。見てるだけさ。要は見るもんが欲しいのさ。正義と悪の殺し合いは極上の酒のつまみになる。そして負けた正義の女を俺がおいしく頂く。なあ、こええ顔したかわいこちゃん」


「…………」


 ラテは無言でそれだけで殺せるような視線をアダルに送る。


「組織の名はクレセントグレイス。俺たちは闇のアイテムを集めている」


 リバインにもういいぞと肩を揉むのをやめさせた。


「こってこてでガキらしいよな。言わなくても分かる、よく分かる。なんせ俺たちのボスがクソガキなんだからなー。がはは、よく成り立ってると思うぜマジで」


 いまいち現実味のない話だ。天才的な子供が運営しているとしたらますます胡散臭い。


「俺はテンペス討伐裏部隊って体で派遣されてきてな。メインはこっち。このリバインは魔鏡を盗もうとニーガに尽くし守護者にまでなったんだぞ。泣けてくるわー。ハンカチなしでは語れねえよ。だから奪い合いとかしねえで、俺たちに持ち帰らせてくんねえか」


「無理ね」


 即答だった。


「無理だな」


 俺も合わせて言ってやった。


「ラテ! 決行だ!」


 打ち合わせも何もしていない。

 長い付き合いで俺とラテは次にすべきことを互いに理解できる。できねえことの方が多いが、今回は確信が持てる。ズタボロの足を懸命に動かして空間の歪みに手を伸ばす。モラムとリバインは遅れてのスタートとなる。


 空間の歪みまでの距離が近いのは俺らだ。偶然のような二段構えをすればモラムが60レベル、いや例え70レベルでも先を越されない。


 一日に二度は体験したくないワープの時間だ。

 グルグルグルグル。とこしえの闇の中を回り続け気持ち悪くて吐きたくて吐けなくてようやく回転が止まったかと思えば大量の虫風呂に沈み体のあちこちをまさぐられ耳、鼻、口の中に侵入され泡を吹きたくても吹けなくてようたく虫風呂から脱したかと思えばバラバラになった。


「うおおおおおおおおおおうええええぇぇぇぇえええ」


 絶叫、後に嘔吐。痛めつけられた肉体であのワープは耐えきれなかった。

 せき込んで苦しんでいると、パリンという鏡が割れた音が聞こえた。

 魔を秘めたアイテムは生半可な衝撃では壊れない。一部のアイテムは力だけでは絶対に破壊は不可能だ。邪神の魔法が原因で生まれた魔鏡は試すのもアホらしくなる。開かない扉は素直に鍵を回して楽に開けたいもんだ。


 ラテは白よりも白い聖なる剣で邪神の魔鏡を割った。

 人の手がかかっていない神秘に包まれし聖なる剣こそ、闇に砕く唯一の武器。

 聖剣ラプソディアを持つラテは容姿と相まって地上に舞い降りた天使に近い。


 天使にグリフォンの翼が生えて台無しになった。俺はラテに持ち上げられ、急加速で戻ってきたニーガを離れる。う……酔ってきた。


「強い方は間に合ったようね」


「弱い方は……異次元に消えたか」


 モラムは割れた鏡の破片を掴み、追跡はしてこない。

 魔鏡が割れたことで裏世界は恐らく消滅した。帰ることができなかったリバインは消滅に巻き込まれ次元の彼方に飛んだ。死んだってことだ。


 後でラテは「私が直に殺したかったのに」と愚痴を言いそうだ。


「お前気持ち悪くないのか。どんな精神力してんだよ」


「気持ち悪いわよ。我慢してるだけ」


 次元が違う。俺はラテの強さに安心して眠りに落ちた。

 今日はいい夢を見れそうだ。






 俺たちは休息を取ってからニーガに戻りテンペス討伐隊の尋問を受けた。一番偉そうな奴にクレセントグレイスのことを話したら、神妙な面持ちで頷き納得してもらいいろいろな容疑が晴れた。魔鏡のことは伏せたのだが、長が全てを話したせいでニーガの処罰は決まった。長は魔鏡使用を反対した息子の暗殺を命じた罪を償いたいと言った。


 長はもう長でいられなくなり、守護者は死んだ。ニーガのこれからを思うと頭が痛くなる。テンペスは見事にニーガを荒らし、深く爪痕を残した。遠く離れた運の町グッドラックの被害も尋常ではなく、偽善呼ばわりされてもいいから復興の支援をしたい。


 結局、ニーガは欲深さ故にどちらか1つを選べなかった。

 飯はまずくても平和を維持するために瘴気の穴を塞がない。

 平和を犠牲に瘴気の穴を塞ぎ飯をうまくする。


 そのどちらのいい部分を取ろうと、邪神の魔鏡を利用し美味しい食べ物をかき集めた。

 人の欲深さはあちらの世界にいた時に嫌というほど知った。豊かで便利な暮らしが当たり前だった俺は彼らを否定することはできない。方法が許せないだけだ。


 俺は〝孤独〟の能力を有し、孤独であればあるほどよい。

 一方で切実に仲間を求め、一人で過ごす夜をとことん嫌う。

 どちらかを選べない。どちらも選びたい。俺は弱体を許容し、仲間といる時間を極力減らす方法を取り、仮に俺と同じ能力を持つ者を見つけたら〝孤独〟から卒業すると決めている。たった一つしかない能力を変えるのはもったいなく、運命的に授かったのなら手放すのは惜しい。俺の旅は食の旅であり、仲間との旅でもあるし、同じ能力者捜しの旅でもある。もちりん名所巡りの旅でもある。


「泣いてるのファル」


「星屑の塔の冥福を祈ってるんだ。生きているうちに登りたかった」


「そう」


「うん」


「行きましょう、ピットとグランを迎えに」


「そうだな。行こう」

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