6話 双子 其の六
俺はゲームなんてほとんどやったことがなく、友達と一緒に対戦も滅多にやらない。「つまんねえの?」と言われ、「あ? 別に」と返し、「お前といると楽しくねえな」と言われ遊ぶ雰囲気は崩壊した。多分それ以来友達と対戦をしていない。
遊ぶなら断然外だ。外で遊ぶのは楽しくてしょうがない。道なき森をかきわけサバイバル気分を味わったり、テトラポットの先の海を豪快に泳いだり、危険と分かっててもむしろそれが面白かった。若者は馬鹿で無謀で命知らずだからなと自分に言い聞かせていた。
アウトドア派な友達もそれなりにいたが、いや、友達と呼んでいいのか。未成年で煙草をふかすのはもはや当たり前で、夜中にうるせえ花火をやっては近所に迷惑をかけまくっていた。いじられる奴に対するいじりが見てられなかった。笑えなかった。ドン引きだ。俺の態度は素直すぎてそいつらにも距離を置かれた。煙草も花火も参加しなかったしな。
一人だけ、一人だけ共通の趣味を持つやつがいた。小学生の頃から日が暮れるまで遊んだ。異性だったから付きあってるんじゃねえかとほのめかされるのは嫌じゃなかった。だって俺はあいつを……。まあ、今じゃ二度と会うこともできねえが。
高校は一人ぼっちだった。部活はしないで金を貯めたら旅行に行っていた。北海道から沖縄まで、さらに日本だけでなく海外に旅立った。やはり海外は異世界のごとく幻想的で壮大だ。エジプトに行ってラクダに乗った感動は忘れない。英語は忘れた。 英語の成績2の俺には死角しかなかった。
休みがちになり勉強はおろそか、金を稼ぐためにコンビニでバイトをする日々。将来を親と先生に不安がられ、「俺は旅人になりたい」と言ったらますます心配された。
でもなれるんだよそれが! 運さえよければ誰にでも旅人になれる。
ファンタジーな世界で旅をする。俺はそのためにゲームを予約した。絶対に選ばれやるという気合は世界1位だと思っている。
そんな俺に授かった能力は俺が望んだものじゃなかった。
確かに一人だった。人間関係をないがしろにして自分の趣味に全力疾走した。
だからって……こんなの……ねえよな。
俺の能力は――孤独。
大丈夫か、こんなところに隠れてて本当に大丈夫か。タンスの中だぞ? 自ら身動きを封じるだけの隠れ場所とは思えねえ。タンスはタンスでもせめて女の服が入っているタンスがよかった。くせえよ、おっさんの衣服はぷんぷんするよー。
ノシ、ノシ、と名もなき魔物の足音が近づいてくる。息を殺して気配を消す。50レベルになっても怖いなんて……。ラテみたいにどんな強敵にも動じないハートが欲しい。
音が遠ざかっていく。セーフ。1分待ってタンスから出る。ってタンス、結構音出しやがるな。地獄耳だったら気づかれてる。
お邪魔させてもらった家のおっさんはいびきをかいて眠っている。叩いてもすぐには起きなそうだ。不法侵入ついでに水も頂戴して喉を潤し、仕切り直しだ。ニーガに来てから捜索してばっかりで疲れる。
「うわ、ついていけねえ……」
驚きたかったが、眩しさにやられて手で顔を覆う。
闇は取り除かれ太陽が元気はつらつな日中に戻っていた。
ナイトメアワールドを解除した。何のために? 双子の魔法は夜じゃなければ本領発揮できないんじゃなかったのか。
解除されても眠った奴らは目を覚まさない。毒を使ってきた奴を殺しても毒の状態異常が治らないのと同じだ。双子の死を確認するまで寝かしておこう。
召喚した魔物は使用者の死により強制的に消える。隠れていた俺が今度は名もなき魔物をおびきよせる。傑作な話だ全く。
「へいへいへーい! 鬼さーん! カムヒヤァァ!!」
浮遊して適当に大声を出した。ここからブクブクボディは見えない。ラテを捜し、双子を追い、名もなき魔物を誘う。いずれも俺から見つけ出せてない。そろそろ活躍したい。
鬼ごっこが始まって2時間経過している。もしかしたら終わったのかもしれない。普通ならここで名もなき魔物が追跡してくる。数分も見つからないのはこれが初めてだ。俺は生存確認の意味も込めてラテがいる宿屋へ飛ぶ。
ラテは無事に町の奴らと仲良く眠っている。
「ラテ! 起きろ! お前の大好きなバトルだぞ!」
5mは空けないと寝ているラテを起こせない。睡眠中のラテは取り扱い注意だ。寝ぞうで人が死ぬ。酒に酔って戦うのが酔拳で、眠りについて殴ってくるのが睡拳。強力な睡眠魔法なのか、周りにいる誰もが起きようとしない。
俺はラテを氷の空間に閉じ込めた。先に目覚めた住民がラテに迂闊に近づき重傷を負ったら大変だ。ラテは一振りで氷の壁を砕くからそこは問題なし。
残る不安要素はリバインだけ。何をやらかすか想像が付かない。双子以上に鬱陶しい。
キラリ。
捜索中、何か地上で光った。
自分自身が映るセンスの酷さが際立つ珍品。
不自然にも鏡が地面に落ちていた。
俺は降りて屈んで調べる。悪魔が作ったとしか思えない不気味なデザインに辟易した俺の顔。うむ、青色にした髪が逃げまくったせいで崩れている。これまでの経緯から、この悪趣味な鏡がニーガの宝であり、リバインと双子が盗んだ物だろう。
見ているだけで心が落ちつかなくなる。まがまがしい魔力だ。
反発する自分を抑えて鏡に触れた。
カラダガバラバラニナルカンカク
ノロワレテイドノソコニオトサレタカンカク
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
二階建ての煙突のある家、隣にはツタがびっしり張りついている家。
アンバランスで見栄えが悪い。貧富の差が如実に現れ、区画整理もされていない。吐き気がしてひざをつき息を整える。
これほどコンディションが悪くなるワープも珍しい。
……町。どこだ? 荒らされた形跡はないが、人の気配がしない。またもやだ。孤独死しちまうな。精神的ダメージで入院したい。
俺の真後ろには次元の裂け目がある。あの鏡と全く同じ不気味さを感じる。裂け目に手を突っ込めばニーガに戻れるはずだ。今すぐ戻ったら間違いなくリバースする。
空が一風変わっている。サイケデリックで現実味がない。
異世界の異次元。とにかくこの世界はどこかずれている。鏡の世界に迷い込んだのか。ニーガの奴ら、少なくとも村長やリバインは分かっている。
視界の端に影が映り首を動かす。
二階建ての窓から何者かが俺を見ていた気がした。
ホラーはまだ続いている。
すごくキレそうだ。
「家ごとぶっ放すぞ腐れアマども!! ああん!!」
ギィッ。
風も吹いていないのに扉が勝手に開いた。看板にはワインの絵が描かれている。透明感知は……反応なしだ。磁力が働いているかのように引き込まれる。一歩、また一歩、酒屋に近づいていく。外に開く扉を掴んで中を静かに覗く。
血まみれの死体が積み重なっていた。
大の男が5人、至る所を切り刻まれ血を流していた。脈に触れるまでもなく絶命している。死体にも死臭にもとうに慣れている。両手を合わせお辞儀をする。
たくさんのワインが綺麗に貯蔵されてある。一本手にとり罪悪感に襲われすぐに戻す。
「君らさー、赤ワイン零すなよー、ってブラックジョーク……」
「あははははっ」
「あ、あはは」
俺は全てを蔑ろにしてそいつらに会いにいった。もう捜すのはうんざりなんだよ。
テンペス、ラピスとラズリはそこにいた。
だが……容姿は……その姿は……
「18歳ラピスでーす」
「18歳ラズリです」
「18だと……おっかしいだろ! いつから俺と2つ差になったんだよ!」
「ついさっき。旅人さんは1日経つごとに成長すると思ってるけど、残念でした」
「15歳から18歳になるまで10時間。今までで最も短い」
「旅人さんってプレイヤーでもあるんだよね。レベルで説明してあげると、18歳は50レベル。うん、魔法使いの壁でもあり強い守護者の大体のレベルだね。40レベルじゃ勝てない。だからうんと短い期間で成長できたの」
「つ、次に成長するまでは30時間かかる」
30時間は救いっちゃ救いだ。それだけあれば何もかも完結している。
「どう?」
「あ?」
「私たちどうかなって。旅人さん男の子でしょ」
「さ、査定」
「ロリっけを犠牲に大人っぽくなった。胸の方は成長してないな」
「だってよラズリ」
「死ね」
「直球!?」
俺はしゃがみ、さっき手に取ったワインを見送っていく。後頭部の髪の毛をかすった。さりげなくギリギリだった。
「500万円のワインに当たって死ぬのもオツだよね。あれ、700万円だっけ? 1000万円だったような……」
「全部合ってるよ」
攻撃するつもりが、ワインの割れる音を聞いて中断した。
5人の死体のわきに2本のワインが粉々になっている。
「1人だと攻撃できるのに2人は止まっちゃう。どういうことなのラズリ」
「そういうこと。彼は1対1じゃなければ攻撃できない」
試行回数を重ねていないのにラズリ、恐ろしい女だ。
その通りで、俺は2人以上から攻撃されることなく動きを止める。逆に俺の方は2人でも10人でも制御されない。孤独とは相手のことも指している。
前に1歩出たラピス、後ろに一歩引いたラズリ。
「旅人さん、私はグロちゃんを召喚しないし逃げないよ。殺し合おうね」
「女に二言はねえぞ!」
ラピスは人差し指を軽く動かしポルターガイストの魔法を発動する。
ワインを次々と台無しにしながら、建物そのものを浮かせてきた。俺は構わずにラピスを斬りたかったが、50レベルになった力を見てみたくなった。
サンライトラング+氷属性=氷の壁!
縦に回転しながら一軒家が氷の壁に激突。凄まじい轟音だ。氷の壁にひびが入り、一気に崩れて壁としての機能が失われた。大量のワインと5人の死体が散乱し形容しがたい場となった。こりゃ、壁張ってらんねえ。サンライトリングはやめだ。
魔法剣バラッドを装備し直し、雷属性を付与した。
ラピスはというと家屋を10軒ほど浮かし平然としていた。こんだけ重量のあるもんをいっぺんに浮かせてもラピス本人に負担はかかっていない。
4軒接近、どこに移動しても食らうよう調整されてある。
現れよ我が分身……紫電のドッペルゲンガー!
左手の雷はみるみる人の形となり俺となる。体中に電気を帯び、他の属性魔法は使えないが主人に忠実で感情を持たない。ドッペルはボロ屋に突っ込み、俺はその背中にくっつく。ボロ屋を通過してドッペルの横に並ぶ。
この状況で適しているのはあの魔法か。ドッペルをそのままに魔法剣に氷属性を付与した。魔法剣が氷の時は氷の魔法は若干強化される。だからわざわざ付与をしている。
残る6軒と、最初の3軒、ラピスの指の動きに応じて俺たちを追い詰める。
血液ごと凍りつけ……氷結のシーアーチン!
5つのトゲ付きの球体は氷漬けになったウニそのもの。
最高な環境だ。俺は無数のトゲを一斉に発射させる。トゲが俺に当たりそうになったら消滅する。味方やその他大勢には当たるが、この近くにはいない。
完膚なきまでの破壊だ。屋根も壁も床も解体され露わになった日常品が町中に落ちる。ドッペルは氷のトゲに巻き込まれてお亡くなりになった。御苦労さま。
氷のトゲがラピスに襲いかかるが、常套手段の透明化により回避した。
こちらも常套手段で追撃を仕掛ける。その時、生温かい感覚が左腕を襲った。
ナイフが刺さっていた。家を浮かしてその上小さな物まで自在に動かせるその自由度! 双子にとって民家は武器庫と同類なんだろう。
俺の視界を地味な柄の毛布を覆う。どうせナイフが貫通してくるんだろう。予想通りに毛布を破って弓が飛んできた。俺は落ちていた扇で風を起こしまとめて掃除して、刺さったナイフを抜き炎を纏わせて投擲する。透明化を解除したラピスは手を開いてナイフを止めた。ポルターガイストはそんなことまでできるのか。
まあ、氷のトゲをかわしきれず足を負傷したからイーブンってことで。
「ラズリはつくづくタンコブだな」
「私はー?」
「補助魔法込みであの破壊力は納得だ」
ラズリは突っ立っているだけに見えて、微妙に手が動いていた。攻撃力が上がる補助魔法ならラピスは一瞬だけ赤いオーラを宿すが、エフェクトを透明化していた。透明感知がなかったら気付かなかった。つうかそこまで透明にすんなよ。
「サポートは旅人さんの能力の適用外なんだね。ありがたやー」
「か、カカシならずに済んだ」
支援系は攻撃しないからな。もちろん回復魔法も孤独は発動しない。
「さてと、次いくか」
「待った!」
「何だよ。砂時計は止められねえぞ」
「聞きたいでしょ。鏡のこと」
「10分で終わるなら聞いてやってもいいが」
「はーい守護者さん、告白タイムだよ」
リバイン!
筋骨隆々のニーガの守護者は仏頂面を崩さない。三つ巴のような立ち位置で腕組みをしている。
「打ち明けても俺は得しない」
「言え」
俺は命令口調だった。
「俺は町を荒らしまくっていいのか? ここはそもそも何だ? もやもやしてたところだ」
リバインはその場であぐらをかき、横の死体を一瞥した。
「今頃、元の世界は慌ただしくなっているだろうな」
ニーガが魔物に襲われたのはただの1度だけという。
その1度こそが、全てのことの発端であった。