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4話 双子 其の四

「瘴気の穴?」


 俺とラテは慎ましやかな宿屋で休んでいた。ラテは宿屋でじっとしていた方が不愉快な思いをしなくて済む。本人も出たくない様子だ。俺は外に出て異変を調査したい。時刻は16時、夜を迎える前にちょっくら出かけないと。


 ラテは牢屋を脱して俺と再会する間にダンジョンに潜っていた。ニーガに隣接する森の中にある瘴気の穴は、ここ唯一のダンジョンだとか。出現する魔物は平均30レベルでレベル上げには適していない。落ちているアイテムは30レベルに相応しいものばかり。成長する武器や単純にレアなアイテムは価値がある。


「瘴気の穴はニーガと深く関わってるって話だぞ」


「ふーん」


「退屈そうにすんな。ニーガの食いもんはラテが変顔になるほどまずい。味が薄く乾いてる野菜、硬くて食えたもんじゃない肉、そうなっちまってるのは全部瘴気が原因だ。人体に悪影響を及ぼさない癖に、人間以外の動植物にはしっかり及ぼす」


「瘴気の穴を塞げばいいじゃない」


「ところがだ、その瘴気は魔物の侵攻を抑えてる。魔物が好みそうなもんだと思ってたが、そうでもないみたいだな。ニーガで魔物による被害は過去に1件だけしかない。住民は幸せの追求より日々の平和を選んでいるようだぜ」


 ダラーとうつ伏せになったラテはシャキンと腕を90度に曲げた。


「腕相撲しない?」


「会話しろよ!」


「力が有り余ってるのよ。早くして」


「はいはい、床壊すんじゃねえぞ」


 じん帯を痛めないように腕と手首を念入りに回す。お互い右利き同士。


「見合って見合って、はっけよーい……のこった!」


 握ったラテの手に力がこもる。俺は顔が真っ赤になるぐらい力を入れたが、左に1ミリもずらせない。大人と子供の喧嘩もいいところじゃねえか。


「ボケたのに……」


「は?」


「ツッコミしてよ。そういう役割でしょ」


 いつからかラテがボケ担当、俺がツッコミ担当に割り振られた。と言っても、ラテのボケがあまりに微妙すぎて反応に遅れる。


「八百長か! はい、これでいいだろ」


「他には?」


「他? ってか……早く負けさせてくれ」


 開始からラテは首を不自然に揺らしていた。

 見えそうで見えないチラリズムに俺は半笑いしそうになった。


「いやラテ、そういうのは貧乳がやっても萎えギャァァアアアアア」


 勢いよく手の甲を床に叩きつけられた。これで床が抜けなかったのは奇跡に違いない。


「そこは嘘でも興奮したとか言ってよ」


「第三のポケットぐらいでかかったらそのまま襲ってやるよ」


「襲われたら嬲り殺して肉の塊にしてネズミの餌にするわ」


「今のはボケかな……」


 息をするように腕立て伏せをし始めたラテを置いて俺は外に出た。

 リバインの警告なんて気にもせず、飲み屋は活気に溢れていた。「モンスターが何だー!」「嫁に比べたら可愛いもんよ!」と酔っぱらったら誰もが無敵になれる。


 この国で3番目に信者が多いゲヘルナゲヘル教の教会から歌声が聞こえてくる。聞いているうちに悲しくなってきた。なぜだろう。何にも属していない俺には早すぎたな。遅すぎたのかも分からん。


 ぶらついているだけで異変を見つけるのは無理がある。人と魔物を判別する魔法を誰か覚えていれば劇的に展開は加速していた。


 山に少女がへばりついていて二度見した。命綱なしのロッククライミングはニーガでよくある遊びなのか。いいな、俺もガキなら遊んでる。俺に気づいた少女は高さ4mあるところから飛び降り、華麗に回転して芸術的に着地した。鮮やかなもんで俺がひやっとする暇もなかった。


「はぁー、気持ちいいなー」


「身軽だな。サーカスで働いたらどうだ」


「うっす旅人さん」


「おう。お前さ……どっかで」


 12、13歳の元気な少女に既視感を覚えた。この髪型、この服装、2日前の生意気な双子にそっくりだ。心なしか性格までも。


「双子ちゃんのこと? あはは、双子ちゃん、私に憧れて真似してるんだよね。ああ、可愛い私って罪よねなんて言ってみたりね」


「俺がその罪を償ってやるぜ」


「気色悪いよ」


「すまん」


 少女は茶色の袋からみずみずしいリンゴを取り出し一口かじった。


「はいあげる」


「食いかけをよこすな。てかおい、ブルーブルー産の高級リンゴじゃねえか!」


 俺はニーガの前にブルーブルーを訪れた。特産品である高級リンゴは世界一のリンゴと褒め称えられるほど甘くておいしい。値段は「ですよねー」と開き直るぐらい高い。なんとか功績を残してタダでもらおうとしたが、残念なことに失敗した。


「金持ちでワイルドとかなんかグッとくる」


「リンゴじゃなくて私をかじる?」


「ませガキが」


「不作が続いて高騰するリンゴ。旅人さんは分かるかな、原因」


「ブルーブルーの連中が分からなかったんだ。俺が導けるか」


「ほらほらー、キャッチしてね!」


 リンゴを放り投げて少女は笑っている。これだから金持ちは! 食いもんで遊ぶ!

 俺は浮遊を駆使して土に塗れる寸前でリンゴを掴む。手汗が染みたリンゴをかじり、少女のいるところに戻る。


 少女はすでにいなかった。えらいからかわれようだ。


「原因はここにあるよ」


 背後から声がして咄嗟に振り向く。

 だが誰もいない。50レベルの俺が少女に翻弄されている? ありえない。

 意味深な言葉を残して消えた少女はただものではない……。






「暇ねー」


 宿に引きこもっているラテは逆立ちしながら小指一本でせっせと筋トレしている。


「早く化け物退治できるといいな」


「へんてこドラゴンはつまんない相手だったわ。戦うならパワーよパワー」


「ケータイをつかなくする奴がパワータイプかー?」


 昼時、ラテに飯を持ってきた俺は敵の手掛かりを見つけられずにいた。リバインにしてもそうだ。いつまでもニーガに留まるわけにもいかねえんだよな。することがなく携帯電話をポチポチと押して残る2人の仲間の居場所を確認する。


 ピット、グラン。俺たちみたいに2人は合流している。点が重なり平地を進んでいる。どんな会話をしてんだか。あいつらがしそうなのは……。


「新たな仲間か」


「4人じゃダメなの?」


「男3、女1は流石にバランスが悪い。ラテだって女友達は欲しいだろ」


「ピットがいるじゃない。女のようなもんだし」


「ピットは……いつかそう遠くない未来にいなくなんのがな」


 神経が研ぎ澄まされる。俺とラテは俊敏に動き窓の外を覗く。

 数多の足音、魔力を持つ者たちの臨戦態勢、敵が現れたかと緊張が走る。住民の敵がどう判断しても俺たちなのが不思議でしょうがない。


「暇潰しになりそうだが、俺たちが敵役なのはいただけねえな!」


「ご挨拶してあげましょう」


 窓を開けて手を振ったら石を投げられた。俺に当たるのはいいが、窓ガラスを割るのは許されない。世話になった宿屋にはどんなにボロくても恩がある。世界百山同様、守る意味がある。

 前列に30レベル台の魔法使いが、後列に包丁や斧を持つ住民が殺気立っている。ドラゴンを倒した評価が一晩経ったらこれだ。


「出てこい! また盗みやがって悪党どもが!」


「なーる、鏡が盗まれたのか。盗んだ悪党が宿屋でくつろいでるっていろいろおかしいだろ」


「私が親分でファルが子分でいい?」


「あいあいさー」


 棒読みで答えてやって、俺とラテは窓から飛び出した。ラテは着地し俺は宙に浮いた。


「俺は逃げるぜ。ラテはラテで自由にやれ」


「子分失格ね」


 俯瞰している俺は盗んだアホを発見しやすい。遠距離魔法で狙われようが何されようが構うことはない。スピードを上げて西の山に飛ぶ。


 素早く取りこぼしなく捜していると、槍か、矢か、いや違う、椅子が飛んできた。


「椅子!? 木製だから痛くねえぞ」


 当たってやる必要もなくかわして、折角だから座ってやった。投げつけた奴を視認できず、さらなる攻撃の気配もない。パワータイプとはほど遠い、変則的な魔法を使って相手を狂わせるタイプだ。いまだ敵の正体が分からないのがじれってえ。


 闇が来た。


 東の山と西の山の中心に黒い渦が発生し、ニーガ全体を覆うように広がっていく。上空を制圧した闇は空間そのものを支配している。ドロドロと溶けていき太陽の光は完全に遮断され、張りつめた空気はシルドラの時と格が違う。


 噂に聞く空間魔法、ナイトメアワールド。広い範囲を強制的に夜にするこの魔法自体に恐怖はない。空間魔法を使える奴は相当のレベルに達している。さらに夜という条件下で本来の実力を出すのが恐ろしいんだ。


 スキル夜目発動。真っ暗闇でも周囲がよく見える。序盤の序盤で取得できる。

 椅子を投げた奴と夜にした奴は同一人物か。


「そうだよ」


 電灯の光に2つの影が映った。2人、敵は2人いた。

 見覚えのある、だけど会うのは初めての2人の少女。仲良く手を繋ぎ、足並みをそろえて同じタイミングでピタリと止める。純白のワンピースはそうか、そういうことだったのか。


「何歳だ?」


「初対面の女性に年齢聞くー?」

「サイテー」


「なわけねえな、ボケんなよ双子。昨日はどっちだったんだ? ロッククライミングしてたのはどっちだよ」


 2人同時に首をかしげる。俺は謎を解く名探偵かよ。レベルもクオリティも低い。


「今は14、15歳。昨日は12、13歳。えー、確か3日前は5、6歳だったな。俺が会ってなかった2日前は穴埋め的に8から10歳になっけど、オーケー?」


「何を言ってるか分からなーい」

「へ、部屋に戻らせてもらうよ」


「シルドラが時間を稼いでいたのはお前らを成長させるため。どこまで伸びる? 最終的にババアになったら興ざめだぜ。その頃にはいい加減討伐隊が出張ってくると思うけど」


「大人の女性になったら終わり」

「世界の破滅の始まり」


「大人になるまでどうして待たない?」


 双子は顔を見合わせ、ニコリと笑った。


「私たちはテンペス」

「私たちはテンペス」


 ついにテンペスと戦う日がやってきた。ゴクリと生唾を呑んだ。


「つまらなくなるから。ねー」

「ねー」


「シルドラちゃんは私たちのペット。いいこいいこしてあげたかったなー」

「頭なでなで」


「夜に変える魔法が決定的だった。お前らの魔法は……ホラー。恐怖を味あわせる魔法だ」


「あったりー! うらめしやー」

「う、うらめしや」

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