3話 双子 其の三
「下で観戦していたけど、魔法剣に属性を付与しないのはなぜかしら」
俺の見た目は17歳の青臭い若者で、年齢的には20歳になる。プレイヤー特権の1つに年齢調節があって年齢を重ねても老けないようにできる。極端に言うとどう見ても10歳の少年が50年生き延びているなんてこともあり得る。
ラテは俺と同じ20歳。見た目も20歳の美女だ。贔屓目に見ても見なくても美女の部類に入る。美しさと強さを兼ねた頼もしい仲間と誇りたい。
「あのドラゴンに火や氷の属性魔法は効かない。あの、ラテ、ぶった切る相手を間違えんなよ」
「状況を簡単に説明して。早くしないと疼くのよね」
怖い。恐い。どっちにもあてはあまるから恐怖だ。
「シルバードラゴンのシルドラ。テンペスと自分から言ってる。斬ってよし」
「了解ね」
ラテは背中にグリフォンのような翼を生やす。翼を有する魔物と互角に戦えるスタイルだ。
戦うと決めてから殺すに至るまでが早い。一切の迷いがなく、また相手に対する慈悲も限りなく薄い。何よりラテは俺以上に戦闘を楽しむ。生きがいすら感じている。
名手が放つ矢のように向かってくる新手に警戒してシルドラは空を飛ぼうとする。
加速したラテは剣を目で捉えきれない速度で振り下ろす。張り巡らせていた結界を貫通しシルドラの肉を裂く。衝撃波にラテは3m弱飛ばされるが、まばたきする間にシルドラの傷が増えていた。
スタイル【バード】になるとスピードがとてつもなく上がる。
血に染まる疾風叢雲は軽量で使用者の速度を上げる。風属性が強化され【バード】とはとても相性がいい。風の魔法を使わずにシルドラを圧倒している。衝撃波を浴びて平気なわけないが、ラテは攻撃の手を緩めない。
シルドラは強引に空中へ逃げる。弱体化の風に晒されたラテの髪が乱れる。
弱体化が通じないラテに注意喚起する必要はない。
ラテはシルドラを追いかけ、そして追い越して上空かなたで止まった。
俺たちは見上げる。見下ろしているのはラテただ一人だけ。
【バード】を解除したことで羽が空に漂う。【バード】の時は他のスタイルにはなれない。解除したということはラテの奴、早くも勝負を決めるつもりだ。
太陽の光に反射する剣と盾。どちらも異様な大きさだった。
スタイル【ジャイアント】。ラテが巨人にならず、代わりに武器が巨大化する。人間をチビ呼ばわりする図体のでかいモンスターを一刀両断したいなら迷わずこれだ。
宙に浮かぶ剣は世にも恐ろしいブラックローズ。魔力を食らい攻撃力を底上げする。装備する者は長くは戦えない。
どこかで見た光景かと思ったら昨日の状況に似ている。
リバインが放ったメテオナックルの時は弱体化のせいで撤退を許した。今度はどうだ。鈍重なシルドラにブラックローズをぶっ刺すのは簡単に思える。いくら防御に自信があっても受けようとするのは無謀か馬鹿だ。
俺は勘違いを承知で氷の魔法を発動した。
ラテとシルドラを挟むように展開し、視線を合わせなくする。
薄氷一枚あれば硬直の視線は封じられる。どうだシルドラ、俺の予想は合ってるか?
ブラックローズは氷をぶち破りシルドラの脳天を貫く。深くまで潜り込み心臓部分に到達、完全に生命は停止した。
最後に【バード】となったラテはゆっくりと東の山に降りた。血液の海にシルドラは沈んだ。
「ファル」
「お疲れ様ですラテさん」
「ちょっとこっちに来て。ね?」
「いいだろあれぐらい。な?」
「1対1こそ私が求める戦い。黄金の形よ。なんべん言わせれば気が済むの。ん?」
「いやー、ラテが無事でよかったぜ。こうして再会できたのも絆の力ってやつだな!」
「再会できてよかったなら、はい、握手」
「手が18禁になるんで遠慮しときます」
激しく燃え盛り急加速で燃え尽きていく。ラテは超の上に超がつく短期決戦型。序盤さえ受け切れればどうにでもなるが、受け切れる勇気と体力が俺にあるかどうか。
1対1にこだわり、こだわるあまり援護をすると大変な目にあう。仲間なのに!
「油断するな! そいつは本当に死んだのか」
リバインに一喝されて思い出した。
死してなお生きるゾンビ、殺したと錯覚をさせる幻術士、尋常な生命力を持つドラゴン。人間も人間で恐ろしいが、魔物も引けを取らない。
死体に脅えるシュールな光景が1分、また1分と過ぎていく。
2人はこのまま1時間持ちそうなツラだ。俺はすでに限界っす。リバインがよそ見しないおかげで携帯電話を確認できる。シルドラ死亡説だったら携帯電話は復活している……していたらいいな。
「してる!」
2人が何事かと瞬時に反応した。俺はポケットにしまい両手を挙げた。
「死んでるって。火葬して弔ってやるよ。生きてたら炎は無効、死んでたら有効」
炎は通った。灰になるドラゴンをしばらく拝みふと考える。
こいつは何者なんだ?
テンペスと名乗り町の人は襲わず(長の家を除く)守りを固めた銀色の竜。
ラテとリバインは険悪なムードだし。
「シルドラが時間を稼いでいたということはまだ脅威は去っていない。死に至らしめるウィルスをじわじわばら撒いているかもな。住人に乗り移っていたらやばいぜ。こうしているうちにも毒が回ってんだ、強い奴同士喧嘩すんのは終わってからにしろ」
「でもファルに説明する時間は頂戴ね」
俺がなぜ仲間捜しでニーガを訪れたのを焦らしていたか。
町ぐるみで旅人を陥れるケースはいくつもある。罠に嵌められて身ぐるみ剥がされて殺されても文句は言えない。ラテは普通に生きているだけで場を荒らす。冷静さを欠きトラブルを巻き起こす。せめて俺は慎重にいかないとな。
「その男は鏡を盗んだ。包んであったから直接見たわけじゃないけど、恥知らずな言葉で分かったわ。自分で盗んだくせに、『女が鏡を盗んだ、取り囲んで決して逃がすな』だって」
旅人である信用もくそもないラテと、守護者であるみんなに頼られるリバイン。
町の人間は至極当然にリバインの言葉を信じるだろう。
悪を断じて許さないラテは正義の心のスキルを覚えている。感知系の魔法は少なくなく、その中でも悪を感知するタイプは珍しい。壁に落書きや食い逃げなどの小さな悪には反応せず、人殺しの悪は敏感に察知する。
「正義の心に狂いはない。リバインは守護者でありながら完全な悪よ」
「…………」
リバインは睨みをきかして黙っている。
「盗っ人扱いされた私はリバインと一騎打ちすることになったわ。まあ、一騎討ちなんて嘘っぱちだったけど。私の敵は町全員よ。野次を飛ばされ石を投げられ、ちょっと傷ついちゃったな」
「決着は付いたのか」
「そこそこ実力のある弓使いに毒矢を射られて負けたわ。顔は完全に覚えたから、後できっちりお返ししにいかないとね」
目が笑っていない。本気だ……。
そこそこってことは30レベルぐらいか。レベルのことを言うと俺たちがプレイヤーだというのがばれる。プレイヤーの存在が知られるようになり、異端者扱いしてくる輩もいるらしい。隠しておくのが無難だ。ちなみにまあまあなら20レベル、結構なら40レベル、同程度なら50レベルと俺たちは決めている。俺もラテも50レベル台だからな。
パワーを追求するラテは耐性スキルをあまり持っていない。毒、睡眠等に弱く嫌らしい戦いを好む敵との相性は悪い。
毒は毒でも麻痺させる毒でラテはリバインに殴られ気絶した。
すぐには殺されず牢屋に入れられ、持ち物は没収された。50レベルもあれば鉄格子はないも同然だが、リバインはラテの骨をバキバキに折って鎖に繋いだ。毒で弱らせ食事も与えず絶対に自力で出られないように処置された。
絶対を壊すのに定評のあるプレイヤー。魔法、スキル、アイテムはそれだけ便利といえる。
以前にもラテは捕まったことがある。その時は俺が助けてやった。美女は生かされて猿な野郎どもに弄ばれる。ラテは泣きこそしなかったが、屈辱に満ちた表情だった。
学んだラテはあるアイテムを常に所持するようになった。
処女の紅玉と呼ばれるそれは、身ぐるみを剥がされるのが条件で自動発動する。どんなに離れていても持ち物が所持者の元に戻ってくる。
両腕を上に縛られた状態から傷を治す回復薬を右手に持ち、顔に向かって垂れ流す。全快したらこっちのもんだ。脱獄して逃亡、そして現在に至る。
「休戦を結ばないか?」
リバインがそう言ってくるのは予想できた。
「断るならばやむを得ん、俺はお前らを殺す」
「テンペスは町にいると思ってるの?」
「テンペスかどうかは分からんが、真の敵がいると想定して動くべきだ」
「真の敵? それってあなたのことでしょ」
「ラテ、俺も休戦は賛成だ。終わってから殺せ」
すでに俺たち3人全員が生き残る未来はなくなった。誰かしら死ぬ。もちろん、俺やラテがリバインに殺されたりはしないが。
「俺がみなに説得して窃盗の罪を消してやる。ふっ、まさかなすりつけた罪を俺自身で消さなければならないとはな」
おそらくドラゴン討伐に加勢した者としてチャラにするつもりだ。それでもラテはニーガで安穏と生きられない。歩くたびに陰口を叩かれたら俺も我慢できなそうだ。
「殺すのは後回しね。お預けは肌に悪いわ。そうそう、テンペスで言いたいことがあったんだった」
「…………」
「テンペスは異変をもたらす魔物だけど、守護者が町の宝を盗んだ時点で異変は起きているのよね。どう転んでもあなたは守護者ではいられない。私に殺されるか、鏡を再び盗んで行方をくらますか。あなたがテンペスだとしても、私は驚かないわ」
気まずい。できるだけリバインと会わないようにしようそうしよう。