1話 双子 其の一
「まっず!」
俺は通りかかった男から渡された果物を食べてそう感想を漏らした。漏らしたというより吐いたと言うべきか、いっそのこと果物も吐いてしまいたかった。それぐらいまずい。男は怒ることなく苦笑いをしていた。
「だろう? ガッハッハ、そこまで素直に言われんのは久方ぶりよ」
2口目が食べられない。手に持っているのも邪魔だから仕方なく無理やり口に入れる。
「もし俺が顔を引きつらせてうめえな! って言ったらどうしてたよ」
「お前さんは幸せもんだな、かな」
「俺は旅人なんだぜ。俺が言うのもなんだが、もっとマシなもんよこせ」
「そいつは無理な相談だ。ニーガにうまいもんは何一つありゃしねえ。何一つだ。飯がまずいと定評のある町ニーガにようこそ旅のお方」
視線をやや上へずらし、2つの山を眺める。同じ形、同じ高さ、実際に見てみると結構感動する。双子山と呼ばれるのも大いに納得だ。壮観、ああ、壮観だ。
削った双子山の斜面に建てられている家も左右対称、流石に物干しざおまで同じではない。西の山と東の山、さてどちらから登ろうか。
男と別れ誰もいないのを確かめ携帯電話を手に持つ。こんな世界にこんな代物。おかしいよな。おかしい奴は忌み嫌われる。だから決して他人に見られてはいけない。
「あいつがいるのは……東の山」
携帯電話の画面にはニーガの町とその周辺が映され、東の山辺りに赤い点がポツリとあった。動いている様子はないことからじっとしているんだろう。あいつが昼から寝ているとは思えない。まあ、そのまま合流するまでそこにいてくれれば楽でいい。
町に着いたらのんびりしたい。ダンジョンに入ったら緊張感を持ちたい。メリハリをもってやっていきたいわけだが、どうにも不穏な空気だ。さっきの男も去り際にこっちをちらちら見ていた。いやーな目だった。
そんな空気を知ろうともせずにはしゃいでいる子供がいた。似ている。もしかして双子? 双子山だけにニーガは双子が多かったりするのか。見分けのつかない2人の少女は俺に駆け寄ってきた。俺はとりあえず「よお」とご挨拶。
「旅人様ー! 旅人様なのかなー」
「こんにちは旅人さん」
性格に違いはあったようだ。
「ねえねえ旅人様、東の山は危ないよ」
「譲ちゃんが今いるのは東の山だぜ」
「こーんなおっきいドラゴンが、ガオーンって!」
「ガ、ガオーン」
きいちゃいねえ。
ドラゴンだと? 山のてっぺんは雲に隠れて見えない。まさかそこにドラゴンが。だとしたらもっと緊迫感溢れているはずだ。様子がおかしい。
「母ちゃん父ちゃんは? とっとと安全な場所に逃げろ」
「馬鹿だね旅人様は」
「間抜け」
「ひどい双子だ……」
「誰も逃げないよ。ごっついごっついおじさんがいるんだよ」
「お、おっさんが守ってくれる」
「ふーん、おっさんはあれ、守護者だな」
町に一人はいるとされる守護者。町を襲おうとするモンスターや盗賊どもと戦う。守護者が背負うのは1つの町だ。その重みを背負えるだけの奴しか守護者は務まらない。
「手こずってるようなら俺も戦いてえな。ドラゴンは戦って面白い」
「せんとーきょー?」
「バトル馬鹿?」
「バトル馬鹿は許さん! 親に言いつけて泣かしてやる」
「駄目だよラズリ、怒らしちゃ」
「うん。ごめんねラピス」
謝るのはそっちじゃなくて俺なんだよな。
俺は半分以上ある果物をかじり地団太を踏んだ。町の奴ら全員一斉に食って地団太踏んだら山が崩れそうだ。それぐらいまずい。
「それよりお前らさ……」
あ?
いなくなってる。見晴らしはいいのに双子の姿は消えた。
成長したら大した魔法使いになってるかもなと言おうとしたのに。
強い気配を感じて振り向くと、やはり強そうなおっさんがいた。魔力を消耗している、戦った後だとすぐに分かった。怪我はしていないみたいだ。身長は2m以上あり、筋肉はもうマッチョマンのそれだ。絶対胸ピクピクできるね。
「俺は旅人。あんたは守護者。合ってるか?」
「そうだ、俺は守護者だ」
「俺はファル。野暮用があってこの町に来た」
「俺はリバイン。都市から離れたこの町に何の用だ」
「ちょっとな。安心しろ、悪さはしねえ。なんならドラゴン退治にご協力してもいいぜ」
リバインは腕を組んだ。
「話が早いな。あまりの早さに話をはぐらされたのを見逃すところだった」
「だからちょっとだって。用が済んだら観光を楽しみつつダンジョンにも行きたいな。あんたさ、多分ドラゴンと戦って勝てなかったんだろ。勝っててこの空気はないだろ。どこにいる?」
「……上空の彼方だ。次は勝つ。むろん、町を守るためお主の手を借りたい。俺だけでは少々厳しい」
おっ、これは面白い流れだ。俺は不謹慎極まりない笑顔を見せた。
「じゃあ明日な。今日の夜にドラゴンの情報を教えてもらう。ドラゴンの特徴、攻撃パターン、性格、それにどうして現れたか分かる範囲で。今はいい。明日に備えて休むこった」
さっきから俺はある魔法を発動させている。それは目を使った魔法で、相手を見続けることが条件だ。相手に気づかれることなくやりたいことを終える。
「そうしとこう。俺の家は西の山の頂上だ。夜になったら勝手に訪問してくるがいい」
「今から登るのかよ」
「俺は枕が変わると寝られない」
魔法は魔力を消費して発動する。魔力が減っても肉体や精神に影響はない。ただ、魔法を使った戦闘は体力がごっそり持ってかれる。同じレベル同士が全力でぶつかればもう一日動きたくなくなる。リバインは確かな足取りで西の山を登っていった。守護者に相応しい素晴らしき根性だ。
ではでは、そんなタフな守護者さんはどれくらいのステータスかなと……。
「……うん?」
携帯電話の画面が暗い。電源は付けっ放しだったはずだし、充電も問題なかった。そもそもこの世界に来てから一度も充電切れになったことはない。充電が無限なんて俺が女子高生だったら最高だったろうな。俺は心底どうでもいいが。
電源を長押ししても画面は暗いまま。無駄と分かっていてなぜか1分以上押したが、くそ、どうして起動しないんだ。
携帯電話がないと行動に支障が出るのが屈辱的だった。いや、でも仕方ないのか。俺たちに与えられた仕様が剣と魔法と携帯電話だし。納得すると余計に腹が立った。
「おいおいおい、天空から落としても壊れないって書いてあったのによー。おいおいおい!」
ブンブンと振り回して、起動しろ起動しろと念じる。傍からみたら変態じみた挙動だ。
パンを持った大人びた女性に見られた。どちらも動きが止まる。
「…………」
「……雨よふーれ、雨よふーれ」
我ながら完璧な対応だ。自分が誇らしくなるぜ。
「あの、雨はおととい降りましたよ」
「…………」
女性は早足で自分の家に急いだ。
「雨に濡れても壊れないケータイ、どうなってんだ畜生」
RPG。そのまんまのタイトルのゲームが世に出たのは何年前だったか。ああ、確か5年ぐらい前だ。まだ中学1年の時にでたそのゲームは俺を強く惹きつけた。俺はゲームをする方ではなかった。どちらかというと外でやんちゃ坊主の如く遊ぶ方だ。
そのゲームは……何て説明すべきか、不思議? うん不思議だな。瞬間移動や空中浮遊できる人間が当たり前のように世の中に浸透していたとする。最初は皆信じず手品の類などと思い、そのうち段々と信じていく。そうやって不思議なゲームは世界の常識となっていった。
ゲームを購入しパッケージを開けると肉体は消失する。そして肉体はゲームの世界に移される。俺は今ゲームの世界を旅している。ゲームゲームとうるさいが、ファンタジーな世界だと捉えれば理解はたやすい。俺みたいにゲームを購入してこの世界に来た者はプレイヤーと呼ばれている。プレイヤーは二度と帰れないのを承知だ。一生、ここで暮らすしかない。
ゲームにはRPG以外にも様々なジャンルが販売されている。不細工でもイケメンになれて美少女たちに構われる恋愛もの、簡単に強くなれてありえないボールを投げられるスポーツゲーム、自分だけの世界を創りあげることができるゲーム。ゲームによって現実世界に帰還できるものあればできないものもある。ホラーゲームは意地でも帰還したい。
いずれも一度に出回る数は少ない。RPGは1ヶ月に1000本。店頭には並べられず、早いもの順でもない。完全にランダムで、誰が購入できるか予測できない。俺は指定された店舗で予約した。一般には携帯電話やネットで予約するらしい。選ばれも選ばれなくてもゲームは0円。貧しくてもチャレンジできるのはありがたい。
10回目の予約でついに俺はゲームを購入できた。第二の人生という言葉を使う日だった。
もうちょいだけ、プレイヤーはゲーム的なのを強いられている。レベルの概念とかまさにゲーム的。魔法、道具、武器は携帯電話で管理する。ただし力なんかは数値化されていない。レベルが上がると力が増している感覚はある。もう俺はずいぶん強くなってしまった。じゃなきゃドラゴンの討伐を積極的に手伝う真似はしない。
携帯電話はいわばゲームにおけるメニューだ。携帯電話が付かないことはメニュー画面が開けないに等しい。
「いねえ! ラテはどこにいんだ!」
お天道様は沈んだ。東の山を隈なく捜索するだけじゃ飽き足らず西の山まで必死こいて捜した。あっちだって俺を捜しているはず。俺の能力の都合上、ラテが俺を見つけてくれた方が助かる。思ったがラテも電源が消えていそうだ。あいつの次世代型のエリートフォンでもきっと同じだ。
徒労感にため息を吐き、守護者リバインの家まで足を動かす。
また登るのか……。