第五話
まだ午前中だというのに、容赦なく照りつける夏の日差しにセミの声。
学校敷地内、小高い丘を登った先に真新しい合宿所がある。その横を通り過ぎ、さらに登り進むともう一つの合宿所が見えてくる。
僕達『推理小説研究会』と『映画研究会』は旧合宿所に集合している。夏休みが始まり二週間が過ぎた八月初旬。暑すぎる太陽の光に蝉の声、遠くにはプールではしゃぐ水泳部。方やこちらは冷房非完備の素敵な合宿所。
遡ること一か月ほど前。シンヤ先輩が生徒会と話をつけてきたと言い、嬉々として帰ってきた。
「映研と共同で映画撮影するから皆、協力頼むな!」
特にミカ! とミカ先輩を名指しした。
「どうして、私?」
あちらのクラブも女子不足だそうで、一役お願いしたいんだとさ。
「無理、無理。演技とか出来ないよ!」
いつも通り自然でいいよ、高度な技術は求めてない。どうせ、こっちでも一本ショートムービー撮るんだから、どちらにせよ頑張って貰らわなきゃならん。
シンヤ先輩に『推研』の為でもあるのだからと言われると、さすがにミカ先輩も逆らえないようだ。
「さっき、みんなって言ったろ。お前たちもだぞ。みんなそれぞれ配役を用意してるからな、頼むぞ」
ええー!! っと悲しく響く僕達の声。
――そういうわけで、現在僕達は夏空の下集まっています。
「裕太! 裕太! 早くこっちに!!」
健吾はシンヤ先輩と二人、道沿いの茂みに並んでしゃがみこみ何かをしている。二人に近づくと、健吾に肩を掴まれ強制的に二人の間に押し込まれる。見てみ、見てみと健吾の指す方に目をやると見えるのは学校のプール。水泳部が練習に勤しんでいる。
「注目は、一年の宮森! バスト八十八センチEカップだ!」
それは最強じゃないですか!? 先輩!! どれっすか! どこっすか!?
「今第三レーン泳いでる、見てな! 上がってきた時がチャンスタイムだ! 見逃すなよ!!」
興奮する健吾に細かく説明しているシンヤ先輩。
シンヤ先輩の口から出てきたそのデータは一体どこで仕入れたのだろうか? などと考えながら、肩を組まれ脱出できないでいると何かを感じたであろうミカ先輩が後ろから声をかけてきた。
「あなたたちは、何をしているの? そして、何をしに来たの?」
顔が見えなくても笑顔で怒っているに違いない、一番怖い話し方だ!
僕達三人はすぐさま起立する。口を切るのはシンヤ先輩。
「なに、暑いからさ~水の音を聞いて少しでも涼もうと思ってな! ほら! こんな所に小川が!」
ちょっと見せなさい。そう言うとミカ先輩は、シンヤ先輩と自分の間に無理やり割り込んできた。
「へぇー、あれが小川? 私にはプールに見えるんだけど……で注目の子は?」
「第三レーンの一年生だ、ミカが一生かけても追いつけない。Eだ!」
言いたいことだけ言って逃げ出すシンヤ先輩。追いかけるミカ先輩。
「何遊んでんだ? 全員集まったぞシンヤ!」
映画研究会部長の兼田が声をかけてきたが、二人は追いかけっこに夢中。
ミカ先輩の去り際、ミカ先輩から甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐり、僕の胸は高鳴った。
「裕太どうした? 顔赤いぞ、暑いのか?」
う、ううん何でもない。健吾に指摘されて初めて気づいたが、どうやら顔が赤くなっていたみたいだ。
旧合宿所の前に、『推理小説研究会』と『映画研究会』が全員集まった。
全体の指揮をとるのは、部長二人。とりあえず自己紹介かな? っとシンヤ先輩が先導の元、僕たち『推研』より自己紹介していき次は『映研』の順番となった。
「俺は『映研』部長三年の兼田だ。それで隣が」
副部長の佐野真美です、二年です。副部長佐野に続いて、横に自己紹介が進んでいく。
「副部長の佐野と同じく二年、池山っす! 撮影補助やってます、よろしく!」
「い、一年、野中です。雑用担当しています」
「椎名で~す女優と雑用兼ねてやってまーす」
「笹島で~す、私も女優と雑用してまーす。あっ、一年でーす」
映研一年の女子二人は、ちょっとした失敗を笑い合い仲の良さが伝わってくる。
シンヤ先輩は、表情には出ていないが映研一年の女子二人の発育ぶりを伝達する為、健吾に合図を送っていると思われます。だって、ミカ先輩がシンヤ先輩を睨んでいるから。
「えーそれでは、皆様本日は暑い中お集まりありがとうございます。これからのことなどなど、軽く説明しときます。まず、旧合宿所には冷房設備がありません!!」
マジっすか!!! シンヤ先輩の衝撃発言に健吾を中心に皆の悲痛の叫びが木霊する。
「すまんな、でっかい扇風機はあるから自由に使っていいとさ。みんな、我慢してくれ。撮影の為に施設をまるごと貸切にするなら、どうしてもこちらしか押さえられなかったんだよ……」
シンヤ先輩と映研部長が視線を交わす。
「先輩、交渉の努力しましたか?」
交渉の結果が扇風機だよ。答えたのは映研部長。多分、シンヤ先輩は最初から貸し切るなら旧合宿所しか使えないことはわかっていた、そんな反応だった。
「今日を含めて三日、それが俺たちに与えられた撮影期間だ。この間に映研、推研の二つ分撮影するから遊んでる暇はないぞ! とりあえずは掃除! ハイ、行動開始!! 使用する教室だけでいいからな」
シンヤ先輩は、手を叩き全員に開始の合図を送った。
使用する教室は、食堂、風呂場、トイレ、自分達が寝る為の教室二つ。二つのクラブで総勢十一人いるが掃除には時間がかかった。
午前中をすべて掃除の時間にあて、昼食を摂り午後は映研の作品を先に撮影することになっている。
言われた通り僕たち推研メンバーは役者として参加する。
台本は既に渡されていおり自分が担当する役、そしておおまかなストーリーは分かっている。だからうまく演じれるってわけでは無いのだけど……。
ストーリーは、時季外れの転校生がやってきた日からクラスで不思議な出来事が起きていく。転校生は未来からやってきた少年だった。といった学園青春SFモノだ。僕の役は主人公と同じクラスの友人の役。さほど重要性は無く、セリフも少ない。僕たちは推研部員の役には基本的セリフは少なくしてある、とはいうものの演技などした事のない僕たちには大変なのは変わらないのであるが。
シンヤ先輩の演技は自然な感じで、難なくこなしている。何でも出来るんだよな、先輩は。ミカ先輩は結構重要な役どころで四苦八苦といったところだった。
日が落ちると、映研の作品から僕達、いやシンヤ先輩の作品とでも言ったほうがいいのかな? その撮影を始めた。
「シンヤ先輩、これセリフしか書いてないんですけど」
そりゃあ、セリフしか書いてないし! 動きはこっちで指示するからモウマンタイさ!
今にも歯がキラーンって輝きそうな笑顔でいる先輩。
セリフとその上に配役名だけが書いてある台本。これで一体どうするつもりなのか? 僕にはわからなかった。シンヤ先輩以外全員そう思っていたんじゃないかと思う。
――う~む、もう少しちゃんと確認を取るべきだったな。
ただいまカレー皿よりすくい上げたのは白い塊。カレーの具材としては見たことのない具だ。
昼は出来合いのもので済ましたので、夕食は自炊しようと料理が出来る者を募った。男達には期待はしてなかったので、妥当な反応だった。手を挙げたのは、ミカと映研一年二人。映研副部長は、野菜を切るぐらいならっと言っていた。ミカがいるしなんとかなるだろうとの認識が甘かったか……。
相向かいに座るミカが、手を合わせている。いただきますの合掌ではない、ごめんなさいのポーズである。
「あのさ、この白い塊なに?」
「マシュマロでーす♪ 隠し味には~はちみつとかリンゴがいいって聞いたんだけど、なかったのでマシュマロで代用してみました! あっ、ちゃんとチョコ入りですよ!」
もったり、どろりとした食感の白い塊。カレー全体にもチョコ味が染み渡っている。これのどこがカレーだ! 叫びたい気持ちもあるが、まだ一日目。ここは我慢……。
「わぁー、美味しいねーチョコ味だよ!」
そうだよ、これはもうチョコご飯だよ。製作者の二人にはとても好評だ。
明日は、俺とミカで作ろう。多分それが一番安全だ。映研副部長にも手伝ってもらって、普通のものを食べよう。そうしよう!
きれいに片付けた食堂のテーブルの上に、ノートパソコンを並べて作業に追われる部長二人。
撮影をした動画の編集をしている。昨今の撮影現場は、デジタルビデオカメラとパソコンがあればなんとかなるようだ。勿論、プロの話ではない。あくまでアマチュア集団の話。デジタルビデオカメラで動画を撮影、それをパソコンで確認しながらカットしたり付け足したりと編集する。明るさの調整からCG処理までできるらしい。今回は極端なものはしない、所詮素人だから。違和感満載でストーリーが入ってこないのでは意味がないからだ。俺たちは映研だ! 演技を見るな! 映像を見てくれ、ストーリーを評価してくれ!だそうだ。
無言でノートパソコンに向かい、マウスのクリック音を響かす。
「で? どうなの?」
映研部長兼田が訊ねて来た。
「なんだ? 椎名と笹島Bサイズを知りたいのか!? 部長権限でそれを聞き出すくらいはできないのか?」
んなこと聞いてねーよ! ってかそんなことしたらウチのクラブは存続できてねーよ! お前は、深山さんに面と向かってサイズ聞くのか!?
「ハハハ、そんなことしたら殺られちまうよ!」
ハハハ、乾いた笑い声で二人はしばし笑い合う。
「で?」
「だからなにがだよ!」
深山さんのことに決まってるだろ! 進展はあったのか? ってこと。
「兼田にカンケーないだろ! そんなこと!」
なくもないさー、皆気になってるんだから。お前は、いや、お前も深山さんも気づいてないんだろうけど……。
「深山さん結構人気あるんだぜ。ぼやぼやしてるとどうなるかわからんぞ」
ノートパソコンから目線は外さず、こちらには気をかけている様子もなく話しかける兼田。
「フッ、あのちんちくりんがか?」
思わず鼻で笑ってしまったが、兼田の反応は変わらない。
「背の低さはむしろプラスだよ。明るい性格で、面倒見が良くて、頭が良くて、美人……美少女かな?」
あいつが言い寄られてることなんて今まで一度も見たことないぜ!
「そりゃあ、お前がいつも傍にいるからだろ! 会長もいるしな。」
――逆にお前の傍に誰も寄ってこないのも、深山さんがいるからなんだけど……とは言ってやらんがな!
とにかく!
「ウダウダしてんなよ! ってことだよ。何を気にしての現状維持かは大体想像つくけど、俺はシンヤ×深山さん推しだ!!」
あいかわずこちらに顔を向けてはいないが、語尾の強さで気持ちは伝わってくる。
「兼田……わかったよ。椎名と笹島に部長が二人の料理を気に入ったから、明日は部長専用に特別メニューを作ってもらえるよう頼んでおくよ」
こちらもノートパソコンから視線を外さず、平然として言葉を掛ける。
「監督が体調不良で倒れたらどうするんだ!」
代わりは佐野さんに頼むからいいよ。
「それはそれで、アリだな……」
アリ、か……?
なんでやねーん! 二人で突っ込みを入れ合い笑っているが、作業は全然進んでいない。馬鹿話も大概に、作業を再開する。
手つかずの映像たちが、どんなに待ちわび不貞腐れていることだろうか?
刻々と睡眠時間を削りつつある編集作業におかしなテンションの二人であった。
三日もあると日付指定しましたが一日分しか書いてません。だからといって次の更新に回すではありません。やっておきたい部分は出してしまいましたので! 次からやっと本番といった感じに考えています。




