第九話
やっと解答編に入りました。皆さん! モヤっとボールのご準備を!
夕暮れ時、オレンジが世界を包む。屋上、オレンジに包まれる人影一つ。
あれは……浩平だな。さて、どうやって登場するのがいいだろうか? うむ、あれにしよう!
扉に手を掛け、一気に開く。肌寒く、冷たい風が顔に当たり眉をひそめる。
「会長、まだ後夜祭の準備がまだ残っているのにこんなところで何をしているんですか!?」
俺のもてるだけの甲高い声で、影を落とす後ろ姿に呼びかける。
「立花さんは、そんな話し方しないよ。真太朗」
クスクスと笑いながらこちらを向く浩平。チッ! 俺の完璧な声色をいとも簡単に見破るとは!
「さすがにわかるよ、分からないと立花さんに悪いよ」
おかしいな? 俺の知りうる立花のイメージでは、あの感じで間違いないんだが。
「真太朗がいつもいじめるからそんな話し方になるんだろ。普段はもっと優しいよ」
オレンジの世界で笑い合う二人。
グラウンドでは、後夜祭の準備をしている生徒やそれを心待ちにして談笑している生徒達の声が聞こえる。
「行かなくていいのか? あれも生徒会の仕事だろ?」
「う~ん、後は会長無しでも問題ないよ。なので、これから生徒会を背負っていく後輩にお任せした」
あの生真面目な生徒会長殿の口から出た言葉だとは思えないセリフだ。浩平の横に並び、同じく手すりに肘をかけ額に汗する後輩達を高み見物と決め込む。
「ミカは一緒じゃないの?」
「俺とアイツがいつも一緒にいるっていう考えはやめていただきたいな。今は逃亡中の身だし、見つかると面倒なことに……」
「そう……」
両腕を抱きしめ体を震わす『恐怖』の仕草を冗談ぽくしてみたのだが、いつもの反応が返ってこない。
……沈黙。
「どうするの?」
何が、だよ? 突然の問いかけだが浩平が言わんとしていることに察しがつき、言葉に詰まる。
「ミカのこと。いつまで、『このまま』でいるのかってこと。」
浩平が軽くため息を吐き空を見上げた。
「ミカはさ、初めて真太朗に会った時から、あの時からずっと真太朗のことばかり見てるよ」
ほっとけないんだね。浩平の口調は優しい、表情は見えないが気持ちは伝わる。
冷たい風が二人の間を通り過ぎていく。
「俺は、お前の……」
「いいんじゃない? このままでいる方が辛いよ。僕も、ミカも、シンタロウも」
空からこちらに顔を向ける浩平。その瞳は優しく、そして真剣だ。
「僕はずっと見てきたんだよ、二人のことを一番近くで。二人と一人、一組と一人。どれも三人なのは変わりないよ」
優しく笑う浩平。ミカと同じく大切な人だから、だからこそハッキリと言っておかなくてはならないことがある。その言葉が喉まででかかった時、屋上へ通じる扉が開かれた。
「いた! やっと見つけた!!」
息を切らし、屋上へとやって来たミカ。階段を駆け上がってでも来たのだろうか? 俺達に近づき、深呼吸をして息を整える。そして叫ぶ。
「いつも言ってるでしょ!! 勝手に行動しないで! って!!」
いつもならここらで一撃はもらうハズなのだが、そこまでの元気はないらしい。叫び終わるともう一度息を整える。
「どうした? 誰かに追われているのか?!」
誰のせいだ!! また怒らられる。いや怒らせた、大事な話の途中でタイミング悪くやって来て、このシリアスな雰囲気を壊した報いだ。少々優し過ぎるがな。
「それで?」
浩平の急な問いかけに驚いた。この状況で話の続きをしろ、とでもいうのか?
「何が、だよ。」
「そんなの、犯人が誰かに決まってるでしょっ!!!」
ミカが間に割り込んでくる。
「……そうだね、生徒会長として答えを先に知っておく権利はあると思うんだけど」
浩平の表情は……いつもの優しい顔に戻っている。これで良かったのか? こんな中途半端な状態で。そう思ったものの浩平が話題を変えたってことは、今は話すべきではないと判断したのだと思っておく。いつも通り、普通に話すんだ。俺は気持ちを切り替える。
「はぁ~、まだわからないのか? あれは時間が経てばわかる問題だぞ。だからこそ、あえて時間を短くして解答を紙に残したんだからな」
「その場で答えを出さなかったのも作戦?」
「いや、あれは新聞部が一枚噛ませろって強引に押し付けられただけだ……エース(自称)に。」
二人揃ってため息のように一言漏れる。
「ああ、エースが……」
「それは仕方ないね」
三人の頭には、ドヤ顔でメガネをキラリと輝かす後輩の顔が思い浮かぶ。
「わかった、それは理解した。それで犯人は誰なの? 七人の解答の中に答えがあったの?」
答えを急かすだけのミカでは、ヒントを与えてもわからないだろう。俺は浩平に解答権を渡した。
「浩平、『犯人の定義』ってなんだと思う?」
「定義って、どうして犯人かってこと?」
「そう、犯人が犯人であること、その証明」
少し考えを巡らせ、半信半疑の答えを出す浩平。
「うーん、ドラマとかで犯人が観念して白状するみたいなことでいいの? 犯行動機があるとか」
「まぁ、そうなんだけど。なんというか、その全部だね。『犯人が犯人である所以』、犯人は殺害した動機を知っている、犯人はどうやって被害者を殺したかをわかっている。犯人は犯行のすべてを知っている。」
それは、そうでしょ? ミカは眉間にシワを寄せて必死に考えているようだが、まだわかっていない。
「真太朗……もしかして全部意味がないってこと?」
何が? なにがなの? ハテナマークが消えないミカを残して話を進める。
「意味がないことはない、意味がないことが自体が重要なんだから。そのことを踏まえて『考え方』と『視点』を変えればいいんだよ。もう分かっただろ?」
ショートムービーの内容に意味はない、犯人はすべてを知っている者。出演者も犯人は教えられていない、犯人を知っているのはただ一人、監督のみ。
「だとすれば、犯人は他でもないオレだよ! すべてを知っているのは俺だけだからな! これが正しい解答だ。」
答えを理解した浩平は堪らず吹き出した。そして、笑いながら余力で抗議した。
「そんな意地悪問題、誰もわかんないよ!」
わかったら困るからこんな問題にしたんだろう! 頭の固いヤツが多いこの学校だからこそできたことも含めて俺の計算通りだ。
「そんな問題いいの!? 後で異論が起きない?」
「俺は何一つ嘘はついてないし、必要な情報もヒントも与えた。皆がそれに気づかなかった、ただそれだけだよ」
後で解答を変更できないように回答用紙も押さえているし、文句は言わせねーよ。
「事後処理の一切はシンタロウが自分でしなさいよ! 私、知らないからね」
へいへい、軽くあしらった返事で応答。もうここで何を言った所でどうにもならない、理解し諦めたようだ。
「真太朗は、その時が楽しければそれでいいって考えだと思ってた。ずっと考えていたんだね、先輩達と約束したこと」
推理小説研究会にも部室がほしい、そう話していた先輩に俺は言った。「俺たちの世代で部室をゲットして未来の後輩たちに残してやりましょう!」決して軽口ではない、本気の想いだ。先輩達がいる間には叶わなかったが、何とか俺がいる内にその願い、その約束は果たされた。
「そんないいもんじゃないよ、ただ運が良かっただけだ。その流れに乗ったのがたまたま俺達の世代だったってだけさ」
気恥ずかしくてミカの方を見れない、俺は顔を見られないように沈みゆく夕日を見つめた。
もうすぐ、夜がやって来る。また少し気温が下がった、風が冷たい。
暗がりが三人を包んでいく、ゆっくりと夕日のオレンジが黒と入れ替わっていった。
俺達の表情は笑っている。暗くて顔が見えなくてもわかる、それが一緒に過ごしてきた時間の長さの証明。
俺たちは幼なじみだ。
三人で一つであり、二人と一人でも一つ。なにも変わらないさ、これから先もずっと変わらず一緒なんだ。
二人と一人でも三人なんだ。
ここまで引っ張っておいてとんだ解答でありました。思い描いていた通りには書いたと思いますが、もう少し上手く出来なかったのかと反省ばかりです。
ここまで書いて思ったこと、ジャンル推理ではちと問題ありなのでは……(遅っ!)
推理モノは好きなので、次は胸を張って推理モノだといえる作品を書きたいです。
あっ、モヤっとボールはご自分で回収してくださいね。