荒野の風
雪が一面に降り積もり、街は銀に輝いて見えた。
行きかう人々は、白い息をはきながら、目的地を目指している。冬ならば・・・さも当然の景色である。
神奈川最大の観光地「新横浜中華街」も同じように積もっていた。
そこに店を持つ彼には白い雪がめずらしいらしい。
チャンパオといわれるチャイナドレスの原型になったといわれている服を着て、いつ止むとも知れない雪をみている。
彼が最後に見た雪は赤かった。血に汚れた雪だった。
彼の名は「吉法師」というらしい。吉法師とは、幼い頃に拾われたチーという爺さんがつけてくれた名前だ。
そのチーが、「道士」といわれる、いわゆる「召喚司」であり、自分の後継者として吉法師の才能を見込み、拾った様である。チーの見込んだ通りメキメキと才能を開花させていく・・・。
「・・・寒いね」
そういいながら、店のシャッターを開けると深呼吸をする。冷たい空気が肺を満たしていく。
そして、チーはもう、この世にいない。雪のふった日に腹や首から血を流して、倒れていた。ただの復讐なのかも知れない。吉法師は二年前、ある条件付で日本の軍属になった。
「第七戦略室」といわれるそれは自衛隊は召喚司達を指揮する部署を他国に遅れること二年前に戦略室を設営。日本に散らばる召喚司達を統括しようとしていた。
もちろん、協力を惜しまない者もいるが大半はそうではなかった。
その理由として、身の安全である。その全てを剥奪され、死人ととして扱われることが多い、よって死のうが死ぬまいが、関係ない。
それが、召喚司としての責務だのナンだのというわけである。
待遇もいいものではない。
が、吉法師はあえて、軍属になる事を望んだ。師であり、育ての親であるリーの敵を討つために。
「おはようございます。、マスター」
店先に赤いチャイナドレスを身に纏った女性が現れる。前髪が目にかかっており、その表情は読み取りにくい。
そして何より人目を引くのはその透き通った肌と、胸である。
華奢な体に似合わず豊満な胸はグラビアアイドルにも劣らない。彼女の名はレイファンという。
どこか、人間離れした美しさを持つ彼女だが、レイファンは人間ではない。
「キョンシー」といわれる・・・吉法師の使い魔である。
「今日は、軍部の方々は来られるのでしょうか?」
「わからん・・・辞令が出れば来るんだろうが・・・」
そう吉法師が言うと、レイファンは頷き店内に消えていく。吉法師の店は「天安茶房」というお茶屋である。
本格的な中国茶を淹れていることもあってか、それなりに人気を博してはいる。
この中国茶というものは、種類によって淹れ方が全く違う。
「マスター、札です・・・」
レイファンがそういって持ってきたのは赤い封筒だった。どうやら、第七戦略室からの指令らしい。しかも、かなり危険な・・・。
通常、指令は赤ではなく白い封筒が届くのだが、この赤は「命にかかわる」指令にのみ使われる。
そこには一言のみ書かれていた「この手紙を見たら、至急司令室にまで来い」。
「・・・」
吉法師はため息をつくとそれをレイファンに渡すと、あけたばかりのシャッターを閉め店の奥に戻る。
「指令ですか・・・マスター」
レイファンに吉法師はうなずくと、黒い中華風のコートはおり、何か文字の書かれた剣と鈴を持つ。
剣を刀袋にしまい、鈴は懐に入れる。この二つは「召喚」を行うときに使う道具であり、吉法師には仕事道具である。
ここから、都内まではそんなにはかかりはしない。吉法師の格好は、いかにも浮いているが、この中華街ではあまり目立つものではないし、都内に出たところで、気に留めるものもいないだろう。せいぜい、少し特別な思考回路の持ち主くらいに思うか、太極拳だとか、そういう武術の大会でもあるのだと思うくらいであろう。それに、いちいちそんなのに気を止める程、東京のサラリーマンは暇ではない。
吉法師は電車に乗り込むと、ぼんやりと売店で買った週刊誌を広げる。やれ芸能人の浮気やら、政治家の不正やら、殺人事件の真相はこうだった。見たいな記事がでている以外はとりとめも無い記事が並んでいる。吉法師はそういうゴシップ記事みたいなものに興味が無い。
しかし、1つの記事が、吉法師の目に留まる。日本と友好関係にある小さな島国「ルビアン王国」でクーデターが起きたらしい。
ルビアン王国といえば、日本でもかなり有名なリゾート国であり、現王朝の善政によって治安もよく、犯罪も少ない・・・そんな国で起きたクーデターである。
何故か、この記事が目に止まった。何故だかは分からないが、きっとこれに関係する内容の任務だ。
「・・・・。」
吉法師が降りた駅は「霞ヶ関」付近である。日本の頭脳といわれる場所である。ここに第七戦略室がある。この戦略室は一応は自衛隊の一部なのだが、自衛隊と違い召喚司が独自で判断、独自で動くことを目的としており全くの別物として扱われている。しかも実際は死人扱いはされているが実際に生きている吉法師たちは法の適用外になるらしい。だから、死のうが生きていようが、この国には「いない」・・・この世には「いない」人物として扱われている。
扱い云々に関しては吉法師は興味が無い。むしろ感謝しているくらいだ。
霞ヶ関のビル郡を抜け、少し行くと少し古めのビルがある。何年間もそこに建っているらしいが、何処に所有者がいるのか、何の理由でここにあるのか不思議なそれは四方を草木が蔽い、ちょっとしたホラースポット的に見える。実際に何人か幽霊を見ただとか、変なのに追いかけられたとか言っているが、おそらく防衛用の使い魔を見ただけだろう。
ここが、第七戦略室である。外観は廃墟だが、中身は最新式の機材が入り、全国の召喚司を把握するに足りる設備が揃っている。
その一角に彼女はいる。吉法師は迷うことなく、その部屋を見つける。(所長室)と書かれた部屋は、混沌だった。
物凄い量の本棚とうず高く床に積まれた書類。何に使うのか分からない、羅針盤やら、人面の植物らしきもの。
中世の魔法研究室をそのまま作ったような環境である。
そこに、似つかわしくないのが二つ。黒檀の立派な執務机と革張りの豪華なリクライニングチェアーに座る幼女である。
「何の用だ?妖怪」
吉法師は幼女にそう言った。
「妖怪とは・・・失礼なもの言いだねぇ」
幼女はそう言いながら、手元の資料を吉法師に放り投げる。
「今回の任務・・・ま、お前さんなら、何とかなるだろうよ」
幼女の言に眉をしかめるも、吉法師はその紙の束を見る。
「・・・月下の旅団?」
その資料に書かれていたのは、やはりクーデターの起きたルビアン王国の皇女を守ること・・・護衛任務であった。
「そ。最近流行の召喚司達を使ったテロ集団・・・尋常な人間にしてみりゃ、あたし等は核兵器並みの危険物だからねぇ」
普通の人間には使い魔を扱うことは不可能である。もし、扱おうとしようものなら、召喚した途端に喰われるか、暴走して、殺戮の限りを尽くすことであろう。
何よりも、使い魔に並みの武器は通用しない。銃で撃とうが、戦車を持ってこようが、である。
だから、「月下の旅団」は、召喚司を従え、各地で暴れていられる。しかも、たちの悪いことに、その理念「召喚司の理想郷」を創り、いずれは召喚司が人類の頂点に立つ・・・これに、多くの召喚司たちが賛同、参加しているものだから喧嘩を買っても、軍隊では勝ち目が無い。
「で、その旅団が、何の用なんだ・・・この国に」
そういうと、吉法師は幼女を見る。
「ふむ、お前さんルビアンの皇女が、この国に亡命しとるのは知っておろうな」
幼女の言に頷く。
「国を乗っ取った月下の旅団は、この皇女ルシアンの命を狙っている・・・ま、見せしめに殺してしまえということらしいが・・・」
幼女はその外見に似合わず、さらりと恐ろしいことを言うと、笑った。
「いつの時代も、変わらぬものよな・・・人間なんぞ」
「で、俺にその姫を護衛しろってか?」
幼女が頷く。
「と、その前にお主にしてもらわねばならん事があるんじゃが・・・]
外へ出ようとしていた吉法師を呼び止める。その拍子か幼女の後ろで尻尾が跳ねる。
「妖怪、尻尾が出てるぞ?」
そう、吉法師が言うと幼女はさも当たり前のように「そりゃぁ、狐じゃからのぅ」と笑っていた。
この第七戦略室は、並の人間から見れば化け物の巣である。
「石燕を連れて行け・・・魑魅魍魎の類なら、彼奴が適任じゃ・・・それと、お主には京都に行って貰う」
幼女はそう言うと、再び机に視線を戻した。
召喚司にもいろいろ種類がいる。召喚司を呪い等々から守るための巫女。索敵を主とする索敵方といわれるもの。その他、雑務を担当する公事方。と多種に及ぶ、さらに吉法師の様なキョンシーを大量に使役している特殊能力を持つ召喚司は独自の権限を与えられたりもしている。
その権限を示す印をとって「葵」といわれている。
先ほどの狐・・・古里というのが、「葵」の一員である。そして、今から会いに行く「石燕」もまた「葵」の一員である。
「ぬぅ・・・」
石燕専用の部屋は紙で溢れ返っていた。それと、墨の匂いが充満している。
大抵の事には慣れている吉法師も思わず唸るほどのソレはこの第七戦略室でも異彩を放っている。
思わず、むせ返るようなそれに辟易しながらも吉法師は奥に進んでいく。
一段高くなった場所に石燕はいた。
「吉坊かぃ?」
そういうと、体は紙に向かったまま石燕はいった。
「あぁ」
何でも、代々、画家の家柄らしい石燕だが、そこいらにいる高慢で高飛車な芸術家と違い華々しいものとはかけ離れた物静かで温厚で・・・しかし「老猿」のような威厳を持ち合わせた人物である。
「さて、古里からいわれてきたんだね・・・」
「状況は?魑魅魍魎だとかいっていたが・・・」
石燕はうなずく。
「その昔、山に住んでいて旅人や武士達を襲っていた妖怪が京都に封印されているのだが・・・」
そう言って、手元にあった紙をわたしてくる。そこには虎柄の巨大な蜘蛛がかかれていた。
「だが、封印してあるなら、害はあるまいに・・・?」
「どこぞのバカが何を思ったかそれを壊して待ってるらしい・・・すでに被害も出てるみたいだしねぇ」
はぁ、と溜息をついて胸元に入れてある携帯用の筆入れに筆をしまう石燕は呆れたようにその紙に書いてある「魑魅魍魎」ついて話出した。
「そいつは、土蜘蛛。文字どうり蜘蛛の妖怪で、人を喰う」
「だが、随分おおむかしに退治されたんだろ、、、それ」
吉法師が物心着いた頃、聞いたことがある。
「そいつは、子供だよ」
そういって、石燕は吉法師を促すように外に出る。
夏でも無いのに湿っぽい風が顔を撫で、過ぎて行った。