じぃ
「王女様! またそんなはしたない格好でうろちょろと!」
「うろちょろなどしておりませんわ! 今しがた水浴びをして来た所なのです!」
「関係ありません! 少しは王の娘と言う事を認識して下さいませんと……」
「はいはい、分かりましたっ! ではじぃ、汗で湿ったこのローブを洗い場まで持って行って頂けます?」
「なっ……まさかとは思いますが、着替えをご用意していなかったと……?」
「もちろんですわ。この布が有れば体を隠せます」
そう言いながら体を覆っているそれをくいくいと引っ張っり、これが着替えだとばりに胸を張る。
対してじぃは右手でこめかみを押さえ、深いため息と共にがっくりと肩を落としたのだった。
実際にこの老人をじぃ、と言うのはこの城で私くらいだろう。
父上でさえこの人には敬称を付けて呼ぶ、アルゴン殿と。
この人は、城お抱えの王室魔道士であり、実力はイーグニスの中で5本の指に入る人物、なのだが、いかんせん幼い頃から私の世話役をしてくれていた為祖父のイメージが強い。
褐色の肌に節くれだった指、しわだらけだが静観な顔つきをしており、がっしりとした身体つきは一見すると魔道士には見えず、老齢な武道家といった感じだ。
「はぁ……わかりました。ただし! 王女様はちゃんと自室でお召変えになって下さいね?」
「言われずとも分かっております。あ、そうそう。私ミントティーが飲みたいですわ」
「わかりましたよ……すぐに使用人から持って行かせますゆえ」
「はーい。それじゃ宜しく~」
ひらひらと片手を振りながら項垂れるじぃの横を通り、自室へと続く階段へ足を向ける。
しかし、暑い。
先程汗を流したばかりだと言うのに早くも背中がじんわりと熱を帯びてきている、濡れた髪から伝わる滴が心地よい。
暦の上だと今は孟夏、お昼時なのでもう少し耐えれば徐々に気温は下がるはずだ。
城のてっぺんから水流魔法で城全体を濡らせば幾分か違うのだろうか。
そんな事を考えながら、カラコロと木で出来たサンダルの底を鳴らし、遥か上へと続く石段へ足を掛ける。
壁に手を付きながらのんびりと段数を進め、今日のお昼ご飯の内容を予想する。
暑いこの季節のお昼は、大概精力の付く食材が使われ、そして辛い。
辛い物を食べれば暑くなる。
何故そんな食材を使うのだろうか? まったく理解出来ない。
冷たい物と言えば前菜のサラダと食後の果物と冷製のコーンスープくらいで、メインは決まって肉だ。
昨日の昼なんて子豚を丸々焼いただけの物がテーブルに置かれびっくり、さらに「メインデッシュです」と言われてさらにびっくり。
暑さに負けて手抜きをしたんじゃないかと疑いを隠せなかった。
そんな私を知ってか知らずか、両親はにこやかにかぶりついていたのだが。
「はぁ……石壁が気持ちいいですわぁ……」
辛い料理を想像したのと、7割ほど昇った階段のせいで体の火照りがぶり返して来ていた、ぺったりと全身、頬まで密着させ熱の交換を試みる。
「うーん……どうにも気になりますわね。日が傾いてから彼の所に行ってみようかしら」
壁から身を離し、残りの階段をカラコロと上り、空のように青い絨毯をしばらく歩き、左に2度曲がった通路の右手にあるのが私の部屋。
そのまま突きあたれば両親の寝室がある。
石畳の乾いた音と違い、足音は絨毯に吸い込まれ、柔らかな布を踏む音がシンとした廊下に響く。
自室の前に着き、銀で塗装されたドアノブに手をかけてゆっくりと回す。
カチャリ、となったのを確認して、蝶番の軋む音を聞きながら中へと入る。
「そろそろ油を差さないと駄目ですわね」
控えめな音を立てて閉じた扉を背に、体に巻き付けている布を、木で編み込まれた籠へ投げ入れる。
同じく木で組まれた洋服棚から部屋着の貫頭衣を引っ張り出して、頭からすっぽりと通す、あと数刻もすれば食卓へ行かなければならないのだが、胸を支えるコルセット付きのドレスを着る気は起きなかった。
あの締め付けられる感じが好きではないからだ。
お気に入りの揺り椅子の側のテーブルには、こじんまりとした可愛らしいカップとポットが置いてあり、そこからミントの爽やかな香りが鼻をくすぐる。