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魔神少女と孤独の騎士(旧:異世界で魔王になる方法)  作者: ワシワシ/三月ふゆ
本編

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21/32

にじゅう

35




 宮廷魔術師のカーミラと赤の枢機卿が『鳥かご』を起動するらしい――

 神子ユウカの騎士であるロン・バーは情報通の侍女から話を聞いて、苛立ちがどうにもおさまらなかった。ユウカ付きではあるが、警護交代時にうろうろと魔法の塔付近まで足を伸ばし、敵対勢力の見聞でもするように鋭く様子を伺う。今日はとりわけ警護が厳しい。


「っち」


 木陰から警備兵の死角に身を寄せ、思わず舌打ちが突いて出た。

 毒をもって毒を制す――魔神を大迷宮踏破の礎にするための装置起動が本日行われると聞いている。

 毒はしょせん毒でしかない。いや、少量の毒が薬になることは知っている。

 しかし、よりにもよって魔神を利用するなど、ロンには狂気の沙汰としか思えない。不満と殺意で脳が煮え滾りそうだった。

 この少年の心には、『あの日』から憎悪の熾火がくすぶっている。

 彼の全てが崩壊した『あの日』だ。

 『大迷宮』の出現により、一国の崩壊を招いたザールの悲劇を嚆矢に、周辺国にも『門』から波状に被害が及んだ。大小の被害をまき散らすそれは、ロン自身にも破滅の嵐を運んできた。数字として無数に上がってきた犠牲者の中に、彼の故郷は無造作にそれこそ石ころのように放り込まれている。

 両親も。幼馴染の少女も。同郷の友人たちに気のいい隣人たちも。皆もういない。『大迷宮』から湧いて来た異形の連中に、嬲るようにして殺されてしまったのだ。

 ――許せない。

 この思いが、ロンを憎悪のるつぼに突き落とし、彼を永遠の囚人としている。この囚人は、決してるつぼからの脱出を望んでいない。自ら望んで業火に骨まで焼き尽くされたいと願っていた。

 彼の全てを奪った存在を許すべきか? 否。

 奪った存在はどうするべきか? その頂点である魔神は?

 全て殺すべきだ。少年は最適解を弾きだす。

 苦痛を。想像すらできないほどの苦痛を与え、むちゃくちゃに踏みにじってやりたい。あの汚らわしいネコノカ族のように、その顔を絶望で染めてやるのだ。

 地獄のような破壊衝動が、彼の内部を食い破らんばかりに暴れまわり、気を許せば今にも理性の綱を引きちぎって飛び出しそうになる。

 まずは手始めにあの囚われている魔神を嬲り殺してやりたい。酷い目にあわされた自分は、死んだ彼らの分も、復讐する権利があるはずだ。殴られたから殴り返す。許せないから殺す。殺しても殺したりない。この憎悪は収まらない。ロンは思いつめた顔で、飢えた犬のように塔の周辺をうろつきまわる。

 実行できるか否かで言えば、国の方針に逆らえるはずもなく、全ては妄想だ。しかし、ロンは何かをしていなければ気が済まなかった。無力化した魔神を前に、何もしない自分の存在を自覚することは耐えられなかったのだ。

 どうにかしたいという思いに突き動かされるようにして、一歩前に出た。

 その瞬間。

 ごう、と景色が炎に揺れた。


「な」


 なんだ、と慌てて周囲を見回すと、足元から蛇の舌のように炎がめらりと地を這う。蛇は彼の靴先を舐め上げ、「あっ」と声を上げた時には、たちまち巨大な炎格子が噴出していた。

 この地獄の光景を、彼はかつて見たことがあっただろう。

 炎に包まれる故郷の光景。

 顔面蒼白に汗を噴き出した彼は、空中にごうごうと回転する二つの車輪を見た。

 巨大な狂馬が、舌をべろりと出し、捻じれた四肢を車輪に巻きつけている。


(狂ってる)


 彼は幸いにして、最適解ならぬ真実に辿り着く。車輪の主はとっくに狂っていた。


「よぉおおおう。小僧」


 挨拶は軽快ですらあっただろう。車輪の真ん中の空間を、黄金の手甲に覆われた怪物の指がこじあける。恥じらい身もだえ絶叫する空間の裂け目を、両指で強引に引き裂いて、男はまずは上半身を、やがては全身を現界させる。


「な、何なんだお前は――魔神か!?」


 ロンが咄嗟に己の腰元に手をやり、抜剣出来たのは、その憎しみのなせる業であった。


「おいおい、無粋な真似はしてくれるなよ。俺はお前にいーぃ話をもってきたんだぜ」

「甘言に耳を貸すと思ったか――殺してやる」


 沸騰する頭で、どこか冷静な自分が見下ろしている。ユウカにどうにかして知らせなければならない。彼女がいれば、魔神を封じることができる。すでに実証済だ。そもそもこの異様な炎の空間に、誰も気づかないのは、異常だ。外部と断絶しているのならどうするべきか――と考えるロンに、魔神は車輪を蹴倒し、どっかりと腰を下ろすとこう言った。


「お前の大事な幼馴染やとーちゃんかーちゃん村のみーんな」


 次々挙げられる人々に、激昂するかとロンは腰の重心を低く落とし、


「蘇らせることができちゃうんだぜ?」


 次の言葉に、ロンの時間が止まった。頭が真っ白になり、十字剣を握る手が震えてくる。


「な、にを」


 車輪に腰かけた魔神は反り返ってげらげらと哄笑した。


「嘘じゃねえよ。これは本当なんだなあ! 知ってるか、小僧! もうすぐこの世界は崩壊しちまうんだよ。『大迷宮』の最下層にある『るつぼ』の泥。もう、こいつを、俺らは抑えきれねえ! 大津波がやってくるぜ。この世界全てを飲み込んじまう特大の大津波だ!」

「わけの、わからん戯言を」

 

 言いかけた顔面ごと、がっと黄金の手甲でつかまれる。


「聞けよ、小僧」


 いきなり距離をほとんどゼロに詰められ、笑っているのに瞳孔を開き切った目が間近にロンを覗き込んだ。


「泥がこの世界を飲み込んだら、俺らは『次の世界』へ行く。やり直しのチャーンス! 時間を千年は遡り逆行! お前の大切の人も生きてるぅうう! というか、生まれてすらいねええええええ!」


 顔面を掴まれたロンは動けない。それ以上に、混乱と期待で思考が停止する。やり直しの機会? まだ皆生まれてすらいない頃に戻って、もう一度今の自分がやり直せたなら。


(そうしたら、今度こそ、守れる)


 耳を貸すなと理性は訴える。どう考えても罠だ。世界の崩壊などありえるものか。しかし、彼の『世界』はたった一日で壊れてしまった。それが再び起こらないとどうして言える。そもそも、騙されようが騙されまいが、いったい自分に何が残る。誰もいない世界でひとりぼっちで生きて行くのか。それなら、夢見たっていいじゃないか。そんな風にロンは考えてしまう。


「だーけーどー、『やり直し』ができるのは限られた者だけー」


 思索からはっと顔を上げたロンに、誘惑者は腐りかけの果実でも掴んでしまったかのように、手を振って彼から距離を取る。


「俺達、『魔神』だけ」

「なんだと」

「『魔神』は神様ですからあ。魔ってのは空間や時間の裂け目やさかいにわくもんだ。世界の境界ボーダーを越えられるから、『魔神』なんだよ、僕ちゃん」


 よろよろと、ロンは引き込まれるように一歩、二歩、前につんのめる。


「どうしたら、やり直せる。俺もどうしたら」


 魔神になれる――そう言いかけて、ロンは凍り付く。たやすく術中にはまっている。分かっているのに、やり直しの方法を尋ねずにはいられない。ロンは切望している。やり直したい。もう一度やり直したいのだ。チャンスがあるのなら、髪の毛一筋の藁にもすがりたい。その端を魔神が握ってにやついていたとしても、振り払うことができない。

 魔神は人差し指を振った。


「なーんと今ならお得! ちょっと俺に協力するだけっ。ちょっと時計の針をはやめるだけ。どうせ崩壊するから、多少ぶっ壊してぐちゃぐちゃにしても大丈夫。俺もお前も良心なんて痛まない! てか俺の良心はすでに欠片もない。お前もどっちかってーと良心粉砕されてるよな、ひひひひひひひひ!」

「だからどうすれば!」


 焦れたように踏み出したことで、ロンは天秤が傾く音を聞く。もはや後戻りはできない。する気もない。

 不意に、目の前の魔神から笑みが剥がれ落ちる。


「泥に身を浸せ。迷宮の最下層にある『るつぼ』の狂気と憎悪に身を任せるといい。かつてこの俺がそうしたようにな」

「――ッ」

 

 息を呑むロンに、魔神は両手に炎をまとわりつかせた。


「魔神は全て元は人。世界の終焉を憂いた観測者がその始まりだ。当時びっくりしたそうだぜ? まるで急に見切りをつけられたみたいに、ある時点からさっぱり未来がない。無数に視える未来への道がどれもある時点から断絶している。そう未来視できる連中が騒ぎだし、実際世界は終わり――絶望だろ?」


 荒唐無稽な話だが、ロンはぎらつく目で話を促す。どうだってよかった。自分がやり直せるのなら、他は些末な事だ。


「先達は、その時世界崩壊の原因を見つけた。大迷宮最下層の『るつぼ』だ。いや、逆だな。謎のエネルギー源を、大量の犠牲を生み出しながら、一時大迷宮に封印したのさ。これが『るつぼ』だ。このエネルギーは世界を滅ぼす元凶だが、使い手があってな。崩壊する世界から別の世界へ跳躍するエネルギーとして使用された」

「別の世界というのが、やり直しの世界か」

 

 皆が生きている世界なのか、とロンは粘つく喉に唾を流し込む。


「ああ。元の世界が壊れると同時に、新たな世界の再構成が観測されたんだ。俺たちの壊れた世界を元に構成されたのか、正体は分からねえが、壊れたおうちの隣に、新しいそっくりなおうちが気づくと立ってたから、引っ越ししようぜってことになってな。うちを壊した謎のエネルギーを使って隣に『お船』で移動したんだなあ。『るつぼ』のエネルギーはそのまんまじゃ使えねえから、試行錯誤に異種エネルギーで調整したり封印したり大変な作業をこなし――どうでもいいか?」


 反応の薄さに魔神は肩をすくめ、続ける。


「初期の魔神から途中脱落参加は様々な理由だが、世代交代が進んでね。俺もそろそろ引退ってとこだ。俺は正当なる歪んで腐ってどうしようもねえ理由で魔神になったから、後継も同じような奴を引っ張ってくるつもりで、お前が選ばれた」

「ふざけ」

「ふざけてねえ。俺はな、このまま消えるなんざまっぴら御免なんだよ。俺が俺でなくなるなんて許せねえ。世界が消えるなら、俺のまま次の世界に渡る。もう渡れねえなら、次の手考える。俺は俺のままでなければならない。俺じゃないだなんて許せねえ。さいっこーな俺は俺自身だけで十分だ。俺じゃない俺が生きる世界なんていらねーんだよクソが」


 自分が自分であり続けることへの強烈な自負と執着。黄金の魔神はその威圧だけで、全身金色の炎が噴き出すかのように見える。


「だからな、取引しようぜ、小僧よ。俺もお前もWINWINでハッピー! 大丈夫、お前ならできる! 簡単よい子! というわけで、眠れ」


 魔神は人差し指をタクトのように上から下へとふった。ロンは指示とおり、がくりと膝をついた自分に驚愕する。本当に動けない。瞼が重い。引き込まれていた心の空隙を突かれたのだ。術中にはまるとはまさにこのことか。


「俺のためにー俺のためのー全て俺のためー触媒になってもらっちゃうんだなー聞こえてないだろ?」


 いいや、まだ聞こえている。そうロンは必死に瞼を押し上げる。このふざけた口調の魔神をロンはどこかで見知っているような気がした。


「自己紹介遅れてごめんなあ。俺は『戦車』だ。本当の名前はいくつもの世界のどっかに忘れてきちまったよ。名前は忘れてもぺらぺら喋るのだけは治らねえ。もう聞こえてねえな。ま、せいぜい憎悪と絶望に身を焦がしてくれよ。元気なソウルゲットー! おーすげーすんげー歪んでるーひーっひひっひひひひひひひひひひひひひひひ!」


 


F4-Attack


 『ファースト階層』と呼ばれていた時制、K大学附属病院の病棟待合室のソファに、辻境滝彦は腰を下ろし、顔面を片手で押さえた。

 目の前が一瞬ぶれたかと思うと、とてつもない眩暈が彼を襲ったのだ。ようやく収まったそれに顔を上げた時、共に来た篠原七子の姿は消失していた。


「行ったのか」


 それとも、戻ったと言うべきか。青年は眩暈を払うよう僅かに頭を振り、立ち上がる。時間は無限ではない。滝彦は病室に戻ると、かねてから考えていたとおりの質問をした。瑞樹夫人は不思議そうにしていたが、心当たりがあるのか頷く。


「ええ。見た気がしますけれど。でも、いつの間にか消えていました。捨てるはずもないのにどこにやったのかしら」


 質問内容に、首をかしげているのは礼津も一緒だ。結局二人は夫人に一礼して、病院を後にすることになった。


「何やったんやあの質問」


 コンパスの差であろうか、せかせかと遅れがちに歩く礼津が尋ねるのに、滝彦は「あるはずなんだが」と独り言を言う。


「お前、俺と会話する気あるか? なあ、あるんか」


 頭から湯気を出しているとアピールする従兄弟をうっとうしそうに一瞥して、滝彦は駐車場で携帯の電源を入れる。着信履歴があった。祖母からだ。直観的に電話マークのボタンを押す。僅か3コールで祖母が電話口に出た。挨拶もそこそこに用件だけ聞く。素早く画面を戻して聞き出した電話番号をメモすると礼を言って通話を切る。


「おい、何や何や」


 わけわからんと言う礼津に、滝彦は「篠原夫人がやってくれた」と口元を吊り上げる。


「は?」

「こっちに来たのは、篠原夫人もだ。僅かな時間だったのか分からんが、刑務所から夫当てに連絡してくれている」

「へ? 刑務所って連絡できるん?」

「何のための面会と差し入れだ。手紙の発受信もできる。発信に回数制限はあるがな」

「あ、そっか」

「俺は連絡先が変わっている可能性もあったんで、確実な本家の方を仲介に、住所電話連絡先を事前に打ち合わせておいたからな。ばーさん経由で篠原氏の連絡先を聞いた」

「ほーそうかそうか。で、篠原氏はおうてくれそうか」

「会ってくれるだろう。会えなくても、電話で分かればいい」

「何が?」

「ここが最初の世界だというなら、あるはずなんだ」


 滝彦は繰り返した。


「全ての元となる『黒い本』――篠原七子の創作ノートだ」


 一拍置いて、礼津は「へ?」と間抜けに返した。


「ちょ、待って。あれ、七子ちゃんが描いたんか?」

「最初に。そして、現行であれは描き続けられている」

「え、あ、おー。わけがわからん」


 無視して、滝彦はナンバーキーを押す。コール。相手が出た。篠原氏だ。滝彦は思う。転居されている。場所は遠い。県外だ。時間がない。今の内にできるだけ話を聞き出す必要がある。


「分かりました。ええ。はい。そうですか。そのノートは? 遺品の最後数ページが紛失している?それはいつ? ――分かりました。あと、お願いが――ありがとうございます。はい。ええ。必ず。変えてみせます」


 通話を切り、滝彦は身体の奥から溜息を吐き出した。


「つながった」


 全部だ。必要なピースは全て拾った。保険の篠原夫人が金星を挙げてくれた。


「うおいっ、ひとりで分かっとらんで、俺にも説明せい!」


 ついに我慢の限界に達したのか、自動車を蹴飛ばす勢いで礼津が突き上げる。


「ああ。結局な」


 滝彦が車のロックを解除すると同時、礼津が神妙に相槌を打った。


「おう」

「本の中にいる篠原七子に全部任せるしかない」


 従兄弟は何もない駐車場の床で器用に滑る真似をしてみせた。


「芸達者な奴だな」

「お前俺に喧嘩売っとるんか。なんもでけんて」

「とりあえず、移動するから車に乗ってくれ」

「へいへい」


 二人は車に乗ると、附属病院の立体駐車場を下って行く。滝彦は運転しながら続きを話した。


「ダメ元で篠原夫人にはもう一つ保険をかけている。さっき念押しもした」

「は? 俺何回『は』と『へ』を言えばええん?」

「お助けキャラだ」

「は?」

「元になる媒体に、篠原氏に絵を描いてもらっている。何の効果もあるともないともしれんが、最初の元凶に筆を入れる意味は全くないとは言い切れない。何より、ご両親の思いが届かないとは俺は思いたくない。ああ、ノートの切れ端か何かを篠原夫人が受け取って、彼女も描いてくれている」

「そっか」


 礼津は簡単に返事して、「そうやな」ともう一度頷いた。滝彦は時間を気にしながらも車を走らせる。


「これから篠原氏と合流する。俺達も一筆二筆入れさせてもらおう」


 多くの人が望んでいる。

 ――七子、がんばれ。

 彼女の両親はそう願って絵を描き入れる。

 ――篠原七子、がんばってくれ。お前に未来はかかっている。

 この二人の青年もまた。




 



 


  

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