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じゅうさん

 →-7


 山岡中学校進路指導室には現在、奇妙な面々が集っていた。

 田所と弓枝の教師二名、保護者一名、大学生二名、卒業生一名の計六名に、目の前で消失した生徒一名、そして――


「ファースト階層のCHIPSはどうだったかしら?」


 喋る本一冊を加えることとなる。


「そ、そんな」


 絶句し、上半身ごと会議用テーブルにすがりつくようにして目の焦点が合わなくなっているのは、保護者の篠原瞳子だ。それも仕方のないことだろう。娘の七子が自殺し、自分が報復殺人を行ったという『未来』を新聞記事などの形で見せられたのだ。手の込んだ悪戯だと言うには、事態はあまりにも現実離れしてしまっている。滝彦は、ぐしゃりと自らが書いたタイムテーブルを握り潰して本をにらみつけた。


「Xデイ、運命の分岐点の日と俺は勝手に今日を呼んでいる。2010年7月13日、篠原七子は何らかの形でクラス内のヒエラルキーを最下層突き抜けたどん底まで失墜する。つまり、この加害者生徒達の箍が外れる何かが起こり、何をしてもいい存在になる」


 正気ついたものか、瞳子は滝彦を射殺さんばかりに凝視したが、彼女は血の気を失った唇を痛いほど噛んで自らを抑えつけた。


「続けてください」

「ええ、言われずとも」


 滝彦は気遣うそぶりも見せずに、淡々と口にする。なぜか黒い本も静聴するつもりか、沈黙している。


「この原因に直接かかわりをもっているのが、瑞樹優花だと推論する」


 今度反応したのが瑞樹有――優花の兄である彼もまた、ぐっと堪えるように拳を握りしめた。


「瑞樹優花が、篠原七子から彼女の創作ノートを借り受けたのが前日、7月12日だ。翌朝、篠原七子は、ノートをクラスメート全員に回し読みされ、失笑を浴びる。これが今朝。この後、ループ回によって、大まかに傾向は2つに分かれる」


 本はやはり何も喋らない。不気味な沈黙を保っている。


「第一に、怪異ルート。篠原七子、瑞樹優花が黒い本に食われて本の中に連れ去られる。翌日死体発見やそのまま行方不明となるケースだ」


 礼津は頷いた。彼はこのケースが前回だった。


「第二に、自殺ルート。およそ三か月後に、篠原七子は自殺する。これはおそらく、この新聞記事の内容に近いことが起こっていると推察できる。『ファースト階層』とやらで起こったというのがこのルートなら、これはほとんど『最初の階層』でおこった『正史』に近い動きなんだろう」


 違うか? と本に冷ややかに問えば、「……そうかもしれないわね」と慎重な回答だった。奇妙なことに、本は躁状態に振れた針が、小康状態へと揺り戻されたかのような反応だ。


「俺にとって、一番謎なのが、お前の目的だ。篠原七子に関わる連中を苦しめるのが目的のように執拗かつ残虐にふるまうこともあれば、まるで篠原七子のろくでもない運命を緊急回避させるためふるまっているようにも思える」


 本は応えない。黙って聞いていた礼津にも思い当たる節があった。篠原七子を苦しめて殺そうとする意志を、確かに彼はあの狂気じみた絵本の世界から感じた。圧倒的な憎悪。それは、間違いようもなく、あの子供が狂ったように描き続ける世界から、色彩の絶叫となって迸っていたのだ。しかし、今回、新聞記事を見せたのは、果たして悪意によるものだろうか? 礼津にはそうとは思えなかった。CHIPS。欠片。断片。礼津達は、これから起こる事件に対して、運命を覆すためのヒントを与えられたのではないか。彼はそんな風に思考せざるを得なかった。


(ん、せやけど、それやとおかしないか。なんで、本に食われてる挿絵の篠原七子ちゃんは、黒いストッキングはいてるんや?)


 以前は絵本の挿絵だからと気にしなかったが、今日を描いたものなら――もう季節は夏だ。違和感を覚えた礼津は、保護者の瞳子を見やった。次に田所を。さらにもっと強烈な違和感が胸元にせり上がる。


(何で、今まで疑問に――篠原七子ちゃんは、ずっと)


 そう礼津が混乱しかけた瞬間を計ったように、滝彦はくるりと瞳子を振り返った。


「お母さん。今更なんですが」

「は、はい」

「どうして、娘さんに7月だというのに『冬服』を着せているんですか」

「――え?」


 虚を突かれた形の瞳子は、むしろ頭が真っ白になったようだ。困惑げに周囲を見て、「え?」と自らの額にほっそりとした指を当てる。今度は口元に。目を見開き、絶句している。その困惑は、居合わせた全員に伝播した。彼らもまた、誰一人おかしいとすら思わなかったのだ。あまりにも、自然で、当たり前で、全く疑問すら抱かなかった。


「なるほど」


 滝彦は納得したらしい。


「俺達は、ある程度視覚情報に対して違和感を持たないよう『ここ』を操作されていたようだ。それとも、『誰か』は全くおかしいと思わなかったから、俺達もそうだったのか」


 礼津には、滝彦が何をどう考えて結論にいたったのか全く分からなかった。


「おい、滝彦、一人で結論出しとらんと説明せえ」

「状況証拠だけで犯人告発するほど恥知らずなことはできないね。まずは全くこの件については喋る気のない――喋れないのかもしれないあんたに聞く」


 今度こそ、滝彦は本に問うた。


「『ファースト階層』とやらに、全員行けるのか。行って、ここに、この時間軸には戻って来れるのか」


 ようやく、本は身を震わせた。


「――全員行けるかといえばイエスでノーね]


 はっきりしないと滝彦が睨むと、立て板に水で説明を加える。


「『ファースト階層』はあんたたちからすると、未来であり、過去であり、現行でもある神の世界よ。行くだけで、とてつもないエネルギィが必要なの。辿り着いたとして、一瞬で引き戻されるかもしれないわ。それに、『ファースト階層』へは、貴方達自身が存在している必要があるの」

「つまり、自分自身に憑依するってことか?」

「そういうことね。貴方達は、たとえていうと、タイムスリップする際に、過去や未来の自分に今の貴方達を一時的に上書きする状態になる。これは、適合率が高ければ長時間憑依できるけれど、あまりにも性格思考が異なってしまっている場合、一瞬で弾かれてしまうかもしれないわ」


 礼津は、「えーっと、丸い穴に四角い積み木入れようとしてもダメってことか?」と独り言を言ったが、一同に無視された。彼は心底いたたまれなかった。

 

「例えば、篠原七子の母親である篠原瞳子なんて、適合率が低過ぎて多分エネルギィ損になるわね。誰が行くのか、慎重に決めることね」


 瞳子が、ぎりっと自分の手のひらに爪を立てたのを、隣に座った田所がそっと節くれだった手で覆った。同じく椅子に座っている弓枝は呆然自失状態で、目の前のやり取りが頭に入っているか定かではない。

 その前に、と滝彦は問いを重ねる。


「俺達は、時間軸で言うと、いつに飛ぶことになるんだ」


 自分がどうなっているのか。以前どうだったのか。人により、時期により、候補者は変わってくるだろう。本の言い方では、『未来』のようだが、とさすがの礼津も察する。瞳子の性格が激変するというのなら、篠原七子の自殺以降だ。報復殺人に至る前後で別人と化してしまっていてもおかしくない。


「そうね。どんなに早くても、2012年の6月28日以降となるわ」

「――篠原瞳子被告の地方裁判所、刑事裁判判決の日だな」

「だけど、それはきっと多分あなたたちにとっては外れよ。恐らく、既定事項は変えられない。すぐに弾かれるわ。少なくとも、望む結果を得たいなら、あなたたちは2014年に飛ぶ必要がある」


 本はまるで辺りを憚るように、声の調子を落とした。


「そう、2014年の10月1日よりも後に飛ばなければ、全ては無意味となる」


 10月1日。篠原七子の没年月日だ。


「三年後のその日に何かが起こるのか? 篠原七子の命日に?」


 滝彦が畳みかけたが、本はこう答えた。


「あたしが話せるのはここまでね。あとは自分たちで実際に確かめなさい。行きたい人だけ飛ばして上げるわ。でも、人数が増えただけ、滞在できる時間は減る。慎重に、決めなさい」


 もう一度、本は忠告した。




 

 CHIPS2 年表



2010年7月13日 X DAY

2010年9月23日 山岡中学校修学旅行 出発

2010年9月25日 山岡中学校修学旅行 帰宅

2010年9月27日 修学旅行明け休み

2010年10月1日 篠原七子 自殺

2010年10月8日 山岡中学校・いじめ暴行報復殺人事件発生

2010年10月9日 司法解剖の結果、男子生徒二名の死因判明

2010年10月10日 ○○署は篠原瞳子容疑者を「殺人、殺人未遂、銃刀法違反容疑」で○○地検に送検

2011年2月8日  ○○検察庁 遺族へ通知開始

2011年2月14日 精神鑑定結果により、篠原瞳子容疑者(被疑者)を「完全責任能力あり」として、検察庁は「殺人、殺人未遂、銃刀法違反」起訴

2011年10月20日 篠原被告人・第一回公判前整理手続き

2012年6月28日 地方裁判所、刑事裁判による第一審の公判判決 

2012年9月27日 篠原被告人○○刑務所入所

2014年10月1日 しsdfyghj;k:lp@09あうぴお@もぱ「れええええええなあlmな@(解読不能)


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