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じゅう

注意・作中にショックな表現があります。フィクションとしてご理解ください。

 31


 レジーナ河畔戦から一転、大陸の雄たるゲテナ統一帝国。

 これを統治するのは、神聖ティフの故女王アビゲイルをして、「困った坊や」あるいは「不遜を通り越して能天気な若造」と甚だ辛い評価をされていた弱冠二十七歳の皇帝である。

 故アビゲイル女王が歯にもの着せぬ批判をしたのは、ゲテナ統一帝国の方針が彼女のそれとはあまりにかけ離れていたためだ。

 すなわち、帝国はフロンティアである大迷宮の開拓を是としている。

 大迷宮とは資源の宝庫である。

 これに関して、各国の首脳陣は異論を挟むことはない。

 多少の魔物の出現程度であれば、彼らは帝国の方針にも賛同しただろう。

 しかし、大陸会議において、この大迷宮の活用と維持への転換は物議を醸すこととなった。

 問題は、大迷宮が出現から刻一刻と育ち、やがて地上に無視できない『瘴気』をまき散らす点だ。

 出現時は小さな影響だが、実りは失われ、大地は腐り、生物は疾病病魔に侵され、いずれ発狂する。

 正気が失われる、というのは正しくないかもしれない。


「異形と化す、か」


 ゲテナ統一帝国の頂点に君臨する皇帝ヴァレンタイン一世は面白げに『鳥かご』を覗き、手を滑らせた。

 魔道庁直下の研究機関である『塔』にわざわざ足を運んだのには、理由があった。

 この『鳥かご』だ。

 硝子状の楕円刑をした表面には、執拗なまでに呪符が貼り付けてあり、中を見通しにくくしている。

 封じてあるのだ。

 これは、中にある『もの』を、ことごとく無力化するための装置である。


「陛下、危険かもしれませんぞ」


 同席していたトーレス選定候が慎重に進言した。


「――魔神など」


 言葉にすることで、目覚めさせてしまうかのように、警戒する口ぶりのトーレス選定候に、皇帝ヴァレンタインは応えず、


「カーミラ」


 と宮廷魔道士長の名を呼んだ。


「これを人柱ならぬ要として、迷宮より発する瘴気を抑えることは可能なのだな?」

「ええ。赤の枢機卿メシ=ア殿の協力も得まして、準備は着々進んでおりますわ」


 妖艶な笑みを浮かべ、カーミラは報告する。


「封じには、神子ユウカ、増幅器ロン・バーを使用しておりますが、『夢』の循環がうまくいけば、これも不要となるでしょう」

「そなたの働きには期待しているぞ」

「おまかせくださいませ」



 

 →-6



 山岡中学校の指導室。

 木島礼津をはじめとする五名は、会議用折りたたみ式デスクの周りをパイプ椅子に座って取り囲んでいた。


「ん?」


 滝彦の用意したタイムテーブルを見つめていた礼津が面を上げる。廊下側が急に騒がしくなり、


「瑞樹さん、ちょっと引っ張らないで」


 と若い女の声が室内に聞こえてきた。


「先生こっちこっち」


 扉ががらりとスライドする。


「あ、やっぱり滝彦くんだー!」


 目を輝かせて飛び込んできたのは、瑞樹優花だった。その後ろから、担任の桃丘弓枝が顔をのぞかせる。


「もう瑞樹さんたら……あら、ええと」


 大学生二人に、卒業生一人、生徒の保護者、学年主任の取り合わせに、弓枝は、はっきりと困惑の色を浮かべる。

 若い女教師の戸惑いを無視して、学年主任の田所は淡々と注意した。


「瑞樹さん、指導室に入る際はノックをなさい。一言「失礼します」と言うのがマナーですよ」

「えー、はーい。ねえねえ、滝彦くんたち、どうしたの? もしかして私に会いにきてくれたの!? なんてねー」


 優花は舞い上がってしまっているようで、兄の有には目もくれず、頬を上気させて「きゃー」と盛り上がった。

 ええなあ、とうらやましげにみている礼津とは逆に、滝彦は用意したペーパーを仕舞い込むと、しぶい顔で黙り込んでいる。


「あの……」


 と席を立ち、口火を切ったのは七子の母である篠原瞳子だった。


「桃丘、先生。優花さん。あの、七子は……娘は、授業中、教室に、いなかったようですが、どこに?」


 弓枝も優花も面食らったように沈黙し、


「え、あの? 授業中って、四限目のことでしょうか?」

「あ、はい。先ほどの授業で、すが」


 消え入りそうな瞳子の言葉に、入口に中途半端に立ったまま、弓枝は首をかしげた。


「篠原さんでしたら、授業受けておりましたよ」


 担任である弓枝が、担当クラスの優花を見やると、彼女も頷いた。


「うん、おばさん。篠原さん、教室にいたよ」


 そして優花は続けた。


「ほら、一緒に今いるじゃない」


 狭い入口にたむろしていた彼女は、場所を譲る形で背後を示した。

 小さな黒い人影が俯くようにして突っ立っている。


「――ッ」


 がた、と立ち上がったのは滝彦、礼津同時だった。

 一方瞳子が当惑から憂いへと表情を歪め、


「何を、言ってるのかおばさんにはわからないけれど、止めてちょうだい。悪ふざけなの?」


 と尋ねる。

 今度眉をひそめたのは優花だ。


「おばさんこそ、何言ってるの? 篠原さん、ここにいるよ。おばさん、どうしたの?」

「優花さん、だから悪ふざけは止めてちょうだい。いないのに、いるなんて――」


 はっと瞳子は弓枝の顔を凝視した。


「まさか……担任の先生も加わって、こういう悪ふざけを日常的にやっているんですか?」

「え?」


 弓枝は気圧されたように顔面を強張らせた。


「篠原さんのお母さん、何をおっしゃってるんですか」

「止めてください。こんなこと、担任ぐるみでされたら……もしかして、いじめなんですか」

「え、ちょっとお母さん」


 たじたじとなる弓枝に、優花が眉を吊り上げて担任をかばう。


「おばさん、いいかげんにしてよっ、意味わかんないよ、弓ちゃん先生をいじめてるのはおばさんじゃないっ。意味わかんないほんと!」


 様子を静観していた礼津達は、咄嗟に止めようと手を伸ばした。


「おい、優花、止めろよ」


 兄の有が諌めたが、「お兄ちゃんは黙ってて!」と視線も向けずに一喝される。


「大体篠原さんが友達いないのは、おばさんのせーじゃないの!? 人の話きかないし、暗いし、それって篠原さん自身が悪いんだよ! 自分が悪いのに、おばさん、先生のせーにしないでよ!」


 見えない鈍器で殴られたかのように、瞳子はぐらり、と傾いだ。


「――止めろ!」


 虫の知らせによるものか、滝彦が叫んだ。


「篠原さんって」


 優花が憤懣やるかたないとばかり口を開きかけ、背後に立つ黒い塊が。


 ばらり。


 とほどけた。

 雲霞うんかとなった黒い虫の塊が空中に分裂し、広がり、大きな口となって少女を飲み込む。

 優花は「あ」とも「う」とも言う暇もなく、消失した。

 誰も動けない。

 動けなかった。


「――な」


 何。

 そう言葉にすることもできずに、弓枝がへなへなとその場に座り込む。

 瞳子は顔面蒼白で、凍り付いている。


「お、俺」


 何もできずに、目の前であっという間に妹を捕食された有はショック状態だ。

 あまりにも、急で突然過ぎた。

 これほどあからさまに怪異が目の前を横行するとは、誰しも思っていなかった。

 何度も惨禍に巻き込まれておきながら、仲間がいることで楽観視し過ぎていたのだ。

 優花が消えた後に、黒い本が転がっている。

 滝彦は本を拾い上げた。

 彼もまた青い顔をして、瞳子に問う。


「今のも、『見えなかった』ですか」


 瞳子は呆然とし、滝彦の言葉に答えない。


「『なかった』ことにする気ですか」

「お、おい、なんで七子ちゃんのおかーさん、今責めるんや」


 礼津が咎めたが、滝彦は無視した。


「あなたが全く無関係だとは思えない。俺は正直篠原七子も黒じゃないかと思っている。黒かもしれない篠原七子の数少ない関係者は母親であるあなただ。あなたはただ『見たくない』『知りたくない』だけなんじゃないのか。『見たくないものを見ない』ことでなかったことにするつもりですか――今回も」

「い、みが……」


 瞳子の切れ切れの言葉に、滝彦は追及の手を一切緩めなかった。


「あなた、本当に記憶の引き継ぎはないんですか」

「何、言ってるの、か。あのあれは、『夢』で……七子は、死んでな、か、あれは『悪い夢』で」


 震えだした瞳子の顔色は紙のように真っ白だ。


「ちょ、お母さん、とりあえず座ってください、ねっ。先生も、ほら、はい、座って座って」


 礼津が瞳子と弓枝二人を椅子に座らせる。

 瞳子は支離滅裂となっており、記憶継承自体を全く受け入れられなかったケースの見本はこれか、と礼津は愕然としていた。

 娘の死亡ときては、当たり前かもしれない。

 机の上に、滝彦は黒い本を置いた。

 ページをめくり、彼は言った。


「――物語が進んでいる。時間がないんです。協力してください」


 瞳子は虚ろな目で本を凝視した。 


「――だって、『夢』で、しょう」

「『夢』じゃありません。何もしなければ『現実』になります」


 押し黙り、瞳子は、小さい声で呟き、顔面を覆った。


「七子を、助けて」


 違うでしょう、と滝彦が本の中の少女を指さす。

 いや、少女たちを。


「一緒に、助けましょう」


 瞳子は嗚咽し、何度も何度も頷いた。

 礼津は事態はむしろ悪化の一途をたどっているにも関わらず、安堵しかけ、ふと見開きページに目を止める。

 絵に見覚えがあった。

 先日、教養教育の授業で『兎園会』にまつわる講義を受けたばかりだったため、記憶に直結していた。


「は? このはまぐりUFOみたいなん、『兎園小説』の『うつろ舟』じゃね?」


 何、と滝彦、有が同時に礼津の方を見やり、説明できるほどの知識がなくあたふたとしたため、現役教員の田所が説明のために口を開く。


「『南総里見八犬伝』という小説があるでしょう。この筆者曲亭馬琴が呼び掛けて集まった『兎園会とえんかい』で披露された奇談の一つを『虚舟』といいます。異様な風体の女がこの『うつろ船』または『うつほ船』に乗って浜に辿り着いたが、言葉も通じず、色々奇妙なところが多いので、困って村人は海に帰してしまったという話ですね。神霊や富貴や禍をもたらす他界から来訪する存在を『まれびと』と言いますが、外から来た『まれびと』を殺して富を得たから富貴になった。というような真相事例も考えられますね。また、『流す』といえば、木造の渡海船に出入りを想定しない入母屋造りの箱を設置し、中に行者が入って沖に流される『補陀落渡海』が思い起こされますね。これもまた他界である浄土を目指して行われたものです。浄土といえば、山中異界のマヨイガもまた人に富貴をもたらす事例ですね。そうそう、内にある生まれそこなったものや穢れを移した紙雛を外に流すケースもありますが……」


 はたと田所は口ごもり、気まずさを隠すように無表情で「脱線しました」と黙り込んだ。奇妙な沈黙が室内を支配する。


「盛り上がっているところ悪いんだけれどお」


 甲高く、おぞましい声が室内に響いた。

 滝彦と礼津、優はそれぞれに女性陣を庇うように飛び出す。

 ありえないことがありえている。


「やーだー、その反応ショックぅ」


 空中に浮かびあがり、べろりと舌を出す本から、彼らは距離を取った。

 本は激しくページを自動めくりしながらげたげたと笑う。 


「お母さんが認知してくれたからっ、セキュリティがゆるくなっちゃったわ! ファースト階層への扉が開いちゃうわよっ! 我こそはって勇者がいたら、冒険しちゃいましょ! ぎゃはははははははは!」


 腰を抜かしているものもいれば、今更だと気丈にふるまう者もいる中、ファースト……と滝彦が空中をにらみつける。


「一番、最初か。何が起こり、どうしてループが開始したのか、その最初の原因となった何かが分かるというのか」

「どうかしら、あ。あなたたち次第だけど、サービスしちゃうわよお。そうね、勇気があるなら、CHIPSをあげちゃうわ。事件後の新聞記事とネット情報。閲覧したければどうぞ~」


 本から黒い靄が飛び出し、蠢きながら切り抜かれた新聞記事のスクラップや印刷されたネット記事を吐き出した。

 彼らは目を通し、絶句することになる。




 CHIPS



<中学校三年女子生徒いじめ自殺 報復殺人の母親に有罪判決>


 故長女(当時15)の元同級生男子生徒1名を殺害、1名に重傷を負わせその後死亡するなど、殺人の罪に問われた○○市山岡町、無職篠原瞳子被告(35)の裁判員裁判判決で、○○地裁(○○裁判長)は13日、懲役6年(求刑懲役8年)を言い渡した。

 弁護側は、被告は犯行時、「心神喪失」状態にあったとして、「正常な判断能力は失われていた」と無罪を主張。

 鑑定医二人は、「犯行当時、被告の善悪の判断は完全に失われておらず、心神耗弱だった」と述べ、○○裁判長は動機や犯行前後の行動などを総合的に検討した上、被告の完全責任能力を認めた。

 起訴状によると、○○県○○市の山岡中学校で、4限目が始まる前に、同被告が教室に現れ、その故長女の元同級生三年生(15)の脇腹を刺した後、顔や頭を出刃包丁でめった刺しにして殺害、もう一人の元同級生の男子生徒(14)の顔や頭をハンマーで執拗に殴るなどして重傷を負わせた。他生徒二名に軽傷を負わせたが、駆け付けた教員三名に取り押さえられた。被告の故長女は一昨年10月に自殺。当時県警の取り調べでは、長女がいじめを苦に自殺したものとして、報復殺人に至ったと供述している。




<いじめ自殺 男子生徒関与6名 同級生女子生徒を暴行 動画撮影しインターネットに投稿 ○○県山岡中学>


○○新聞○月×日12時時45分配信


 ○○県□□市山岡町の山岡中学校で今年10月、三年生男子生徒一人(15)を殺害、男子生徒一人(14)に重傷を負わせた無職篠原瞳子被告(35)の長女(当時15)が、当時同じクラスの男子生徒六名に暴行され、その様子を携帯電話で動画撮影された上に、インターネット上に投稿されていたことが分かった。

 被害者の男子生徒らも暴行に関与していたとして、被告の夫は県警○○署に被害届を出し、受理されたことが県警への取材で明らかになった。同署は暴行容疑で捜査を始めており、学校関係者やかかわったとみられる生徒などから事情を聴取している。

 市教育委員会や同校によると、暴行に関わった男子生徒ら六名は6月初旬から末にかけて、放課後、長女を男子トイレや特別教室、関係の部室などに呼び出し、逃げられないよう取り囲んで脱衣を命じたり、スカートや下着を無理やり脱がせ、腹部や脚を殴る蹴るなどの行為を繰り返した。その様子は多機能携帯電話の動画機能で撮影され、脅迫材料として「命令」がエスカレートし、同年9月には暴行までいたった。


 動画は無料アプリによって加害者生徒らの間でやり取りされていたが、他の生徒にも流出し、10月にインターネット上に投稿された。公開した生徒は「特に深く考えていなかった」と話している。


 投稿動画は5分8秒間。男子トイレ内で、「やめて」「見ないで」という被害生徒の声や、周囲の加害生徒複数の笑い声などが録音されていた。



 被告の犯行は動画閲覧によるショックが犯行の直接動機ではないかとして、○○地裁初公判では弁護側と検察側による被告の「心神喪失」が争点となる見込み。


 被告の夫の報道陣への発表によれば、長女の自殺後に実施された山岡中学校の校内アンケートでは、その葬儀告別式で、加害者男子生徒らが「せいせいした」「いてもいなくてもかわらない」などの発言をしていたことが記述されている。




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