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「なぁ、男の娘って正直何がいいの?」
昼休み。
机を合わせて弁当を広げながら、竜太郎に聞いた。
「お? なんだたくちゃん、やっぱり君もこっちの世界に興味があるのか?」
「どっちの世界だよ……。いや、俺もこの質問はどうかと思ってるけどさ……」
あえてこんな話題を持ちだしたのは当然、ユウミの事が頭から離れないからだ。
こいつ相手なら冗談で済まされる話だし。
「じゃあ説明しよう! ところでこの絵を見てくれ」
竜太郎はスマートフォンを取り出して、画面を見せてきた。
青っぽい髪のボブカットの女の子がベッドの上に座って少し上を向いている絵だ。
「こいつをどう思う?」
「どうって……? よくある萌え絵だよね」
「まったくつまらない反応だね、『すごく……可愛いです……』ぐらい言えないの!?」
そう言われましても。
「可愛いとは思わんか?」
「思わないでもないけど」
絵の女の子は、ちょうど画面のこちら側を見るような視線を向けている。
多分、そこに立っている男を見上げるような構図なのだろう。
若干頬を染めた表情やベッドの上というシチュエーションと合わさって、可愛いと言うよりは扇情的に見える。
「よし言ったな? いいか、このキャラは男だ」
「……どこが?」
どう見ても女じゃねーか。
「男の娘ってのはそういうもんなんだよ。ちなみにこのキャラは『模倣少女ココミ☆イミテーション!』の敵幹部の一人なんだが、キャラ人気投票でココミちゃんを差し置いて一位になりやがった。俺はこの娘も嫌いじゃないんだが……っ」
「はぁ……」
どうでも良すぎて付いて行けない。
「とにかく、こういう可愛い女の子がいる。男なら見ればときめく。しかる後に実は男の子でした、となる。あるいは、初めから男だと分かっているにも関わらず可愛さにときめいてしまう。そうするとこう、罪悪感のような感情が浮かび上がってくるだろ?」
「ああ、そうだな。それはよく分かる」
昨日ユウミを見た時、まさにそんな感じだった。
俺の反応を見て頷いた竜太郎は、右手で握りこぶしを作って胸の前で構えると、
「その罪悪感が、たまらなく気持ちいいッ!」
「黙れドM野郎」
こいつに期待した俺が馬鹿だった。
「男の娘ならいいけど、男に罵られても嬉しくないよ? 罵るならあっきーを連れてきて」
「黙れドL野郎」
「ドLて。で、分かった? 男の娘の良さ」
「分かってたまるか」
結局のところ、“実は男”っていう設定を引っ付けられた女の子――矛盾してるけど――に萌えてるってことだろうか。
可愛けりゃOKって言われりゃ納得できる気もしないでもない。
「現実にそういう奴がいたらどう思う?」
ここで俺は一番聞きたいことを言った。
「ハァ?」
白けた目を向けられた。
「こんな可愛い子が三次元に居るわけないだろ?」
竜太郎はそう言いながらスマートフォンの画面を俺に押し付けてくる。
「いいか、可愛い男の娘なんてのは幻想だ。二次元の世界にしか存在できないんだ。現実の女装を見てみろ、どいつもこいつも広い肩幅とゴツい顔つきを隠そうともしないでちょっと化粧して安物のカツラかぶって野太い声で女言葉というよりオネエ言葉を喋り散らして! 挙句の果てに俺の大好きなキャラの格好で品の無いネタを披露して!! 脇毛ボーボーの巫女装束なんて見たかないんだよ!」
「わ、わかった、わかったから落ち着け」
そんな血走った目で力説するな。
怖い。
「っていうかそれって結局、現実でも可愛けりゃいいってことか?」
「そんなのがいるなら連れてきてみてよ。まあ俺は三次ではあっきー一筋だけど、可愛ければ許す」
結局なんであれ、可愛いは正義なのか。
こいつらしいっちゃこいつらしいけど。
「お前には会わせたくないな……」
「ん? なにそれ、もしかして本当にリアル男の娘がいるの?」
しまった、失言だったな。
「もしいたとしても、の話だよ」
俺はそう言って誤魔化しておいた。