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俺が通う赤里学園は、家から自転車で15分の距離にある。
可もなく不可もなく、と言った中堅レベルの学校で、トップレベルが東大や京大に行くか行かないか程度だ。
特徴と言えば野球部がわりと強いことか。
県大会では上位の常連、五年に一回くらいは全国に駒を進めている。
優勝は過去に一回らしい。
と言っても、一般生徒の俺には特に関係ない話で、去年の夏に一度、県大会準決勝の試合を応援に行ったぐらいだ。
ちなみに結果は敗けであった。
俺のクラスは二年C組で、男子十九人女子二十人の総勢三十九人。
少なくともいじめや授業崩壊などは起きていない。
「おっはよーたっくちゃーん!」
俺が教室に入った瞬間、朝から意味の分からないハイテンションで手を振りながら声を掛けてきた男がいた。
クラスメイトの高峰竜太郎である。
百八十センチ近い長身で整った顔立ちのいい男である。
もちろん一般論として言っているだけだ。
そこ、ウホッとか言わない!
たくちゃんって言うなという返しは一年生の間に散々やり尽くしたのでもはや諦めて、俺は教室後方、竜太郎の隣の席に座った。
先ほどのセリフでわかると思うが、こいつがいい男なのは外見に限った話で、
「やー、昨日の『模倣少女ココミ☆イミテーション!』面白かったよね! ココミちゃんマジ天使!」
このように、中身は非常に残念だ。
その残念な男が隣の席だという事実が輪をかけて残念である。
「だからいつも言ってるけどそんな深夜アニメ見てねえって」
俺もたまにはアニメも見るし、漫画やライトノベルも読む。
だからオタク趣味についてどうこう言うつもりは無いが、こいつの場合はもうちょっと抑えろと言いたくなる。
なお、『模倣少女ココミ☆イミテーション!』というのは、宇宙からやって来た不定形生物に変身能力を授かった小学生の女の子『写野ここみ』が、悪の組織の人間に変身して潜入し、内部撹乱と情報漏洩で組織を切り崩していく物語、らしい。
設定を竜太郎に聞いただけだから詳しいことはよく知らない。
「だからいつも見ろって言ってるだろ! ココミちゃんの可愛さを知らないとか多大なる損失だし!」
「はいはい黙れロリコン」
「俺の守備範囲がロリだけだと思うなよ! お姉さんも大好きだし熟女だってイケる! ふたなり・触手・男の娘みたいなアブノーマル系だってバッチこいだ!」
「うるさいっ! 朝から変なこと叫ぶな変態!」
竜太郎が熱いパトスを迸らせたところで、窓際前列に座っていた女子が立ち上がり、つかつかと歩いてきて奴の後頭部をひっぱたいた。
「もっとぶって!」「しね」
ゴキブリでも見るような目を竜太郎に向けているこの女の子は、クラス委員長の中津川明海だ。
身長百五十センチ(自称)のリトルガール。
身長が低いことは気にしているらしいので言わないのが約束だ。
「あっきー今日も元気にちっちゃくて可愛いね! あふん」
ただしこの空気の読めないロリコンの変態は除く。
「あふん」は中津川さんが追加でひっぱたいた時に漏らした喘ぎ声だ。
キモいからやめろ。
こういうやり取りはもはや恒例行事なので、他の人間もあまり気にしていない。
竜太郎はMだし(本人曰くMでもある、だそうだけど)中津川さんはSっ気があるので案外お似合いなのかもしれない。
そう言うと中津川さんが心底嫌そうな顔をするので、これも言わない約束だ。
そんな風に竜太郎と中津川さんがじゃれ合っているのを見ていると、
「おはよう、全員席につけー。出席取るぞ」
我がクラスの担任が登場した。
中津川さんは自分の席に戻っていく。
「たくちゃん……。俺幸せ」
中津川さんに叩かれまくっていた竜太郎が恍惚とした表情で言った。
ほんと黙れよ変態。
というか、何で中津川さん竜太郎のこと叩くんだろうな。
悦ばせたいのか?
見たところ、恋愛感情を抱いているようにも思えないんだけど。
などとどうでもいいことを考えている内にホームルームが終了し、俺は授業用に頭を切り替えた。
『模倣少女ココミ☆イミテーション!』
ちょっと書いてみたくなった。