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翌日。
悩んでても朝はやって来る。
いやらしい笑みを浮かべた月曜日が、「やあ」と言いながら覗きこんでくる。
まあ、悩んでたって言ってもしっかり寝たんだけどな。
人間寝ないと馬鹿になるし。
それに人間寝るとどうにもならない悩み事を考えるのをやめることができる。
これを秘技・寝逃げと言う。
というわけで程よくリセットされた俺は、いつもどおり朝食と弁当の準備をしている。
この家には二種類の人間がいる。
料理のできる人間と、料理のできない人間だ。
料理ができるのは母と俺、できないのが父と弟である。
特に優馬の料理は凄まじく、食べた者を地獄の最下層、嘆きの川へと誘う。
何事においても優秀な優馬の唯一の弱点である。
ついでに言うと、母は料理は上手だが朝に弱い。
したがって、必然的に朝ご飯を作るのは唯一の戦力である俺にならざるを得なかったのだ。
ちなみに俺が料理をできるようになる前は、前日の作り置きとインスタント食品で済まされていた。
我が家の両親は夫婦共働きであり、一家全員会社と学校に弁当を持って行く。
そういう訳で、俺が朝用意しなければならないのは四人分の朝食と弁当で、これがなかなか結構な量なのだ。
俺がベーコンを刻んでいると、
「おはよう、拓真」
体格のいい中年男性が現れた。
俺の父親、瀬川京介である。
アメフトでもやってるんじゃないかという感じの外見だが、職業は雑誌編集者。
バリバリの文系である。
「おはよう父さん。朝メシもうちょっとでできるから待ってて」
そう言いながら料理を続行。
今日の朝ご飯はスクランブルエッグにベーコンとほうれん草の炒めもの。
フライパンを熱している間にほうれん草を刻んで、ベーコンと一緒に炒める。
その後同じフライパンで卵も炒める。
「おはよう父さん、兄貴」
大体出来上がったところで、優馬が登場した。
台所に少し顔を出すと、すぐに両親の寝室に向かう。
母を起こすのは優馬の役目だ。
なぜかというと――、
寝室から破壊的な音が響いた。
家全体が少し揺れる。
「おー、今日は派手だな」
新聞を読みながら父がのんきな声を出した。
母は朝に弱い。
ものすごく寝起きが悪く、その上寝ぼけると体に染み付いた柔道技を繰り出して来るのでたちが悪い。
下手に起こすと返り討ちにあうのだ。
優馬は空手で鍛えているので、異種格闘技戦になるが大抵避けることくらいはできる。
――けど、あの音は投げられたんじゃないかな。
まぁ、受け身は取れるだろうし、家具とか壊れてなきゃいいけど。
俺達が小さい頃は母を起こすのは父がやっていたらしいが、相当苦労したらしい。
噂によると父は武道はからきしなので、せめてダメージを軽減するために体を鍛えたという話だが、真偽のほどは分からない。
しばらくして、そんな月を見た戦闘民族みたいな母が、
「……ぉおお……おはようござうす」
ぼさぼさの頭でのろのろと歩きながら優馬と一緒に現れた。
ござうすってなんだよ。
「……あれ……息子が……二人?」そこ疑問に思うポイントじゃねぇ。
母はだいたい毎日こんな感じだ。
一応人語を話せる状態になっていれば暴れることはない。
母、祥子。
三十五歳。
十六の息子がいるにしては十分若いが、見た目はさらに若い。
大学生と言われても、初対面の人間なら信じるだろう。
職業は化粧品メーカーの営業。
確かにこの若々しい外見を活かすには最適の職場かも知れないが、すっぴんでも十分若いので化粧品関係無いじゃんとか思う。
ちなみに父は四十五歳。
もともと母と十離れている上に歳相応の見た目なので、時折色んな疑惑を向けられるとか。
……深くは追求したくない。
ひとつ言えるのは、今日も我が家は平和である、ということだ。
異議は認める。