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……どうしてこうなった。
冷静に考えてみると、俺の対応は相当無様だったような気がする。
最初から最後まで混乱していたし……。
でも、本当はどういう対応をすれば良かったって言うんだ?
あいつは頭がいいし、人の気持も分からない訳じゃないから、俺が嫌悪感を示したり叱りつけたりしたら、女装は止めるだろう。
でも、そんなのはただの押し付けだ。
趣味嗜好の問題は、抑えることはできても根幹からどうにかできるものではない。
人間誰しも変な部分はあるし。
多くの男性が女になってみたいと思ってるって○先生(あれー? 一文字だから伏せたら誰だか分からなくなっちゃいましたよー?)も言ってたしな。
あいつがあれで楽しいなら、それはそれでいいと思う。
でも、常に危険は付きまとっているんだ。
例え俺が認めたところで、世間にバレたら心ない事を言われることもあるだろう。
そうなったら、あいつは傷つく。
だからバレないようにしないといけない。
究極的には、女装趣味を捨てさせることが、解決策の一つにはなるんだ。
……あー、やめだやめ!
俺が一人でぐちぐち悩んだって答えの出る問題でもないし、まだ大きな問題が起こったってわけでもないんだ。
それに、そう、優馬は天才だ。
趣味が突き抜けてて周りがごちゃごちゃ言っても、ねじ伏せられる実力がある。
自分のことは自分でなんとかする男だ、あいつは。
俺が心配してやるようなことはない。
任せてりゃいい。
そう考えると結局のところ、俺が出来ることもやらなきゃいけないこともないわけで。
だけどどうにもモヤモヤした気持ちが収まらない。
でも、ほら、わかるだろ?
いきなり弟が妹になってて、はいそうですかと割り切れるような奴って普通いないと思う。
まあ、別に本当に妹になってしまったわけでもないんだけどな。
妹かぁ……。
そう言えば俺、昔は妹が欲しかったんだよな。
優馬が神童だとか言われ始めてからだんだん距離を置くようになって、喧嘩もしなくなったけど、小さい頃は男二人の兄弟でしょっちゅう喧嘩してたから、妹がいる友達が羨ましくて、何度も「妹が良かった」って言ってた気がする。
……あれ?
もしかして、優馬が女装始めたのって、俺のせい?
まさかな。
俺はそこまであいつに影響を与えられたりしない。
そうすると、どうしてあいつは女装を始めたんだろう?
いつから?
今日のあの姿を見る限り、化粧とかウィッグとか着こなしとか、相当研究してるよな。
まぁ、あいつは何やらせても人並み以上にできるから、案外簡単にできたのかもしれないけど。
服とか、どこに隠してたんだろうか。
母にバレずに洗濯するのって相当難しいぞ。
そう言えばあいつあの女声どうやって出してたんだ?
……やめようと思ったにも関わらず、結局また悩み続けてしまった。
しかも後半だんだんどうでもいいことで悩んでた。
というか、あまりに衝撃が大きすぎてこれ以外のことが考えられない。
気分転換が必要だ。
俺は外に出かけることにした。
――部屋を出た瞬間、隣の部屋から出てきた優馬と遭遇した。
「お、兄貴。出かけんの?」
「……お、おう。ちょっとな」
タイミング悪っ!
つーか何?
何でお前そんな普通なの?
既に普通の格好に戻っていた優馬は、まるで何事もなかったかのように俺に声を掛けてきた。
こっちはお前のことでこんなに悩んでるって言うのに!
「そっか、いてら」
妙にスッキリした表情で手を振る弟に、力なく「……おう」と返して、俺は玄関に向かった。
さて。外には出たものの、どうしよう。
特に用事はない。
単に部屋の中で悩んでるのが嫌だっただけだ。
とりあえず家から歩いて三分のコンビニに行き、表紙に若干皺が入ったマガジンの立ち読みを始めた。
よく考えたら四日前に友人から借りて読んだんだった、と気づいたのは、巻末のレポート漫画を読み終えてからだった。
……だめだ。
完全に内容が頭に入ってなかった。
気がつけばもう空は暗くなっていて、そろそろちび○子ちゃんの始まる時間。
別に見てはいないけどさ。
晩御飯までには帰らないと母に怒られる。
夕食時も、優馬は平常運転だった。
両親は何も知らずにいつもどおり。
俺一人だけ心ここにあらずで、せっかくの唐揚げの味も良く覚えていない。