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「どうって?」
優馬は首をかしげた。
「お前がロリコンだろうがガチホモだろうが「いや、ロリコンでもガチホモでもないよ?」分かってるよ。他人に迷惑かけない限りは自由だと思ってる。だからお前が女装してても構わないとは思う。でも、正直に言って、これからどうやってお前に接したらいいか分からない」
「う……、そうだよね」
優馬はしばらく黙考すると、
「四つお願いがある。けど……」
おずおずと言い出して、迷ったように言葉を切る。
「とりあえず言ってみろ」
「……うん」
優馬は右手の人差し指を上に向けて立てる。
「一つ目。“僕”が男の格好をしてる時は、今までと同じでいい」
「ああ、分かった」
続けて、中指を立てる。
「二つ目。“私”が女の子の格好をしている時は、女の子として扱ってもらえると嬉しい」
「……努力はしてみる」
「ん、お願い」
薬指を立てる。
「三つ目。この格好の時は、“ユウミ”って呼んでもらえるといいな」
「ユウミ、ね。なるほど。まあ、呼び名が変わるだけだしな。間違ったらごめんな、ユウミ」
「OK、ありがと。それから――」
小指を立てる。
「“お兄ちゃん”って呼んでも、いい?」
「さっきから呼んでる気がするが、それって重要か?」
「重要だよ!」
優馬――もといユウミは何故か真剣な顔になって身を乗り出す。
剣幕に押されて、
「まあ、それくらいなら」
と答える。
女の子を演じるなら、「兄貴」は確かに少々そぐわないしな。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
俺の返事を聞いて、何がそんなに嬉しかったのか、ユウミは満面の笑みを浮かべた。
「――っ!!」
俺は絶句した。
何って、それほどまでの破壊力だったのだ。
ユウミの笑顔が。
正体を知らなかったら多分、惚れてた。
相手が俺じゃなかったら危なかった。
こいつ、このまま放っておくと、思春期の中学生男子の黒歴史製造機になる可能性があるんじゃなかろうか。
……ま、まあ、実害があるわけじゃないからいいか。
黒歴史と言うなら俺にもあるし、そもそもユウミ本人が一番黒歴史積み上げてるしな。
「どうしたの?」
フリーズ状態に陥った俺を訝しんでユウミが言う。
「なんでもない」
弟の女装姿の笑顔に見惚れてました、なんて死んでも言えるか。
「そう? ――じゃ、私は部屋に戻るね」
ユウミは立ち上がり、出口に向かった。
その背中に声を掛けた。
「一つだけいいか。下着はもう落とすなよ。父さんや母さんにまでバレたらマズいだろ」
ユウミは乾いた笑みを浮かべて振り返る。
「あ、ははは。うん。気をつける」
ユウミが部屋を出て、廊下を渡って弟の部屋の扉が開閉された音を聞いたところで、俺はため息をついた。