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落ち着け、落ち着け俺。
KOOLになるんだ。
だめだそれは死亡フラグだ。
弟の部屋にツインテ美少女がいた。
何を言っているかわからねーと思うが……これもちょっと使い古されすぎたネタだな。
いやそんなことはどうでもいいんだ。
さあ何があったか考えるんだ。
――空から女の子が落ちてきたので部屋にかくまってみた。
やっぱりライトノベルのタイトルみたいだが弟ならやりかねん。
――異世界から女の子を召喚してみた。
あいついつの間に魔術まで極めてたんだ。
――実は弟の開発した最新鋭AI搭載アンドロイド。
そのくらいのモンは作れそうだな。
……まずい。
あいつの存在自体が規格外なせいで何を言われても信じてしまいそうだ。
とりあえず俺の知っている世界はそんな幻想世界じゃなかったはずだが、俺の知らない世界もいくらでもあるしな。
仕方ない。
保留だ。
弟はどうやらいないみたいだが、帰ってきたら問い詰めよう。
何か害がありそうなら解決に当たるし、そうじゃないなら任せておけばいい。
まぁ、無難な所で言えば弟の彼女だろう。
なぜブラを外していたのか、それが廊下に落ちていたのか、疑問は残るが。
ああ、弟が何か犯罪行為を行なっている可能性?
それは考えなくてもいいだろう。
軽犯罪ならともかく、あいつは他人に危害を加えるタイプじゃない。
と、ここまで考えたところで、俺は握りしめたままのブラジャーの存在を思い出した。
そう言えばあの女の子、上裸だったな。
もしかして、いざ着ようと思ったらブラがなかったとか……。
…………。
俺は弟の部屋の扉を少しだけ開くと、隙間から手だけ入れてブラを放り込んで、そっと閉めてから自分の部屋に戻った。
俺はベッドに寝転がると、本棚から『世界の毒物 ~附子・青酸カリ・ダイオキシン~』を取り出して読み始めた。
ベラドンナの項目に栞が挟まっていたのでそこから読み始めたのだけど、どうにも頭に入らない。
原因は言わずもがなである。
さっさと帰ってきやがれ、と俺は弟に対して念を送った。
さて、少し弟について説明しよう。
弟の優馬はいわゆる天才というやつである。
どれくらい天才かと言うと、小四の時に有名なピアノの国際コンクールで優勝して来たぐらいの天才だ。
その才能は音楽だけにとどまらず、理学・工学・数学・文学の分野でも何かしらの成果を残しているし、語学は英語とポルトガル語がネイティブレベルだ。
その上イケメンでスポーツ万能、空手が二段で俺より強い。
バケモノだ。
日本を離れたがらないので未だに中学生をやっているが、飛び級OKな国に行けばとっくに大学まで卒業しているだろうことは想像にかたくない。
そんな弟がいるので、俺も何かと比較されて育ってきた。
俺は年齢以外で弟に勝てることなんてほとんどない。
だからだろう、どうしても弟に対してコンプレックスを抱えてしまって、普通に接するのが難しくなってしまった。
仲が悪いってわけじゃないが、あいつが中学に入ったあたりから、なんとなく会話が減って、最近じゃ顔を合わせた時に挨拶をするぐらい。
そういや俺、最近弟が何やってんのか、良く知らねえな。
まあ、あいつ、俺には何も言わなくても、両親にはちゃんと近況報告してるみたいだし、それで何も問題になってないってことは心配することはないんだろう。
隣の部屋の扉が開いて閉まった音が聞こえた。
廊下を歩く足音、そして、俺の部屋の扉を控えめにノックする音。
間違いなく、例のツインテ少女だろう。
何の用だろうか。
色々と気まずいから、俺は見なかったことにするから、無視して帰ってくれて構わないんだが。
……まぁ、無視するわけには行かない。
俺は起き上がって、扉を開けに行った。
扉の先には予想通りの少女がいて、
「あ、あのさ……、ちょっと話聞いてもらって、いい? ――お兄ちゃん」
予想外の事を言った。
……お兄ちゃん、だと?
俺のことを兄と呼ぶ人間は、ご存知の通り一人しかいない。
が、弟の俺に対する呼び名は「兄貴」である。
いや待て、もしかしたら、優馬の兄である、という点でそう呼んだのかもしれない。
親戚のおばさんとか未だに俺のこと「お兄ちゃん」って呼んでくるしな。
いやそれにしたって普通「お兄さん」とかだろ。
いきなり見ず知らずの他人に「お兄ちゃん」はどうかと――
そこで俺は少女の表情に気づいた。
眉を寄せ、歯を食いしばり、悲壮感を漂わせながら気丈に前を向いている。
――俺はこの表情を知っている。
小さい頃、俺の大事にしていたコップを割ってしまったことを謝りに来た時の、弟の表情だ。
あいつは人に怒られるような時、いっつもこういう顔をする。
「――まさか、お前……優馬か?」
俺の質問に、少女は小さく頷いた。