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「ねえ緋南さん、この後予定ありますか?」
そろそろもうケーキは食べなくていいくらい食べてから、ユウミは昭島さんにそう問いかけた。
最終的に俺は十ピース、ユウミは十二ピース、そして昭島さんは開き直ったのかやけ食いなのか、十五ピースのケーキを食べたので、三人共元は取ったことになる。
いやしかし、男の俺が一番食べた量が少ないというのはどうなんだろう。
いや、ユウミも男だったか。
俺が忘れてどうする。
「だから、その呼び方は……」
「可愛いのは嫌いですか?」
昭島さんは言葉に詰まり、ユウミから目を逸らす。
俺はその表情を伺う。
――嫌いではない、と見た。
おおかた、イメージがどうとかそういった葛藤を抱えているのだろう。
今更俺達の前で悩んでも仕方がないことのようにも思えるが、俺がそれについてあれこれ言っても無駄だろう。
折り合いは、自分で付けるものだ。
430度くらいひねくれた辺りで折り合いを付けたと思われる例も、俺の前にいるけれど。
「もし暇だったら、一緒にショッピングに付き合ってくれませんか?」
そんな屈折の産物であるところの妹君は、可愛らしく首を傾けて尋ねた。
「いや、でも、せっかく兄妹で遊びに来ているんでしょう? 邪魔じゃない?」
「大丈夫大丈夫、もし暇があればですけど。ね? お兄ちゃん」
そう言って俺を見たユウミの目は、若干不穏な光を宿していた。
この方が面白いことになりそうだとか、そういうろくでもないことを考えている目だ。
「まあ、嫌じゃなけりゃ」
今日一日付き合うことになっているし、昭島さんに迷惑がかからない分には、ユウミのしたいようにさせよう。
「なら、そうね、しょうがないから、付き合ってあげるわ」
頬を薄赤くして目を逸らしながら、昭島さんは言った。
「えへへー、また来ちゃいましたー」
そうしてまたさっきのブティックに舞い戻った訳だ。
ユウミは先程の店員さんを見つけてそう声をかけた。
「あれ、お客様、どうされました?」
「また服選びたいんです。今回は私じゃなくて、この人に」
そう言ってユウミは昭島さんを指す。
「え? あ、アタシ? あああアタシはこんな高級そうな服は……っ」
そして昭島さんは目に見えてうろたえた。
まあ、そうだろうなあ。
そもそも普通、予算オーバーだし。
「大丈夫ですよお客様、当店では手頃な価格帯の洋服もご用意してますから」
「そーそー。可愛い服いっぱいでしょ? 着るだけでも着てみましょうよ、緋南さん」
「うう……」
流石にこの店の中じゃ、緋南さんと呼ぶなとも言えないんだろうなあ。
完全にアウェーな空気の中、昭島さんは借りてきた猫のように縮こまって、キャラ作りとやらはどこへやら、おどおどと狼狽えるのだった。
そんなわけで、
「わ! やっぱり思った通り! 可愛いです、緋南さん」
ひだひだワンピースを身につけ、メッシュ状のジャケットを羽織った、なんだかどこの森ガールだと言いたくなるような格好で昭島さんが試着室から出てきた。
「へ、変じゃない? 大丈夫?」
すごーい、かわいー、ときゃあきゃあ言い合うユウミと店員さんを見てから、迷子の子犬のような目をして昭島さんが聞いてきたので、
「お、おう」
と、戸惑ったような声を上げてしまったのは、似合っていなかったからではなく、あまりに似合いすぎていたからである。
「本当か? 本当に!?」
救いを求める子羊が必死なので、
「本当だって。変じゃないし似合ってるし可愛いと思うよ」
と返事をしたら、余計に真っ赤になって試着室の中に戻ってしまった。
あれ、選択肢間違えた? いやでも他に言いようなかったよな?
「どう? お兄ちゃん」
さっきの森ガール一式を選んできたユウミが誇らしげに腕を腰に当て、鼻の穴を若干膨らませながら言った。
「まあ、確かにすごいよ、お前のセンスもいいと思う」
俺がそう答えると、
「でしょ。じゃあまた選んで来る――」
そう言って次なるアイテムを探しに行こうとしたユウミの後ろ襟を、
「まあ待てまて」
と掴んで止めた。
耳元に口を近づけて、昭島さんに聞こえないようにささやく。
「ここらへんにしといてやれ。確かに似合ってるし可愛いし、実害があるってわけでもないんだけど……」
俺は昭島さんが入っている試着室を見た。
姿が見えないため、今何を考えているかは窺い知れないが、
「なんかこう、精神的にいろいろダメージ受けてそうだからさ。ちょっと可哀想になってきた」
ユウミは一瞬はっとしたような表情を作ると、神妙に頷いた。
「ごめん、ちょっと調子に乗ってた……」
ちょうどそこで、元の服に着替え直した昭島さんが試着室から出てきたので、俺はユウミを掴んでいた手を離す。
昭島さんは畳んで抱えたワンピースの値札タグを見て、「さんまんえん……」と小さく呟いた。
「ちょっと高いですよね、それは」
ユウミがそう言った。
「別のを探して参りましょうか?」
「そ、それは……」
店員さんの言葉に、昭島さんがまた懊悩の表情を見せる。
その内心を知るすべは無いが、多分何かが限界に近い。
というわけで、助け舟を出すことにした。
「なあ、そろそろ時間だし、行かない?」
俺はそう言って、床に置いてあった買い物の袋を持ち上げた。
「うん、そうだね」
とユウミが答える。
「あ、えっと、買わなくても、いいの?」
昭島さんが困ったように言う。
「予算に合ったいい商品が見つからなければ、無理してご購入なさる必要はありませんよ。またお時間のある時にご来店ください」
店員さんがそう答えたのを聞いて、昭島さんはほっとため息を付いた。
やっぱりだいぶ金額が気になっていたようだ。
「お時間取らせてすみません、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ今日はいろいろ勉強になりました。うふふ」
店員さんがちょっと妖しい目つきで言った。
勉強になったって、なにがどう勉強になったんだろう。
なんとなく、深追いしたらいけない気がした。




