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『Coffee & Cake クラムボン』


 地域の女性に人気のケーキ屋である。

 今週の水曜日から来週の火曜日まで、期間限定、コーヒーまたは紅茶付き三千円でケーキ食べ放題を実施している。

 なんてことは俺はもちろん知らなかったので、ユウミに解説された。


 期間限定で食べ放題なんてイベントを実施していたら、さぞ混んでいるのではなかろうかと思ったけど、流石に昼食時にケーキを選択する人はそこまでいないようで、店内は若干空席がある程度だった。


 食べ放題と言っても、全種類という訳ではなく、レアチーズケーキ・ティラミス・モンブラン・オレンジタルトの四種類から選べるらしい。

 どれも単品で注文すると四百円ほどの品なので、元を取ろうと思ったら八個は食べなければいけない。

 ホールケーキ一個分だ。

 まあ、俺も優馬も家ではかなり大食いな方だ。

 ケーキ八個ぐらいは多分食べれるはず。


「ケーキ、ケーキっ」


 はしゃぐユウミを見ると、歳相応というか、むしろ必要以上に子供っぽくなっている気がする。

 少なくとも、これが天才児だと紹介されても、俺だったら信じない。


「あむっ。……おいしー!」


 モンブランを食べたユウミが大声を出したので、近くの席に座っていたカップルの男がじろりと睨んできた。

 男はユウミを見た瞬間、顔を赤くして目を逸らした。

 おい。

 あのカップル大丈夫だろうか。


「お兄ちゃんも食べなよ。おいしーよ?」


 ユウミに促されて、俺も自分のティラミスを口に運ぶ。

 確かに、うまい。

 底の方に入れられたしっとりしたビスケット、口当たりの良いチーズ風味のクリーム。

 それぞれ何と言う名前が付けられてるのかは知らないけど、表面に掛けられたココアとも良く調和している。


「そっちはどう?」


 ひょい、とフォークが伸びてきて、俺のティラミスを切って持っていった。


「うん、これも美味しい」

「お前な、食べ放題なんだから自分で取ってくりゃいいだろ」

「だって食べ終わらないと次の取ってこれないじゃん」


 少しずつ口をつけて残す行為を防ぐためだろう、次のケーキは皿を返さないと選べないシステムになっている。

 だったらモンブラン食べ終わってからでいいだろが。


 その時、店の入口が空いた。

 カラン、という軽いベルの音に釣られて目を向けると、見知った人物の姿が見えて、


「な……っ」


 俺は絶句した。


 俺が入り口に向いているので、ユウミは当然入り口に背を向けている。

 口を半開きにして固まった俺の様子を見て、ユウミも振り返って入り口を見た。


「え……っ」


 ユウミも固まった。


 鋭い眼光。

 腰まで伸びた長い髪。

 全身から発せられる覇気。

 彼女が店に入った途端、空気がケーキ屋にそぐわないピリピリしたものに切り替わった。

 気がした。


 昭島(あきしま)緋南(ひな)、高校二年生。

 可愛らしい名前に似合わない武闘派女子。

 空手が滅法強く、敵対した者には容赦しない。

 近辺の不良の頂点に君臨している。

 実は三人くらい殺している。

 ――という噂である。

 さすがに最後のは眉唾だと思うけど。


「……お兄ちゃん、あの人、知りあい?」


 ユウミが声を潜めて訊いてきた。


「知り合いって訳じゃないかな。話したことないし」


 俺はそう答える。

 ただし、逆に言えば彼女は話したことのない俺でも知っているほど有名だ、ということでもある。

 もちろん理由は、上述したような悪評からだ。


「……隣のクラスの有名人だ」


 詳細は省いて、俺はそう言った。


「ユウミは?」

「……道場の、先輩」


 なるほど。

 ユウミも空手をやっているし、道場なんて市内に何個もないから、同じでも不思議はない。


 ぼそぼそとそんな会話を続けている間に、件の昭島さんは店員に導かれて、俺達の隣のテーブルに座った。

 よりによって!


 俺とユウミはビクリと肩を震わせたが、ユウミは女装しているし、俺は学校では特に目立った所のない有象無象だ。

 おそらく気付かれてはいない。

 いないはずだ。

 大丈夫だよな?


「ご注文がお決まりに――」「食べ放題で!」


 店員さんのセリフにかぶせるように、昭島さんが言い放った。


 食べ放題の説明を受けてから、昭島さんはケーキを選びに行く。

 どうせどれも食べれるのだから迷うことはないと思うのに、たっぷり三十秒ほど見比べてから、レアチーズケーキを選んで持ってきた。


「いっただっきま~す!」


 きゃぴるーん☆ という擬音が似合いそうな雰囲気で、彼女は言った。

 ケーキを一口食べて、


「ん~~~! おいしー!」


 幸せそうに目を細める。


 …………なんだこのキャラ。


 唖然としながらユウミに目をやると、ユウミもまたとんでもないものを見たという様子で昭島さんを見ている。


 昭島さんがそのままぱくぱくとケーキを完食し、皿を持って立ち上がった瞬間、彼女を注視していた俺と目が合ってしまった。


 慌てて視線を逸らす。


「…………?」


 昭島さんは首を捻って俺を見た。

 そしてしばらく固まり、


「……あ、あ、ああアンタ、確か隣のクラスのっ……!」


 と俺を指さした。

 え、俺のこと知られてるの?


「ナンノコトデスカー?」


 とりあえずしらばっくれてみた。

 正直誤魔化せる気がしないけど。


「とぼけたって無駄よ! あの変態コンビの片割れよね?」

「おい訂正しろッ! 変態は竜太郎だけだ!」


 非常に不名誉な理由で顔を知られていたらしい。

 思わず反論してから、血の気が引いた。

 よりによって、昭島緋南に突っかかるなんて、自殺行為でしかない。

 いざとなったら助けてもらうしかないと思ってユウミを見ると、蒼い顔で首を横に振られた。

 薄情者め。


「や、やっぱりそうじゃない! いつから見てたのこの変態!」

「いつからって、さっきからずっと隣の席にいましたけど……。あと変態じゃないと」


 昭島さんは俺の答えを聞いて、椅子に座って顔を手で押さえた。


「……アタシの……キャラクターが……」

「キャラ作ってたのかよ!」


 さすがに思わず突っ込んだ。

 あの女番長(スケバン)キャラが作り物だと……?


「あああああどうしよう、こうなったら……」


 昭島さんはそんな不穏なつぶやきと共に、フォークを握って俺を見た。

 体の周りに黒い霧のようなものが漂って見えたのは、多分幻覚だと思う。


「ま、待った! 落ち着いて! 落ち着きたまえ! 話しあおうじゃないか!」


 身の危険を感じた俺は両手を挙げてそう言った。

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