ベッド下の別人
塾に行くのが嫌で、ゲームをしたい時。もう一人の俺がいて、そいつが、嫌なこと全部やってくれないかなぁ、なんて、考えたことないかい?
俺のベッドの下に、そいつはいた。
正月に親戚やお父さんの会社の人たちから、ごっそりお年玉をもらった。欲しかったゲームを買っても、まだ、余ったけど、俺は、母親の言う通り、それは貯金に回した。
新作のゲームソフト二枚は、期待を裏切らず、目茶苦茶面白くて、嵌った。正月明けから始まる塾の冬季講習なんてのに行く気が全くなくなったから、正月に拝んだ神社に行って、神にこう言ったんだ。
「本当に、神がいるなら、もう一人の俺を出して見ろ。」
朝、ガサガサとベッドの下で音がして、そいつは、上のマットをドカドカと、蹴っ飛ばした。俺は流石に驚いて、飛び起きた。覗いたベッドの下には、俺がいた。髪の寝癖まで同じ。
「いつまで、寝てるつもりだ?塾に行く、時間じゃねーのかよ?」
ベッド下の俺は、俺の声で言う。
「じゃあ、お前が行けよ。俺は、もう少し、寝たいんだ。」
「ふーん。」
そいつは、俺を見上げて、ニヤリと笑った。のそりと、ベッド下から這い出して、部屋を出て行った。俺は、また目を瞑った。昨夜、遅くまでゲームに嵌っていたから、すぐに爆睡状態に入った。気付いたら、十時を超えていた。母親は仕事に出ている時間。俺は、自分の分の朝食を探したが、当然ない。そうか、俺が食って行ったんだ。仕方がないから、台所を漁って、適当に食べた。また、ゲームを始めた。昼に腹が減ったから、とっておいたポテチを食べる。ゲームに、嵌る。
そいつは、ちゃんと塾に行って帰って来た。俺は、流石に腹が減ったから、そいつに、
「代われ。」
と、言った。そいつは、しぶしぶ、ベッド下に潜り込んだ。俺が、俺の言うことを聞くのは、当然だよな。そうだろ?
俺は冬休みの間、そのテで通した。
学校が始まって、しばらく楽しかった。今度は、山本がお年玉でゲットしたゲームを借りて、塾も、学校も面倒になった。当然、そいつを使った。
そうやって、いくつ、ゲームをクリアしたっけ。三学期が終わる頃には、自分でも天才じゃないかと思うくらい、ゲームの達人になった。おまけに、別人の俺は、学校でも評判がいいらしい。しばらく塾にも行っていないけど、母親がえらく喜んでいた。ふうん、けっこうやるじゃん。俺。
春休みも、そのテで行こうとした。ゲームは絶好調だし、俺よりも、そいつの方が、世渡りは上手そうだし。俺は、おいしいとこだけをとればいいから、こんな甘い話はない。相手は、俺なんだから、遠慮はいるもんか。
もうすぐ、中二になろうとしていた。春休み、俺宛に手紙が届いた。なんと、相手は、ずっと気になっていた、前原優花。俺宛の手紙には、俺の知らないことが書いてあった。
…塾で分らない所を教えてくれてありがとう。この前の、あの約束、私は忘れない。二年生になって、別のクラスになっても、また、会いましょうね…
何だよ。これは?前原優花は目茶苦茶成績のいい奴じゃなかったっけ?優花に、俺が、塾で教えた?嘘だろう?
そうだ。俺には、あいつの記憶はない。俺が知らぬ間に、どんどん変わっていってるじゃないか。だが、俺は何も知らない。
あいつが帰って来て、俺が開けた手紙を読んだ。クックックっと、喉の奥で笑っている。
「おい、優花と、どういうことになってんだよ?教えろよ。」
俺が、言うと、あいつは、眉を片方だけ吊り上げて言った。
「あ?そーだなー。付き合ってんだよ。」
「はあ?」
俺の知らないところでか?俺が、優花と付き合っている?おいしいとこ、持って行かれてるじゃねーか。
「代われよ。もういい。お前、ベッド下に戻れよ。」
「あ?何言ってんの?ベッド下に行くのは、お前だろ?」
そいつは、俺の部屋にある鏡を指差した。俺は覗き込み、悲鳴を上げて、もっとよく見ようと、洗面台に走った。じょ、冗談じゃねえ。俺の身体は湯気みたいに透き通っていた。
「な?これでわかったろ?俺が、代われと言うまで、お前がベッド下に行け。」
すううっと、俺は消えた。
さてと、俺の昔話は、これでおしまい。人生、今のトコ順調だから、ベッド下の別人に交代しなくても、良さそうだ。
了
読んでくれてありがとうごさいます。
いきなり現れたもう一人の”俺”が幻なのか、実は、現実から離れてスキ放題にしている”俺”が幻だったのか・・・。まるで人が変わったようだ・・・って言われている人、あなたの周りにもいませんか?