エルフ種の監査官
狩りから帰ると家の前でナナシに石を投げられていた。
どうみてもイジメである。
ナナシもナナシでしゃがみ込み、頭を押さえてブルブル震えて必死に耐えている。
まず大前提としてイジメているやつが悪い、死んでいいマジで。
しかし、億歩譲って割とこういうことに巻き込まれるのになんで毎回毎回ナナシは無防備に外に出るのだろう?
石なんてどこにでも落ちていて手軽に投げられるから軽視されがちではあるがあんなのだって当たり所次第では死に至る。現に俺も魔法が不調のときは投石で獲物を仕留めたりもする。
石を投げているのは子供とはいえ、転んだだけであれほど痛いのに飛んでくる石が当たったらどれほど痛いかは容易に想像できるはずである。
想像力が足りていないのか、ナナシなら最悪死んでも誰にも責められないとたかをくくっているのか。
まぁなんにしても……。
「テメエらぁぁあああなにやってんだぁぁあああ!!! ブチ殺す!!!」
俺がブチ切れて斧を振りかぶる理由としては十二分たり得る。
殺す。自覚があるのかないのかわからないが、相手がこちらを死に至らしめるような行為を向けてくる以上、こちらも同等の殺意を向けて同等だろう。
あのクソガキどもがナナシにちょっかいを出すのはこれが初犯ではない。
ナナシならば虐めてもいい、里の爪弾き者であるナナシなるば誰にも咎められない。
ナナシの内向的な性格もあいまってなんど蹴散らしても糞虫みたいに湧いてくる。
何度こちらからクソガキどもの家まで出向いてその矮小な頭をかち割ってやろうかと思ったことか……。
ただ誠に残念ながら、ナナシと同様に俺も爪弾き者で里に入ることは禁止されている。
禁を破らないように俺専用の侵入防止魔法まで編んである。俺には破れない高度な魔法だ、本当に忌まわしい。
今回も俺の怒鳴り声が聞こえるや否やで蜘蛛の子を散らすように逃げて行きやがった。
「おいナナシ、やられっぱなしで良いのかよ?」
もうすっかりクソガキどもは逃げてしまい、ナナシのもとにたどり着いた俺は何度目かわからない忠告をした。
いっそやり返してくれという嘆願でもある。
「…………」
ナナシから返事は返ってこない。
ただ小さく震えているように見えた。
投石、死に至りかねない暴力に晒されて怯えているのだろうか?
無理もない。ナナシはまだ幼子で道理もまだよくわかっていないというのに、そんな幼童の身でありながら他人から受け取るコミュニケーションがほぼ罵倒やら暴力やら叱責やらの負にしか属さないものであれば当然だろう。
「もういい、わかった。よく耐えたなナナシ、偉かった。でも今度はやり返そうな?」
本人に非がないのになぜ責められようか?
かと言って慰めるのも全く得意ではない俺はナナシと帰宅するべく細い体を持ち上げるて立たせようと力を込めた。
「あ、まだ書いてる途中だったのに……」
姿勢を崩され、ようやく喋ったナナシは震えているわけではなかった。
手元にはノートを持っていて、うずくまってなにかを書いているだけなのだった。
ホントに呆れる。
そんなことをしている場合ではなかったのは誰の目にも明らかだ。
なに書いてんだかは不明だがそんなん後でやればいいだろうに。
「ごめんなさい、でもこれはやられた時に記入しないといけない決まりなの」
俺に立たされて、オドオドしていて、それでもそのわけのわからないオリジナルルールは遵守しないといけないと告げる。
命よりも紙切れに字を書くほうが大切、意味のわからない価値観だ。
でもナナシはナナシで意外と頑固でこうと決めたら譲らない妙な一面もある。
そしてこれはその妙な一面の最たる所だ。
「はいはいわかったから、今度からは同じようにならないように考えて立ち回れよ」
わりといつものやり取りだ。
俺がこう告げて、ナナシが謝っておわり。
「なぁ、なに書いてだそれ?」
だけど今日は違った。
いつもは軽く流すナナシの悪癖に踏み込んだ。
いつもならナナシがなに書こうが気にならない。それに恥ずかしいはなしだが俺は字が読めないので自分の無知を再確認させられることもあって聞いたことがなかったのだ。
なんで今日に限ってかと問われれば特に理由はない。
天気が、気分が、星のめぐりが、虐められた百回目記念だからか? いや回数は知らんけど。
まぁいずれも少しずつ当てはまるような気もするし、致命的ではないとは思う。
前述のようになんとなくだ。
「えっ!!!」
俺にとってはなんとなくどうでもいいことを聞いたに過ぎない。
けれどナナシにとってはそうとう驚愕に値するみたいでものすごいおどろいている。
「いや、言いたくないなら……」
正直どうでもいいことだった。
言いたくないならこれ以上踏み込む気なんてさらさらなかった。
「いや、あの、これ、うーん、実はね…………もういっか」
だけどナナシは本を薄く開いて中身を覗き見て俺に中身を見せるかどうかを本気で思案している。
そして、少しだけ考えて、まあいっかと俺に本を開いて提示した。
いやそんなに自慢げに見せてもらったところ大変申し訳ないが、だから読めないんですって。
「わりぃ、俺は字が読めねぇんだ。説明してくれ」
俺に学が無いのはナナシにも説明してある。字の読み書きが出来ないことなんてわかっているはずだ。
それでも本の中身を掲示できるからか、そんなことも忘れて誇らしげに見せてくる。
「あぅ、ごめん」
俺の無教養を思い出し知識マウントを取ったことに対して謝罪してきた。
いやだから、そういうのいいからさっさと本の中身を説明してくれ。
「これはね、わたしたちの種族が存在するに値するか点数をつけてるの。
エルフという種族がこの世界に存在するに値するか見定めているの」
ナナシはそんな訳のわからないことを言った。
コイツは嘘をつくようなヤツではない。いつもオドオドしてだれかの顔色をうかがってコソコソと生きてきた。
コイツの生に嘘をつくような余裕はなかった。里全体からイジメをうけているのだ、下手な嘘なんてついてばれた日にゃ折檻と称して殺されかねない。
「わたしがエルフ族全体の命運を握っているんだぁ。滅ぼすも滅ぼさないもわたしのこころひとつってわけ、です」
わけがわからないがコイツも嘘をつくタイプでもない。
どうやら本気で言っている。
本気で、自分の判断一つで、エルフという限界集落生まれ差別偏見当たり前育ちクソ種族を滅ぼせると思っている。
どうしよう? これは深掘りした方がいいのだろうか?
正直もうどうでも良くなっているしまっている。実際にナナシにそんな能力があろうがなかろうがどっちでもいい。
エルフ種はヒト種に比べて寿命があまりにも長い。
エルフとヒトのハーフである俺の寿命もヒト種に比べればあまりにも長い。
幼少からヒト種である父ちゃんに育てられて時間感覚とか価値観がヒト種寄りの俺にはあまりにも長すぎる。
父ちゃんばかりがどんどん老けていくのは、大切なヒトばかりがどんどん死に向かっていくのをまざまざと見せつけられ続けるのは戦慄しかなかった。
俺は置いて逝かれる側のヒトなのだと見せつけられて恐怖しか抱けなかった。
そんな恐怖から逃げるようにエルフ族のコミュニティに入ったけれど、人間族とのハーフという理由で迫害されてしまった。
それでもまだ一人きりの恐怖に打ち勝てない俺はこんなクソコミュニティに属している。
そんな長すぎるエルフ生なのだ、妄想で時間を浪費するくらいしないといつまでも終わらない。
きっとナナシがやっているのもその手の類のもの。
そう思っていた。
「さっきのアレでエルフ族の存続ポインツがマイナス百万点を超えました、やぁっと超えました、長かった、あまりにも長かったなぁ」
ほらほらとナナシはその書の最初のページをこちらに示す。
何度も言うが俺は字が読めない、それでもそのページがあまりにも古いことはわかる。十年やそこらの傷みでは無い。
そしてこれまでの功績を誇るかのようにページをめくり続ける。
とあるページには泥がこびりついていてそれをこすったような痕があった。
たぶん、ナナシに泥をぶつけたヤツがいたのだろう。
とあるページには補修用のテープがベタベタに貼り付けられたページがあった。
たぶん、誰かが面白半分でナナシの書をやぶったのだろう。
とあるページには赤黒く酸化した血が付いているページがあった。
たぶん、いや絶対にこのクソ集落のクソ野郎がナナシに加虐したのだろう。
どのページも、あらゆるページも疵がある。
ナナシがなにかしろされた傷みが刻まれている。
心がきゅっと締め付けられるような気分だった。
なんで、そんな目にあわされながらもまだ笑うことが出来る?
「長かったなぁ、これでようやくエルフ族を滅ぼせるよぉ」
虚ろな目ではない、むしろ今までで一番生き生きとしている。
どうして、こんな幼子がこんなに歪められなくてはならない?
この子が何をしたというのか、或いはこの子の親族がなにかをやらかしたのか?
比較的新参者の俺にはわからない。
「今日がエルフ族の絶滅記念日です」
ナナシはニッコニコの笑顔で手のひらを空に掲げた。
ボロボロに汚れて加虐された顔からのぞく欠けた歯を大きく三日月に歪めて声は出ていないけれど満面の笑みで笑っている。
「いや、今から滅ぼして回るから今日中に絶滅は無理かぁ。
まぁほぼ絶滅記念日ということでここはひとつ」
突如としてナナシの手のひらがピカリと光り、そこから空に向かって光が立ち上っていき、そしていくつも枝分かれしあちらこちらに飛び去った。
ナナシは笑顔のまま、サヨナラと大きく腕を振る。
起こる爆発、炸裂、爆音。
世界のあちらこちらが眩く光る。
「おっこらしょっと、あぁみんなの悲鳴が心地良いなぁ、もっとずっと永遠に聞きたいなぁ、でも残念。絶命たる光弾だから、命はいっこだけだから、悲鳴はひとり一回だけ……ホントに残念」
ナナシにはエルフの苦しむ声が聞こえているのだろうか?
なにせ範囲が広大すぎるから俺の耳には爆発音しか聞こえない。
だけど現状の爆発音がナナシの妄言だと思っていたそれらが現実のことだと俺に強制的にわからせる。
見たこともない殲滅魔法、世界を滅ぼせうる威力。
「あぁだいじょぶだよぉ、大雑把に爆発させてるようにしか見えないけれど意外と繊細にエルフ族だけを貫き殺す魔法だから、他の種族にはノー被害だよ」
俺はそんな説明を求めていたか?
じゃあどんな説明を求めていたかと問われればなんもない。
あまりの光景に頭の中が空っぽになっている。
「ほらほら、本の最期のページ見てみてよ。ああごめん、数字も読めないんだよね」
ナナシが拾い上げた本の最期のページに書いてある文字、当然俺には読めないが、その数字?がめまぐるしく変わっている。
「これはね、エルフ族の総数を示しているんだよ。因みにどんどん減ってるゼロになるのは時間の問題、わたしが放った光弾は無慈悲に執拗に確実にエルフ族だけを確実に殺す魔法。カミサマが組んだ魔法だから逃れる術はないんだぁ」
ニッコニコで本をこちらに掲げて減り続けているらしいエルフ族の総数を数えている。
終わりは近い。それはわかった。
「でもね、最初はエルフ族を滅ぼすのなんて無理だと思ったんだ」
エルフ族の総数カウントに飽きたのかナナシが真っ直ぐに俺を見つめて呟く。飽きっぽいやつだ。
「なにか嫌な事をされるたびに滅びカウンターが進んでいくんだけど、ひとつだけカウンターを進めるのを阻むヒトがいたんだ」
爆発音が響く。すごくうるさいはずなのにとても静かだ。
感じるのはナナシの視線だけ。
「それがキミだよ。
キミだけがわたしに優しくしてくれた。
わたしはとっても嬉しかった、だけど同時にとても焦った。
カミサマはもう知的生命体を見限っていてなんらか適当な理由をつけて滅ぼしたがっていたというのにキミがいつまでも立ち塞がった。
とうとうカミサマも痺れを切らしてエルフ族とハーフエルフ族のカウントを分けちゃったんだ。
わたしはエルフ族の命運を握っていたけれど、キミの親切もエルフ族の延命に一役買っていたんだ。
感謝すべきだよね、でも実際はあんな扱いで……滅んで当然だよねぇ」
この滅びにはカミサマという上位の存在が関わっていて、そいつはある程度の知能を持つ生き物をもう諦めている。リセットしたがっているようだ。
いじめ、妬み、僻み、自分に持っていないものへの羨み、適材適所を逸脱した際限なく湧き出続ける欲望。
こんな閉じ腐った生き物はエルフ族だけだと思ったけれど、生き物というものは、ある程度の知能を持つ生物というのは、種族という括りの中では皆一様に腐っているらしい。
なら、見限られるのも仕方が無い。
俺とてエルフ族というものをとうに見限っていた。滅べば良いといつも思っていた。
カミサマとやら上位存在は一つ以上高い存在なのに精神構造は未熟なクソガキである俺と同様のようで、不平等に怒りを覚え、いつでも盤をひっくり返したくて、自分たちと同じ生き物を執拗にアリでも潰すように滅ぼしたがっていた。
俺はたまたまナナシに優しくしていたから滅びの対象から外れたらしい。
少なくともナナシはそう思っているらしい。
「なるほど……おおよそわかった。
エルフ族は今日終わるんだな。
んで、俺はナナシに理由もなく優しくしていたから俺は、ハーフエルフは滅びから外れたということか」
果たして俺のようなハーフエルフはどれくらいいるのかわからない。自尊心ばかりが肥大なエルフ族が常に見下している多種族と交わるなんてことはよっぽどないから俺と同じような境遇のハーフエルフはそれほど多くはないだろう。
ナナシは笑顔のままこちらに手のひらを差し出した。
この手を取って一緒に滅びを眺めようということらしい。
「わりぃんだけどさ、俺がナナシに優しくしていたのには理由があるんだわ。
綺麗なんかじゃない汚ねぇ打算的なヤツ」
でも俺はその手を取らずに告げた。
ナナシは驚いた顔をしている。
誰が年中虐められている労働口として期待の出来ない忌みクソガキに打算も無く優しくするというのだろうか?
「え? なんで? 理由? 汚い? 嘘……、理由ってなに?」
エルフ族を滅ぼすときですら動かなかった笑顔がピシリと歪んだ。
ナナシが俺に依存しているのは気づいていた。
幼子がなにかに縋らなくては生きていけないのを理解していて、俺はうす汚くそれを利用した。
でもその理由、言わなくちゃダメかなぁ。
圧倒的終末感。
その空気感もあってかいつもなら絶対に言わないような俺の心中は意外とあっさりと口から滑り落ちていた。
「ナナシが好きなんだよ。友情とかの類じゃなくて性的な方な。
理由? まぁいくつか思いつくけど最たるものはそのツラだな。
いっつもそのオドオドした顔をぐちゃぐちゃに犯してやりたいくらいには好きだった。
どこまでそのツラが汚れるか見てみたかったんだ」
ナナシはエルフ的な美醜感覚でいうと醜女に分類されるのはわかっていた。
今になって考えるときっとナナシの顔はエルフ族からヘイトをかいやすく、カミサマとやら上位存在はポイントが貯まりやすいようにナナシをそういう顔に創造したのだろう。
でも俺には関係なかった。
そのいわゆる醜いと評されるツラが好きだった。最低な自己評価で自尊心の欠片もないその心が好きだった。
「え、うぇあぁ?」
ナナシはくぐもった声をあげるだけ。
俺の言葉の意味を噛み砕いているようだった。
「わっかんねぇかな。綺麗な善行なんかじゃなくて、汚っねぇ打算だったんだよ。
あーなんか言えてすっきりしたわ。ずぅっとモヤモヤムラムラしてたから心が晴れ渡った気分だ」
爆発やまないこんな世界の状況も俺の心情を表しているようだ。心の靄を吹っ飛ばしてくれているようだ。俺の劣情を後押ししてくれているようだ。
ナナシさんよ。いくら俺の言葉を理解しようと、噛み砕こうとしてもそんなに深い意味なんてない。裏もない。額縁通りに受け取ってくれや。
そのまんまな最低な意味だ。
「んじゃもういいか?」
告白タイムはもう終わり。
人生をかけて秘めておくつもりだった心情を吐露したんだ。
もう後戻りするつもりはない。
まだ存在しない裏について思案を止めないナナシの薄い胸をとん、と押し倒す。
人生を賭けた陵辱だ。せめていい顔をしてくれ。
そんな希望を胸に秘めてナナシを見ると。
「えっ? わたしが好き? えっ? どうしよう、だってわたしたち女の子どうしだよ?」
あぁ本当に今更だ。だからそういう一般常識含めて逸脱していたから秘めておくつもりだったのに。
もう関係ないね。ここまで来て後戻りするつもりは、もう一切無い。
さぁせいぜい良い声で泣いてくれ。できるだけ大きく、俺の汚い心に滴り落ちるように嬌声を響かせてくれ。
「そっかぁ、わたしの事好いてくれてたんだぁ」
でも返ってきたのはこんな言葉と嬉しそうな顔で……。
俺の見たい表情からはかけ離れたものだった。
「そっかぁ、そうかぁ、好きかぁ、そんなんだぁ。なんか言葉にしてもらうってこんなに嬉しいんだねぇ、心がポカポカしてくるよぉ」
押し倒されたままナナシは俺をぎゅっと抱き締めた。
細くて薄くて弱い体だというのにやけに力強かった。
「いいよぉ、わたしもあなたの事が好きだから、好きにしていいよぉ」
違う。
俺はそんな答えが聞きたいわけではなかった。
受け入れられるわけがないと思っていた。
俺の知るあらゆる知的生命体は同性でツガイにはならない。子孫を残せないからだ。
俺もそうあるべきだと思っていた。
でもナナシはそんな俺の事を受け入れてくれるという。
これが俺に対する同情とかからくる感情かもしれないがもう知ったことか。
「どうしたの? なにもしないのぉ?」
ぎゅっと俺を抱き締めたままナナシが問いかけてくる。
何かをする。ツガイがするべき当然のことをする。
「なぁナナシ、ツガイってツガったら何をするもんなんだ?」
まさか受け入れられるとは思っていなかった。
拒絶されると思っていた。
だから俺はこの先を知らない。
親父に教わろうにも、親父はなぜかこういうのを先延ばしにし続けた。性教育だけはやらなかった。
知らなくちゃいけないことは力づくでたたき込んでくる親父だったが、こと色恋沙汰だけはひたすらに言いよどんだ。
必要なことは何においても叩き込んでくる親父がこれらを教えることをしないのだから、きっとこういうのはまだ俺には必要がないのだろう。と俺は理解していたが教わる前に親父の寿命が尽きてしまった。
だから俺はこの先を知らない。
他のヤツにご教授願うべきだったのかもしれないが忌子だったから誰も近付いてこないからここまできてしまった。
さぁどうしよう? どうするべきなのだろう?
ナナシもナナシできょとんとしている。どうやら知識は俺と同様ルベルらしい。
カミサマとやらに創造されたくせになんて無知だ。
「わからないよぉ。わからないけど、ギュッってするとポカポカするよ。
あ、あとこんなことをしていた気がするよ」
思い出したとばかりにナナシは俺の口を吸ってきた。
あぁ確かに誰の目にもとまらないようにコソコソと会っていた男女がコレをしていた気がする。
確かにこの口吸いはなんだか気分が高揚してくる。きっとこれはこういう行為に違いない。
初めは遠慮がちに、次第に力づくで俺たちはお互いの口の中にお互いの舌をぶち込む行為に夢中になっていた。
これは大変気持ちがいい。
口吸いがこういう行為の終着点でないことはなんとなくわかっていた。
ただし、この先がわからない。
野生動物が交尾に際してやたらと腰を振っていたのを見たことがあったから必死に腰を降ったけれど疲れるばかりでなんも気持ちよくない。
そんなんよりも口吸いだ!!!
互いの口元が互いのよだれでべしょべしょになるまで俺たちは口を吸い合った。
びーびーびー。
なにか音が聞こえた。
そんなに大きな音ではない。本来であればひたすらに起こっている爆発音に紛れてしまうような小さな音。
気がつくとそれらの爆発音はやんでいた。
びーびー音以外には俺たちの呼吸音だけしかない。
「あぁ」
ナナシが小さくため息をついた。
一体なんのため息だろう? 俺は今幸せの絶頂にいる。ナナシもそうだと思っていたのに、落胆を感じさせるため息。
「最後の最後に、わたしは幸せだったよぉ」
は?
最後、と言ったのか?
最高ではなくて?
なんで?
これからずっと幸せの間違いだろう?
邪魔をしてきそうなエルフ族はもう全滅するんだろ?
じゃあ俺たちはずっと一緒にいられるはずではないのか?
「ごめんねぇ。あなたを残してしまう。
さっき言ったとおり、わたしの撃った魔法はエルフ族を確実に全滅させるモノなんだぁ。
そして、さっきのびーびー音はね、エルフ族が最後の一人になったことを示しているんだよ。
つまり、わたししかもうエルフ族はいなくて、全滅魔法が最後の標的であるわたしに照準を合わせたってことなんだぁ。
もうちょっと時間がかかると思ってたけど、案外早かったなぁ」
空が眩く光る。
俺はナナシを押し倒しているから、空に背を向けているから天がどれほど眩しいかわからない。
ただ照らされているあらゆる地面がひたすらに眩く光っている。
そしてこの光は段々と強くなっている。
「ごめんねぇ、本当にごめんねぇ。でもありがとうねぇ。
わたしは今、本当に、今までのエルフ生でいちばん……」
やめろ。遺言なんか聞きたくない。
俺と生きるこれからの幸せな未来のはなしをしてくれ。
「しあわせだったよぉ」
待ってくれ。と声を出す暇もない。
目を開けてられないくらいの光。
俺はナナシに覆い被さっているから、その全滅魔法とやらは俺を迂回しないもナナシを殺せないはずだ。俺が覆い被さっているかぎり魔法はナナシを殺せない。
考えたわけじゃない。ただ一瞬でその考えに至りナナシを思い切り抱き締めた。
「ありがとうねぇ、ありがとうねぇ、暖かいねぇ……」
カミサマとやらはクソだ。
カミサマとやらは俺たちが嫌いらしいが、俺はその何倍も嫌いだ。
眩くて、それでもナナシを見つめていなくちゃいけない気がするから、目を開け続けて。
俺は失明した。
目が開いているはずなのに、なにも見えない。世界はまっくらだ。
俺が覆い被さっているかぎりナナシは無事、そう思っていたのに、全滅魔法は俺の躰をあっさりと通り抜けてナナシを貫いた。
ナナシは一瞬だけ驚いた顔をしていたけれど、次の瞬間には笑っていた。
穏やかに自分の現状を受け入れてやがった。
それからナナシの躰は少しずつ光に溶けていって、一秒も経たない間に俺はなにもない空間を抱き締めていた。
目の前はまっくら。
絶望しかない。唯一救いがあるとしたら、焼き焦げた俺の目に焼き付いた最後の光景がナナシの笑顔だったことくらい。
ホントに世界はクソで、これからもずっとクソが続くんだろう。
「はぁ……っとにクソ」
悪態しか出てこねぇ。




