表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

四、五つの尾の物語

 知的タケノコは砂利道の真ん中に何かが落ちているのを見つけ、歩み寄った。


 それは一枚の紙片だった。


「君が尾を失っているのなら、わたしが君の尾になってやろう」


 誰に向けられた言葉なのか、何のために残されたのか、分析するには手掛かりが少なすぎる。


 知的タケノコは周囲を探索し、情報を集めることにした。


 シンテイガク世界の暗い夜道を歩いていると、不意に空が明るくなった。


 その現象を、知的タケノコは知っていた。


 ――鳳凰の顕現。


 全身を輝かせて、星空をかき消していた。


 どこからあらわれたのか、何のためにあらわれたのか、わからない。


 ただそこに姿を見せ、悠然と空を飛んでいるだけで、あらゆる生物と非生物を導く存在である。


 さっきの紙片は、鳳凰の出現の予兆だったのかもしれない。そんな風に知的タケノコは思ったのだが、次に起きた出来事によって、その仮説は棚上げされた。


 それは怒りの塊だった。


 ――彗星の挑戦だ。


 彗星が長い尾を帯びて、夜空を切り裂き、鳳凰へと向かっていく。


「撃ち落としてやる!」


 そんな叫びが聞こえた気がした。


 鳳凰は、何も語らず、ただ舞っていた。


 ただ舞っているだけで、彗星の尾が消失し、勢いを失った。


 鳳凰には届かなかった。


 真下へ落ち、地上に触れた。


 大きな噴煙が舞いあがった。大きな音が響き渡った。大きな揺れが知的タケノコを襲った。


 揺れが収まると、知的タケノコは現場へと急行した。


「一体、なにがどうして、あんなことに……」


 彗星だったものは、岩の塊になっていた。


 じっくり観察してみると、岩のそばに抜け殻となった石ころが落ちていた。


 一つに融合し切らなかった石ころの残骸だった。


 知的タケノコが彗星だと思っていたものは実は岩であり、岩だと思っていたものは実は石ころの集合したものだった。


 すでにすっかり冷めているはずの岩から、知的タケノコは強烈な熱を感じ取った。


「これは怒り……」


 鳳凰に対する怒りが、彗星を突き動かしていた。


「なぜ怒っていた?」


 鳳凰が自分を意にも介さないからだろうか?

 石として生まれたばかりに自由に動けないことに対してだろうか?

 怒りに任せるしかない弱い自分に対する怒りだろうか?


 知的タケノコは思索を続ける。


「今回は鳳凰の内的な強さに焼かれ、届かなかった。届いていたら、どうなっていただろう」


 青黒い岩肌を撫でながら、思いをめぐらせる。


 鳳凰と彗星が融合し新たなものが生まれていたかもしれない。

 もしかしたら衝撃で鳳凰を分裂させたかもしれない。

 鳳凰が姿を失い真の静寂が訪れたかもしれない。


 知的タケノコは、沈黙を続ける岩から静かに手を離した。


「石は、ずっと飛びたかったのだね。そして、正しく撃ち落とされた。敗北が、あなたに真の沈黙をもたらした。それは悟りにも似て、とても美しい願いだ」


 墜落が意味するのは、再生の希望だった。尾を失った彗星は、観察する者に気付きを与え、誰かの生きる力を再生産する岩となった。


 ★


 岩が落ちた場所の近くには、犬と猫がともに暮らす集落があった。


 しばらく夜道を歩いていると、猫の嘆きがきこえてきた。


「私は、自由なんだと思っていた。でも、鳳凰の姿をみて、理解してしまった。私は偽物だった。私が自由だったんじゃない。私の尾が自由だっただけ。私の意志とは関係なく動く制御不能の尻尾を、私の自由と勘違いしていた」


 猫は落胆していた。嘆きはやまない。


「犬の尾を見下していた。従順の証だと笑っていた。束縛されてかわいそうと思っていた。その嘲笑と思考こそが、私の不自由だった」


 猫はみずからの揺れ動く尻尾に話しかける。


「自由って何? 私と犬と、何が違うっていうの?」


 猫の問いに答えたのは、知的タケノコだった。


「自身の尻尾の観察から自由を突き止めようとする。それも猫のあり方の一つだろう」


 なぐさめたつもりだった。


 効かず、追い打ちとなり、猫は嘆き続けた。


 知的タケノコはその場を離れ、次に犬に出会った。


 犬のそばには、鳳凰の羽が落ちていた。


 放心状態の犬に、知的タケノコは落ち着いた声で話しかける。


「鳳凰を遠くに臨んで、どう思った?」


 犬は上ずった声で答えた。


「僕はいつも、誰かの顔色を見ながら生きてきました。でも、僕が鳳凰に視線を向けても、鳳凰に向かってどれだけ吠えても、関係ありませんでした。鳳凰は何も考えていないかのようでいて、正しく美しく飛んでいました。僕は、これまでの僕が恥ずかしくなりました」


「鳳凰になりたいと思ったんだね」


 知的タケノコの言葉に、犬は深くうなずいた。


「そうです。僕は鳳凰になりたいから、集落を出ることにします」


「あてもなく旅をするのか?」


「目的があります。鳳凰になる方法を地道に探すんです」


 犬は、自分を養っていた集落から外へ出ていった。


 知的タケノコは、一連の出来事を物語にして記録することにした。


 尾の物語は、まだ知らない経路を発見しながら円環するだろう。


 彗星の挑戦と墜落を見て、尾をもつ者たちの諸相が見えた。


 尾を振る者にも、尾に振られる者にも、尾を燃やす者にも、尾をあらわす者にも、本質的な違いはない。


「では、最初から尾がない私には、どんな尾が相応しいだろう」


 そう声を発した時、知的タケノコは、自分の尾に光が灯った気がした。


「――もしもわたしに尾が生えたら、それは誰の尾なのだろうか?」





【尾の物語 終わり】



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ