四、五つの尾の物語
知的タケノコは砂利道の真ん中に何かが落ちているのを見つけ、歩み寄った。
それは一枚の紙片だった。
「君が尾を失っているのなら、わたしが君の尾になってやろう」
誰に向けられた言葉なのか、何のために残されたのか、分析するには手掛かりが少なすぎる。
知的タケノコは周囲を探索し、情報を集めることにした。
シンテイガク世界の暗い夜道を歩いていると、不意に空が明るくなった。
その現象を、知的タケノコは知っていた。
――鳳凰の顕現。
全身を輝かせて、星空をかき消していた。
どこからあらわれたのか、何のためにあらわれたのか、わからない。
ただそこに姿を見せ、悠然と空を飛んでいるだけで、あらゆる生物と非生物を導く存在である。
さっきの紙片は、鳳凰の出現の予兆だったのかもしれない。そんな風に知的タケノコは思ったのだが、次に起きた出来事によって、その仮説は棚上げされた。
それは怒りの塊だった。
――彗星の挑戦だ。
彗星が長い尾を帯びて、夜空を切り裂き、鳳凰へと向かっていく。
「撃ち落としてやる!」
そんな叫びが聞こえた気がした。
鳳凰は、何も語らず、ただ舞っていた。
ただ舞っているだけで、彗星の尾が消失し、勢いを失った。
鳳凰には届かなかった。
真下へ落ち、地上に触れた。
大きな噴煙が舞いあがった。大きな音が響き渡った。大きな揺れが知的タケノコを襲った。
揺れが収まると、知的タケノコは現場へと急行した。
「一体、なにがどうして、あんなことに……」
彗星だったものは、岩の塊になっていた。
じっくり観察してみると、岩のそばに抜け殻となった石ころが落ちていた。
一つに融合し切らなかった石ころの残骸だった。
知的タケノコが彗星だと思っていたものは実は岩であり、岩だと思っていたものは実は石ころの集合したものだった。
すでにすっかり冷めているはずの岩から、知的タケノコは強烈な熱を感じ取った。
「これは怒り……」
鳳凰に対する怒りが、彗星を突き動かしていた。
「なぜ怒っていた?」
鳳凰が自分を意にも介さないからだろうか?
石として生まれたばかりに自由に動けないことに対してだろうか?
怒りに任せるしかない弱い自分に対する怒りだろうか?
知的タケノコは思索を続ける。
「今回は鳳凰の内的な強さに焼かれ、届かなかった。届いていたら、どうなっていただろう」
青黒い岩肌を撫でながら、思いをめぐらせる。
鳳凰と彗星が融合し新たなものが生まれていたかもしれない。
もしかしたら衝撃で鳳凰を分裂させたかもしれない。
鳳凰が姿を失い真の静寂が訪れたかもしれない。
知的タケノコは、沈黙を続ける岩から静かに手を離した。
「石は、ずっと飛びたかったのだね。そして、正しく撃ち落とされた。敗北が、あなたに真の沈黙をもたらした。それは悟りにも似て、とても美しい願いだ」
墜落が意味するのは、再生の希望だった。尾を失った彗星は、観察する者に気付きを与え、誰かの生きる力を再生産する岩となった。
★
岩が落ちた場所の近くには、犬と猫がともに暮らす集落があった。
しばらく夜道を歩いていると、猫の嘆きがきこえてきた。
「私は、自由なんだと思っていた。でも、鳳凰の姿をみて、理解してしまった。私は偽物だった。私が自由だったんじゃない。私の尾が自由だっただけ。私の意志とは関係なく動く制御不能の尻尾を、私の自由と勘違いしていた」
猫は落胆していた。嘆きはやまない。
「犬の尾を見下していた。従順の証だと笑っていた。束縛されてかわいそうと思っていた。その嘲笑と思考こそが、私の不自由だった」
猫はみずからの揺れ動く尻尾に話しかける。
「自由って何? 私と犬と、何が違うっていうの?」
猫の問いに答えたのは、知的タケノコだった。
「自身の尻尾の観察から自由を突き止めようとする。それも猫のあり方の一つだろう」
なぐさめたつもりだった。
効かず、追い打ちとなり、猫は嘆き続けた。
知的タケノコはその場を離れ、次に犬に出会った。
犬のそばには、鳳凰の羽が落ちていた。
放心状態の犬に、知的タケノコは落ち着いた声で話しかける。
「鳳凰を遠くに臨んで、どう思った?」
犬は上ずった声で答えた。
「僕はいつも、誰かの顔色を見ながら生きてきました。でも、僕が鳳凰に視線を向けても、鳳凰に向かってどれだけ吠えても、関係ありませんでした。鳳凰は何も考えていないかのようでいて、正しく美しく飛んでいました。僕は、これまでの僕が恥ずかしくなりました」
「鳳凰になりたいと思ったんだね」
知的タケノコの言葉に、犬は深くうなずいた。
「そうです。僕は鳳凰になりたいから、集落を出ることにします」
「あてもなく旅をするのか?」
「目的があります。鳳凰になる方法を地道に探すんです」
犬は、自分を養っていた集落から外へ出ていった。
知的タケノコは、一連の出来事を物語にして記録することにした。
尾の物語は、まだ知らない経路を発見しながら円環するだろう。
彗星の挑戦と墜落を見て、尾をもつ者たちの諸相が見えた。
尾を振る者にも、尾に振られる者にも、尾を燃やす者にも、尾をあらわす者にも、本質的な違いはない。
「では、最初から尾がない私には、どんな尾が相応しいだろう」
そう声を発した時、知的タケノコは、自分の尾に光が灯った気がした。
「――もしもわたしに尾が生えたら、それは誰の尾なのだろうか?」
【尾の物語 終わり】




