4.獅子の経済
なんとか改訂をつづけています。おひさしぶりになります。
三話から直してみましたので、よろしければご意見ください。
日本人は不思議な人種だ。
石川がそう思い出したのは古くは学生時代の時までさかのぼる話しだった。
ペントハウスを持つこのホテルの最上階に居を構えたのは、あの事件からしばらく立った頃。
今は昔のように、思い出した出来事と今も自分の隣に並ぶ複数のモニターが薄日上がらせる世界情報に眉をしかめた彼は立ち上がり
「ご苦労ついでだ。一杯呑んでいけ」
目の前に座った恰幅の良い老人に自分のグラスを高く上げて見せた。
「そんな暢気に構えていられるのか?」
断ることはしなかったが、グラスに注がれる琥珀の酒を見つめながら白髭は注意を刺すと
「石川、中国は動きを見せ始めているぞ」
「だろな、ここでも良く見えている」
片目だけを大きく開いた老人の前に、深く座面をとった大きなソファに石川と呼ばれた男は座ると、目の前にあったパソコンをそのまま彼の側に向けた
「やはり内モンゴルか……」
「何度もけしかけてやったからな、外に目を向けないように、弱腰の政府には出来ない方法でやつらを閉じ込めてきたつもりだったが」
「やり過ぎたか?」
広く撮られたダイニング、昔は高級貴賓室、国賓などしか泊まれなかった部屋を世界を展望する部屋に改装したのは経団連の最高責任者だった石川の独断だった。
「日本経済を守る者は国賓以上だろう」
胃液をひっくり返した尖閣の事件以来彼らはここに情報基地を置いていた。
「沢登、やり過ぎぐらいでないとヤツらは理解しない」
丸い洒落たグラスの中でアイスの舞が響く、石川の太く鋭い声の前で。
滑る指はパソコンの味気ない文字を指差し、赤いラインで惹かれた部分より下に沢登老人の視線を誘導した。
「限界達したというのが本音だろう、自分の国だと言ってはいるが政治体系は個別の形、基本は抑圧と恐怖だ。しかも同じ民族であっても思想の合致は見られないときたものだ」
老眼の沢登には光り物で切り替わる画面は少し辛いらしく背を離してピントを合わせる
「こんなに「融資」したのか」
億単位の金額が画面に浮かんでは飛ばされる。
「第三銀行でな」
架空の口座名を陽気な声は告げると立ち上がった。大柄な体躯の体を国会議事堂の見えるグラスエリアへと向かわせ
「安いもんだ。たかがこれだけの事で5年の安全を買う事ができた。政府のアホどもの無用な横やりがなければもっと安かったはずだ」
学生時代は猛虎と名を馳せる程に豪傑だった石川、そのやり方には常に賛否がつきまとっていたがあの事件以来、石川の強行かつ柔軟な戦略にしたがう者は多かった。
なにより、レアアースの供給停止で会社の損害を重要視した企業は、経済的打撃の大きさを訴え政府の交渉術をへし折る結果を選ばせるという失態を演じた。対外的にも国内的にも大失敗の弱腰外交を見せてしまった日本のありさまに吠えたのは、当時経団連でのナンバー2にいた石川だった。
徹底抗戦が必要であるという石川の意見を無視し、世界中から笑いものにされる道を選ばせた同士を許さなかった。
「チャイナリスクを知らなかったわけでもあるまいに、あの国を自分達でコントロールできるつもりでいたのか?」
石川の台頭には追い風もあった。
今まで沈黙を続けていた国民が政府対応許すまじと形に見えるほどの抗議を始めた。
そこから利益主義の金まみれだった頭をことごとくすげ替える改革を起こしていった。金は必要だ、潤うほどにいいだが国を転ばすような金は必要ない。
強気の理論で1年を待たずに経団連のトップに駆け上がった。彼の年齢からすれば破竹の出世劇ともいえたが、当の本人は年寄りども食い散らかした日本経済を立て直す尻ぬぐいの役を仰せつかったと笑い飛ばしたものだった。
そうはいいながら、堕落した政治をなりふり構わぬ叱咤でやり込め黙らせた。
「政治は頼りにならんか、しかしそこが根幹でなければ国際社会とは渡り合えないぞ」
睨むように議事堂を見る背中に沢登が盃をあけて
「どこかで融合が必要だ、我々のやっている事を政府が理解し、国として理解をしなければ今度は国歌が瓦解してしまう」
沢登は常に心配を前に置いておくタイプの老人だった。
経済危機、円の価格は当時80円。現在やっと92円台に戻ったが事件後一時80円を割り78円という最低の位置に付けたことがあった。
これで先進国と言えるのかという危機的状況に経団連は日銀と政府と肩を組み合わせ戦った。
これも石川の株を挙げる事になったが、苦労続きの5年に彼の髪に白いものが多くなったという実感にもつながる。
沢登もこの時、新人生兼の民主議員を多く説得したものだった。
経済状態というものは色々なものにウエイトを持っているのだから、簡単な話で解決するはずもない。
政治の力や国際協力などを得て、やっと回収がついた政策には愚にも付かぬ意見も多かったが、なにより日本自体の政治が酷い時期が長かった。
国際社会にある国家を、会社または企業という形で現すのならばわかりやすいと思うのだが、民主党の政策は常に自社の利益を損なう方針を貫いているという事に気がつかなかったのか?と問いただしたくなる。
会社というものは利益を上げなければ成り立たない。当たり前の事だ。
普通の会社ならば役員の汚職は簡単に許されるものではない、他社からみても信頼をそこなうからだ。
言えば当然なのだが、国家に利潤をもたらすための裏工作は、戦略の上にある作戦であり大切な事であるが。個人利益のための裏金作りまたは流通は企業間の信頼を徹底的に落とす。
そういう事が何故か政治の世界に入ると追求できないというのが日本だ。
ブランドとして名だたる牛肉をもっていた宮崎は2010年口蹄疫の流行拡大により大ダメージを被る。
この問題にしてもおかしなもので、当時の農林大臣は感染症発覚当時情報を得ていたのにも関わらず外遊を楽しみ、政策は後手どころか最終審判の段階になって実施された。
これを会社に置き換えるのならば、自社ブランドに致命的な欠陥があったとする、初期段階で発覚しその場で修復すれば流通にのる前に製品の管理を行えたという事、製品管理に対して責任ある行動を起こせたという事になるが、これを見逃したのが大臣だ。
会社でいうのなら取締役が自分の旅行が大事で、製品の微々たる欠損など知らぬふりをしたという事だ。
結果何千万という損害を会社に被らせた。なのにこの大臣は事後ものんびりと役職に就いていた。
普通の企業ならあり得ない事だ。会社に損害を与える人間はすぐにでも査問委員会にかけられ、厳重な処罰を与えられる。普通の対応だが、事政治家には無い、それだけの損害を日本国という会社に与えておきながらも未だ高給を頂く身だ。それを日本国民が許していた。
みんな自分に直接当たらない熱湯の熱さなど知りもせぬという顔を晒した時代となっていた。
「日本は……あの戦争で大切なものから全部手を離しちまった。それが正しいと教え込まされてこのざまだ」
石川はいつも言い続けている言葉と共に酒を煽ると、思い返していた。
日本人は不思議な人種であり、忘却を得意とする奇人であるという事を。
大戦から向こう、無防備国家となった国を護るのはアメリカの勤めと闇雲に信じていた。
仕方のない事だが、大戦に勝った当時のGHQ司令は無能だった。押し寄せる中共の波を前に本気で日本にスイスランドを建国できると信じていた。
もちろん鼠が国王になるドリームランドを世界展開する事を実施したアメリカだ、本気でそう考えていたのかもしれないが、世界はそんなに甘くなかった。
中国、ソビエトによる南進。第一弾として朝鮮戦争が起こる。虎視眈々と日本を我が物にしようとする共産勢力の前に無能な司令は、核攻撃をと声高くさけび解任される。
そんなものを抑止力につかえば世界が破滅する事を、最初につかったアメリカは理解していた。
アメリカは大軍を要して半島戦争の挽回を図り38度戦にて停戦にこぎ着ける。この時日本は潤った、戦争特需で焼け野原だった国を立て直す足場を作る事ができたが、それが本当の意味での不幸の始まりだったのかもしれない。
「本当の不幸は足下のなくなったこの国に、潤いだけを起こし軌跡の復活などと思い込ませた事だ」
沢登老人の待つテーブルに戻った石川は手酌でウイスキーを注ぎ足すと目をつぶった。
日本の転落してきた道を思い出して。
軍需のおかげで、焼け野原だった町に工場は建ち並び人々のくらしが潤い始めた頃。それでも隣の国の争乱はうずたかい炎を巻き上げていた。なのに日本は再軍備をしない、吉田茂の無能さ加減はここに開花する。彼はマッカーサーにまったく頭の上がらない男だったが内政にはそれなりの手腕を働かせ経済には良き規範を見せたが国を護る事には熱心さがなかった。
それもまたさらなる不幸に拍車を掛けていただけだと今なら言える。
国内は穏便に国外で行われている蛮行や、日本国に下される評価を正しく告げなかった。
曰く恐ろしかったのだろう、せっかく戦争を破棄する平和憲法を頂いたのだから、あの暗黒の時代だった太平洋戦争の時代に戻りたくない、兵役を再編成されたくないという国民感情を理解したつもりでいた。
自分の国を自分達で護る必要はない、マッカーサーに従う事でアメリカが日本を守るべきと。
そんな身も蓋もない言いわけの中、起こった朝鮮戦争。
まったく国際社会で通用しない理屈を日本政府は軍備の再生を懇談にきたダレスに通達するというあきれかえる事態がおこる。
日本を占領したアメリカの7年は、1つの国家を骨抜きにするのに十分な期間だった。
親愛に満ちた占領、後年日本のある政治家はそう言った。馬鹿げた話しだ、自分の国を侵され教育の制度や歴史までねじ曲げられたというのに、どこに親愛がある事か?
「アメリカは極めて紳士的な統治をした」
ぬるま湯につかった脳みそは恥も外聞もなく語った。
「まとも政治家なんて大戦後にいたためしがない」
「だから我々がやるのか」
沢登は髭を整えながら、無くなったグラスに自らも酒を注いだ。
「そうだ、政治がダメなら経済が主導をとって国を動かす。そのぐらいの覚悟が必要という事だ」
鼻息もあらく噴いた彼は、また議事堂の側に目を向けると
「商売も政治も戦争だ。立ち止まったら負けちまう」
これから集まるであろう財界のメンツを前に大きな一息を着いて見せた。