2.東海艦隊司令官劉歩繊
再構築で出せる部分を早く出して行きます。
勇み足の行軍、部屋から先の開かれた窓の前で老人達との会話を終えた彼は考えていた。
これが茶番になってはしまわないかと、頭髪の半分以上を白髪に買えた彼の髪、眉毛にも細かく入る白い老い大声をあげ幹部を鼓舞し叩き上げるような発言が不似合いな静かな目は紫禁城の王道色屋根を見つめていた。
遠く続く楽土の雲の重ねたかのように見る事のできる建物を見る目は冷たく、口にしていた煙草を離すと先ほどとは違い過ぎる重くも落ち着いた口調で問うた。
「君は歴史に詳しいかね」と、光を取り入れるたるに大きく口を開けてグラスエリア
無駄とも思ええる程に広大な間の中、出入り口の扉付近に立つ男に聞いた。
迷いの眉間を察したのか影の男は何も言わず、彼が本当に言わんとする言葉を待つ。
ここは先ほどのさび色で時代を釘差し止めてしまった室とは違う。改革開放と銘打ち共産党一党の支配の中から拡大を続けた国の中枢である建物は、嘘のように何もかもが外向きに大げさに作られている。
虚構の空間は白く塗りつぶされた壁に一つの沁みもないが、彼の心は曇っていた。
窓の向こう、黄土の天地に続く雨の重さに湿った空気を毒のように見ながら
「ここでも歴史という風景を見ることができるが、私はね、かすんで見えるこの景色が我が国の歴史を良かれと暗ましているようで…たまらなく辛いのだよ」
目を細め栄えある皇帝の城を見る彼は煙草を灰皿の中に放り投げた。
中国共産党本部が立てられている前に広大な湖が隣接する。中南海という人工の海がここに作られたのは12世紀、金王朝の時代でその頃は栄華を楽しむ皇帝の夏の庭にすぎなかったが、後を継いだ遊牧の大帝国元により大都として帝国の中枢となった頃に、宮廷の一部と世界の姿を映し出す庭して運営されるようになった。
続く時代の中、皇帝達の安らぎの場として拡張を続けられ目楽しませる庭は生き続けた。帝国が終わり、中国が動乱の時を越える間も、そして今に至る繁栄の時も。
今でも栄華を伝える建物にはかわりないが、過去の栄光である事も事実。
王の色である黄色の瓦を眺める細めた目に、やっと近づき後ろに立った男は白の軍装を飾る指で払うように触れると
「歴史はそれなりに勉強しておりますが」
潮にかすれた声、浅黒い肌、年の割に恰幅を持たぬ痩せた身に中華人民解放海軍司令職のダブルスーツを着こなしす男。指先からつま先まで定規で全てを測ったかのようにピタリと止まっていた腕が白髪の交じりの髪の上に鎮座していた制帽をとると
「どの歴史についてお話ししましょうか」
目の前、グラスエリアから晴天を曇らす科学の雲の下に支配された北京を眺める男は、振り返ることなく手だけで持論を聞くようにと払った
「私はね我が国の歴史を、石の歴史だと考えている」
2015年、この年にはそぐわないマオスーツを着る国家主席は背に付く男に比べれば色も白く、豊かな頬を持っている。
その顎を指がさすると
「我が国の歴史は一つ一つの歴史の節目をまるで石をぶつけてくくりつけたように見えるのだよ」
中国という国の歴史は、硬質な石が遠慮無くぶつかり合いつながった形に見えると言う事。
その石のぶつかり合いによって先の文明はまるで奥歯が獲物を咀嚼するように押しつぶされ、すり下ろされ次の時代には粉々になった破片しか残らない。
同じように人も、国が代替わりするという高い波に多くの者が掠われ、波風の力の前無力なまま岸壁に叩きつけられ血肉を砕いて藻屑となりつなぎ合わされる歴史という石の間に挟み込まれていると。
彼の常なる持論に、後ろに立つ男はただ頷く。同じようにガラスを流れ落ちる露の迷路をおいながら
「多くの血によって我が国は新たな波を起こし繁栄にいたるというシステムは今も昔も変わらないのが…実に辛い」
中国共産党の新しい世代、時代の星となった彼は経済の発展によって青空と水を失い続ける祖国を憂いていた。
「かの国の歴史をどう思うかね?」
相手の言葉を制していた手のひらを返し、初めて顔をつきあわせると前に立つ友に意見を求めるた
「劉司令忌憚なく聞かせてくれ、君は日本に留学した事のある数少ない知識者だ」
発言にタブーはないと言う。共産党本部の中で日本を褒めるような言葉はあまり好まれないのは今も昔も変わらない事だが、国家主席たる男の許可の元ならば問題はない。褒める事も相手を知る事、相手を見下したときに心の慢心という落とし穴を作ってしまう事を彼はよく知っていた。
静かに流れる雨の音色の下で、ふくよかな彼はどうぞと意見を促すと、痩せた雁の司令は少しばかり甲高い声で答えた
「あの国の歴史は竹のようだと感じました」
「竹…」
主席の前、司令職の彼は手を緩くはためかせて見せ
「そうです、どんな風にも柔軟に受け答え決して倒れてしまうことのない柔らかな思想と強さ、それに新しいものをすぐに自分の力として取り入れてゆくすばらしさを感じます」
「手強そうだ」
自分の前で雄弁に日本を語る司令に白い眉毛は困った顔を見せるが、相手は本気ではなくふざけているように目を瞬かせ主席に向けて続けた
「しかし竹は折れてしまえば、戻るところがありません」
前にかざした手をパタリと倒し
「あの国は1945年に折れてそれきりです」と笑って見せた。
「折れたままか」
自信にあふれた顔の司令は
「老人達の心配は杞憂に終わります。我が国の発展のためにこの戦いは避けられませんが、必ず勝ちます。良い結果を得て我が国をさらなる飛躍へ導く事になります」
「劉司令、私もそれを願っている。願って…出来れば同胞の血を流したくはないが」
出されていた手に握手、そのまま両の手を重ねた二人の男は晴れる事が無くなってしまった紫禁の空を見つめた
深く、海の底のよどみに近づこうとする日々がこの1年続く空に光を求めていた
笑わない主席の目には苦悶の兆しが走り、決断を下す事の重さを実感している事が見える。
彼の決断を実行する者へ、繋がれた手に意思の力が伝わると、劉司令もまた俯きかけた顔をあげ自分の心を叩くように告げた
「何も無くさず国家を丸く治める事は出来ません。老廃した垢を捨てるのに覚悟はいりますまい、それと同じ事です」
決意の実行を返す握手で
「これは自然の成り行き、国家を立たせる為の有るべき戦いなのです」
そう言うと
「かの国を打ち、痛みを我が者に」胸を叩き下された決意を焚きつけ
「共に血をはむ者となりましょう」劉司令は告げた。
誓い言葉とともに中国共産党中央委員会総書記 宗慶元は、老人達の室を見据えると体を返し背中で命じた
「東海艦隊司令劉歩繊今より作戦の任へむかえ」
強い口調の指示に、劉司令は最初に見せていたように一分の狂いも見せぬ正しき姿勢で敬礼を返した。
「お任せ下さい」と
うねりの深き闇の竜は天を目指す。世界が知る事になる空前の戦いは闇から闇への冷温の波となりここに開戦される事になった。
前に出していた物より、中国寄りな作品にしたいと思います。