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どうしても、会いたかった。


 何度追い返されても、拒まれても──俺の足は、気づけばまた病院へ向かっていた。


 その夜。

 人気のない裏口の搬入口に身を潜めていたとき、ドアが開いた。

 数人の看護師が姿を現し、その中央にゆっくりと歩く影があった。


 ──柚希。


 白いリハビリ用のジャージ。

 少し痩せた肩。

 歩みはまだ不安定だけれど、俺の知る彼女に間違いなかった。


「……柚希!」


 喉の奥から、反射的に声がほとばしった。

 足が勝手に地面を蹴る。



 柚希が振り返る。


 その瞬間、彼女の瞳が大きく揺れた。

 見開かれた目が俺を捉え、こめかみに手を押し当て、苦しみ出した。


「……っ……!」


 苦しげに顔を歪め、身体をわずかに折り曲げる。

 頭痛に襲われているのが、遠目にも分かった。


「柚希!? どうしたんだ、大丈夫か!」


 思わず叫ぶ。

 その苦しみは単なる痛みじゃない。

 そんな表情だった。


 震える視線が俺を捕らえたまま離さない。

 


「俺だ! 直哉だよ! 柚希!」


 声を張り上げる。

 

しかし、彼女は…。


何故か、酷く怯えている。


そんな彼女の肩にすっと伸びる手があった。


 朝倉蓮司。

 闇の中でも分かる、あの整った横顔。


 彼は穏やかな笑みを崩さぬまま、柚希を抱き寄せた。


「なっ…」


 そして、俺には届かないほど小さな声で、柚希の耳元に何やら囁いた。


(……あいつが、僕が言っていた君をしつこくつけ回しているストーカーだ。君がこんな目になったのも、彼が原因だ。怖がることはない。俺がそばにいる)


 その言葉は俺には聞こえなかった。

 ただ──柚希の表情が変わるのを目の当たりにした。



 怯え。


 さっきまでより一層怯えている。

 震える声が、彼女の唇からこぼれる。


「……あなたは……誰ですか? どうして私に酷いことをするのですか? もし私が酷いことをしたなら謝ります。だから許してください。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」






















 世界が砕けた。



「……は……? な、何言ってんだよ……俺だろ、直哉だろ!」


 必死に叫んでも、彼女は一歩、蓮司の背後へ身を引く。

 その目は完全に“見知らぬ男”を見るものだった。


 鼓膜が破れたように、音が消えた。

 理解できない。

 頭が混乱して、現実の輪郭すら揺らいでいく。


「……う、そ……だろ……」


 声が震え、足元から力が抜けていった。



 蓮司が軽く指を鳴らす。


「連れて行け」


 看護師たちが素早く車椅子を運び込み、柚希を座らせる。

 彼女は怯えたまま俯き、抵抗もできずに車椅子へ押し込まれていった。


 ゴロゴロとタイヤの音が響く。

 そのまま廊下の奥へと消えていく背中。

 俺の声は、もう二度と届かなかった。



 残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と──ゆっくりと歩み寄る朝倉蓮司。


 彼はポケットに片手を突っ込み、にやけるような笑みを浮かべた。


「……少し、話そうか」


 その声音は、惨めな俺に向ける残酷な合図のように響いた。

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