6
どうしても、会いたかった。
何度追い返されても、拒まれても──俺の足は、気づけばまた病院へ向かっていた。
その夜。
人気のない裏口の搬入口に身を潜めていたとき、ドアが開いた。
数人の看護師が姿を現し、その中央にゆっくりと歩く影があった。
──柚希。
白いリハビリ用のジャージ。
少し痩せた肩。
歩みはまだ不安定だけれど、俺の知る彼女に間違いなかった。
「……柚希!」
喉の奥から、反射的に声がほとばしった。
足が勝手に地面を蹴る。
⸻
柚希が振り返る。
その瞬間、彼女の瞳が大きく揺れた。
見開かれた目が俺を捉え、こめかみに手を押し当て、苦しみ出した。
「……っ……!」
苦しげに顔を歪め、身体をわずかに折り曲げる。
頭痛に襲われているのが、遠目にも分かった。
「柚希!? どうしたんだ、大丈夫か!」
思わず叫ぶ。
その苦しみは単なる痛みじゃない。
そんな表情だった。
震える視線が俺を捕らえたまま離さない。
「俺だ! 直哉だよ! 柚希!」
声を張り上げる。
しかし、彼女は…。
何故か、酷く怯えている。
そんな彼女の肩にすっと伸びる手があった。
朝倉蓮司。
闇の中でも分かる、あの整った横顔。
彼は穏やかな笑みを崩さぬまま、柚希を抱き寄せた。
「なっ…」
そして、俺には届かないほど小さな声で、柚希の耳元に何やら囁いた。
(……あいつが、僕が言っていた君をしつこくつけ回しているストーカーだ。君がこんな目になったのも、彼が原因だ。怖がることはない。俺がそばにいる)
その言葉は俺には聞こえなかった。
ただ──柚希の表情が変わるのを目の当たりにした。
⸻
怯え。
さっきまでより一層怯えている。
震える声が、彼女の唇からこぼれる。
「……あなたは……誰ですか? どうして私に酷いことをするのですか? もし私が酷いことをしたなら謝ります。だから許してください。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
世界が砕けた。
「……は……? な、何言ってんだよ……俺だろ、直哉だろ!」
必死に叫んでも、彼女は一歩、蓮司の背後へ身を引く。
その目は完全に“見知らぬ男”を見るものだった。
鼓膜が破れたように、音が消えた。
理解できない。
頭が混乱して、現実の輪郭すら揺らいでいく。
「……う、そ……だろ……」
声が震え、足元から力が抜けていった。
⸻
蓮司が軽く指を鳴らす。
「連れて行け」
看護師たちが素早く車椅子を運び込み、柚希を座らせる。
彼女は怯えたまま俯き、抵抗もできずに車椅子へ押し込まれていった。
ゴロゴロとタイヤの音が響く。
そのまま廊下の奥へと消えていく背中。
俺の声は、もう二度と届かなかった。
⸻
残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と──ゆっくりと歩み寄る朝倉蓮司。
彼はポケットに片手を突っ込み、にやけるような笑みを浮かべた。
「……少し、話そうか」
その声音は、惨めな俺に向ける残酷な合図のように響いた。