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3

 光が、眩しい。

 まぶたの裏に染み込むような白さに、柚希はゆっくりと目を開いた。


「……っ……」


 喉が渇いている。

 頭が重く、何か大事なことを思い出そうとするたび、霞の向こうで音が途切れていく。


「気がついたか」


 耳に届いたのは、落ち着いた男の声だった。

 視線を動かすと、そこにいたのは──朝倉蓮司。


 白衣の医師が脇に控えている。

 その組み合わせだけで、ここが病院だと理解した。


「ここ……は……?」


「事故で搬送されたんだ。安心してくれ、命に別状はない」


 医師の口調は淡々としている。


「ただし、頭部の衝撃で記憶に混乱が見られます。しばらくは不安定でしょう」


 “記憶”──その言葉が胸に刺さる。

 思い出そうとした瞬間、強い頭痛に襲われ、柚希は顔をしかめた。


「……っ……だれ……?」


 口に出たのは、思わず漏れた問いだった。



 蓮司は、ゆっくりと椅子を引いて彼女の傍に腰を下ろした。


「俺だよ。蓮司。……ずっとそばにいた」


 その声音は穏やかで、冷たさを覆い隠すように柔らかい。

 彼女の手に触れた指先が、わずかに震えているのを感じさせないように。


「記憶が混乱しているだけだ。心配するな。思い出せなくても、俺が支える」


 柚希は視線をさまよわせた。

 本当は、誰か他の人の顔を思い出そうとしていた。

 けれど霧がかかったように、輪郭は霞んでいく。


 残るのは、不安だけ。


 その不安を埋めるように、レンジの声が続く。


「君は強い人だ。でも今は休めばいい。……大丈夫、俺がいる」


 繰り返すその言葉が、徐々に耳に馴染んでいく。


 柚希はうなずいたわけではない。

 ただ、抵抗する力が残っていなかった。


 瞼を閉じる。

 最後に聞いたのは、彼の低い囁きだった。


「忘れてもいい。……俺が全部思い出させてやる」



 ***


 


 同じ頃。

 直哉は大学の図書館の片隅に座り、スマホを握りしめていた。


 《大丈夫?》《返事して》


 送ったメッセージは既読にならない。

 昨日から、ひとつも。


 鉛のような不安が胸に溜まっていく。

 会いたい。ただそれだけなのに。


「……どうして、会わせてくれないんだよ」


 呟きは誰にも届かない。

 彼はまだ知らなかった。


 自分のいない場所で、彼女の記憶に別の名前が刻まれ始めていることを──。

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