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やっぱり図太い女



 夕暮れの余韻が窓辺に残る頃、いつもと変わらぬ食卓に、それぞれが静かに腰を下ろしていた。長い食卓の上には香ばしく焼かれすぎた肉と、少々焦げついた色の野菜が並んでいる。


「焼きすぎだろ。レオンハルトだな」

「お、正解」

「今日は上手くできたよ」

「焼きすぎだっつってんだろ」


 空気はどこか落ち着いていて、言葉少なにナイフとフォークの音だけが響いていた。

 リアは座るギルフォードをちらりと横目で見る。彼は相変わらず無表情で、ただ黙々と食事を進めていた。


「……ギルフォード様」


 そっと声をかけると、ギルフォードはわずかに眉を動かし、こちらを見た。


「なんだ」

「……あの、肩布……夕方に受け取りました。ありがとうございます」

「そうかよ」


 いつものようにぶっきらぼうな返事。でも、それにもう慣れたリアは、ふっと微笑んで頷いた。


「はい。とても綺麗でした。大切にします」


 ギルフォードは特に何も言わず、ナイフをもう一度皿に戻す。リアは言葉のない反応にも、もう不満はなかった。ただその無言の頷きが、確かに彼なりの“気にするな”を表していると、今では分かるからだ。


 そんな二人のやりとりに、対面のエルマーが口を挟んだ。


「なんか、良かったな」


 誰に向けた言葉なのかは、相変わらず分かりにくい。けれど、どちらにも向けられているような含みがあった。


「で、何色だったの?」


 隣でスープをすすっていたレオンハルトがふいに顔を上げて訊ねた。


「赤だよ」

「へぇ……やっぱり、リアは赤が好きなんだね」


 その一言に、エルマーは一瞬箸を止めた。そのまま硬直した顔でギルフォードに視線をやる。焦りの色が浮かぶのも当然だった――一緒に肩布を取りに行ったのなら、当然、色くらいは知っているはずなのだ。

 けれど、レオンハルトはまるで悪気もなく、あっさりと話題を次に移していた。その様子に、エルマーは内心で冷や汗をかきながらそっと胸を撫で下ろした。


 ギルフォードは何も言わず、ただ黙々と皿の上の肉を切り分けている。彼の無反応が、かえって恐ろしいと感じるのは、エルマーだけだったかもしれない。


 食事はいつも通りの静けさの中で進み、そして同じように終わった。食器を下げ、それぞれの夜を過ごすために立ち上がっていく。


「書類終わらせる」


 ギルフォードもまた、食器を音もなく置くと、席を立ち書斎へと歩いていった。


 リアはそれを目で追い、そして小さく息を吸って、彼の背を追いかけるように立ち上がった。



 書斎の手前の廊下。重たい扉の前で、ギルフォードが手を伸ばしかけたそのときだった。


「ギルフォード様っ」


 リアの声が、背後から届いた。


「……どうした。まだ何かあんのか」


 ギルフォードは振り返り、不思議そうな声で応じた。けれどリアは少し言いにくそうに唇を噛み、それでも言葉を続ける。


「王宮と、旧里に行きたいんです。連れて行ってもらえませんか?」


 その一言に、ギルフォードの手が止まった。扉に触れたまま、ゆっくりと彼が振り返る。


「……ンなの、どこで知った」

「今日、アルバン様が遊びに来ていて……そのときに話してくれました。里の中で、まだ知らない場所があるなら、見ておきたくて……」


 リアの声はまっすぐだった。けれどギルフォードは眉をしかめ、視線を宙に泳がせたあと、一言だけ放った。


「ダメだ」

「え……何でですか?」


 リアがつい口に出してしまった問いに、ギルフォードは低く、短く答える。


「危ねえからに決まってんだろ」


 その声音には、リアが夕方に見た得体の知れない老人の記憶が重なっていたようにも思う。リアは小さく唇を閉じて、しばし黙る。


 けれど、それで引き下がるつもりはなかった。リアは一歩、彼に近づく。


「ギルフォード様がいたら……危なくないですよね」


 その言葉に、ギルフォードは目を丸くする。


「は?」

「ギルフォード様がいたら、絶対大丈夫だと思うので……王宮も旧里も、一緒に行って欲しいです」

「………」


 ギルフォードが忙しいのは百も承知だけれど、彼の許可が降りないのであれば、一緒に行ってもらうしかないとリアは考えたらしい。

 彼は呆けたような顔で、リアを見つめた。まるで言葉の意味が、じわじわと染み込んでくるのを待っているかのように思えた。


「ふ、はっ……」


 そして次の瞬間――彼は小さく、けれど確かに笑った。


「へ……」

「お前、図々しすぎんだろ」


 そのままクツクツと続きながら、口元が緩む。声には皮肉のような響きもあったけれど、温かかった。リアはぽかんとその様子を見つめてしまう。


 ギルフォードが、こんなふうに笑ったのを、初めて見た。


「な……だ、だって……」


 照れ隠しに言いかけた言葉が喉に詰まる。リアはただ顔を赤くしながら、視線を落とした。


 ギルフォードは最後に一言だけ言った。


「近々な」


 それだけを残し、書斎の中へと消えていった。


 リアはしばらくその扉の前で立ち尽くしていた。胸の奥が、じんわりと熱くなっていた。



 扉が閉まった書斎の中。

 ギルフォードは深いため息をひとつ吐き、机に資料を置いたまま、背もたれにぐっと体を預けた。


 静けさの中で、さっきの出来事がもう一度、ゆっくりと脳裏に蘇ってくる。


 ――『ギルフォード様がいたら、危なくないですよね』

 ――『王宮も旧里も、一緒に行って欲しいです』


「……ふ」


 声にならない吐息が漏れる。思い出すたび、口元が勝手に緩むのを止められなかった。

 今まで、自分に何かを“頼む”者はいても、こんなふうに真っ直ぐに、“一緒に何かをして欲しい”なんて言ってくる奴は、誰一人いなかった。


 普段から仕事は山積みだが、今は特別に忙しいと言えば、リアが遠慮する理由になっただろう。ギルフォードと普段あまり顔を合わせないのだから、それで納得するのは当然だった。

 でも――何とかしてやろうと、思ってしまった。


「……図々しいにもほどがあんだろ、マジで」


 そう呟いて、口元を手の甲で隠す。けれど、笑いは完全には消えてくれなかった。


 あいつ、マジで――図々しい。


 でも、悪くなかった。



 朝。

 すでに資料で埋め尽くされた書斎の一角で、ギルフォードは、エルマーとレオンハルトにようやく話を切り出した。


「……来週の火曜。王宮と旧里に行く」

「えっ?」


 いきなりの報告に、二人が同時に顔を上げる。


「誰と?」

「全員」

「全員ってことは……リアも?」

「あいつが行きてえっつって来たんだから、仕方ねぇだろ」


 さらっと言い放たれたその言葉に、二人して目を丸くした。


「お前、この忙しさの中でそれ引き受けたん? 珍しっ」

「リアの頼みだから断れなかったってこと?」


 あからさまににやけるエルマーを横目に、ギルフォードは表情を一切崩さず資料をめくる。


「つっても、俺一人じゃ回らねぇ。お前らも着いてこい」

「はっ……!? そういうことかよ!」

「行くのはいいけど、仕事はどうするの?」

「前日の夜に、まとめて片付けるから手伝え」

「前日の夜……」

「ってことは、俺ら“頼られてる”ってことだな!」


 エルマーが満面の笑みでガッツポーズを決めると、レオンハルトもじわりと笑った。


「……ふふ。まあ、仕方ないよね。リアの願いだもん」

「“あいつが行きてえっつって来たんだから仕方ねぇだろ”か……ギル、そーゆーこと言うようになったんだなあ~」

「うるせぇ」


 ギルフォードは無表情のまま資料を閉じたが、ほんの僅か、無表情の奥に照れが滲んでいた。



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