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二十二 酒場 2/3

 見知らぬ道をうろうろと、どのくらい歩き回っただろう。

 いつの間にか辺りは薄暗くなり、石畳に点々と窓の明かりが落ちている。ロディスは疲れ切った様子で息をついた。

 レフの言う通り、路地沿いに酒場らしい店は何軒かあるのだが、ユリウスがどの店にいるかまでは分からない。

 どの店も、外から中が見えるようには作られておらず、かといってこんな店に一人で入っていく度胸も無かった。

 酒場からは大人たちの笑い声のような声が低く響いている。田舎町で、しかもまだ夜というには早い時間なのに、どこもわりあい賑わっているようだ。

(この中にいるのかな……)

 通りかかる人々が、じろじろとロディスを見て不審そうに眉をひそめながら行き過ぎていく。

 名門校の制服を着た少年が路地裏の酒場をきょろきょろ覗いているなんて、誰だって怪しみたくなる光景だ。学校に通報でもされたら大変なところなのだが、雰囲気にのまれ、すっかり焦ってしまっているロディスはそこまで気が回らない。

 途方に暮れて、暗くなった通りを見回す。心細くて仕方がなかったが、それでもユリウスのことが心配だった。

 こんな所まで来ておいて、肝心なところで動き出すことのできない自分が何とも情けない。寮まで戻ってヤコフに相談してほうが良いかもしれない。そんな風に考え始めていた時のことだった。

 通りの向こうから、見知った人影がこちらにやって来る。

「あれ……?」

 暗いので、はじめははっきり見えなかったが、街灯の下に入ったところで確信を持った。彼は──

「ジル……!」






「あの……え、と、み……ミミ?」

 抗議しようと上げた声が上擦って情けない。されるがままにユリウスが連れて行かれたのは、店の二階だった。

 そこは一見すると普通の住居のようで、一瞬店の者の住居に入ってしまったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。短い廊下に二、三ドアが並んでいて、その中のひとつにやわやわと押し込まれる。

「ふふっ、いいからいいから。ミミにお・ま・か・せ」

 連れ込まれた部屋は、ミカエルが度々通っている彼女の仕事部屋(・・・・)であるのだが、もちろん、ユリウスにはそんなことは分からない。

「あ……の……」

「心配いらないわ。お金はちゃーんと、あの二人からもらうし」

「……か、金!?」

「そうよ? いやーね、ミミは娼婦だもの。当たり前でしょ?」

「え……」

「キミだって男なんだから、わかるでしょぉ?」

 躊躇無く耳元に顔を寄せて、囁く声に心臓が揺さぶられるような気がする。何と返せば良いかわからない。分からないというか、考える余裕が無い。

 何か言わなければと思っているうちに、ベッドの縁まで追いつめられてしまう。

「んふ、逃げちゃいやよ」

 ぽん、と肩を押されると、後ろに下がれない体は容易く傾き、そのままシーツの上に倒れ込む。スプリングのへたったダブルベッドは、ユリウスの背を嫌に優しく受け止めた。






「ちょ……っと、待って……ジル……っ!」

 足下が見えにくくなる時間帯、石畳の凹凸に何度も躓きながら、ロディスは悲鳴を上げた。ジルが、顔を合わせるなり彼の手を取って大通りの方へと駆け出したのだ。

「お前、あんな所で何してた!」

 声は明らかにロディスを責めている。不良学生だと思われたのだろうか。

「……リ……が……」

 弁明しようと口を開くが、こんなに走りながらでは喋るのは難しい。

「はぁ?」 

「だ……から、止まってって……っあ!」

 声を上げ、案の定思いきりつんのめった。

「わわっ!」

 顔面から地面に衝突しかけて、とっさに石畳に手をつく。

「いたた……」

 石に擦れた膝と、砂利が食い込んだ掌が熱い。

「お前……」

 後ろで友人が転んだのに気付いて、ようやくジルは足を止めた。

「ジルってば、突然走り出すなんて、ひどいよ……」

 ロディスは口を尖らせたが、ジルはキョロキョロと素早く辺りを見回している。 暗い路地には、酒場からの光が点々と落ち、大人達の喜怒ない交ぜの声が漏れてくる。周囲に危険が無いかどうか、確認をしているようだった。

 世間知らずのロディスと違って、ジルはここが、子供が日暮れ後に立ち話をするような場所でないことをよく承知しているのだ。

「なんで、こんな所に……」

 転んだ友人を助け起こしつつ、困ったように声を潜める。ロディスは膝を擦りむいていたものの、ジルがやっと自分の話を聞いてくれる体勢になったので、少しホッとしたようだった。

「……ユーリを探してたんだよ」

「え?」

「多分……連れて行かれたんだ。親戚に」

「は?」

「親戚……といっても従兄なんだけど、それが上級生にいるんだよ。彼らが……ユーリを校外に連れ出したとか聞いたから。心配で……」

 ロディスはそれで説明したつもりだったが、ジルには今一つ伝わっていないようだ。

「何が、どうなってるんだ……」

 突然の出来事と、理解できないその言い訳に、少年は頭を抱えてため息をついた。




「……やっぱり可愛いなあ。近くで見てもすべすべでさらさら」

 香水臭いベッドに押し倒し、女はユリウスの髪と頬を撫でた。

「わ、ちょ……」

「いいな、ミミちょっと羨ましい」

 手入れなど気にしたこともない、無頓着な十四歳の少年の皮膚は、彼の真新しく健やかな命を包み込んでいるおかげで固く整っていて、美しい。

「触るな……」

 逃げようと肘を突いて後ずさったユリウスが気付いた時には、彼女のこぼれそうな胸が鼻のすぐ先にあった。こんな状況下にあってなお、それは白く、優しく、暖かそうに見えて──逃げる動作と思考が停止しかけた所を、クスクス笑うミミに捕まった。

「な、にを……ん……っ!」

 何が起きたのかは、一応、すぐにわかった。

 熟れた果実のようなものが触れた……と感じた一瞬後には、もっと柔らかい感触が深く少年の唇を貪った。

「ん……ぁ」

 まるで、食べられているみたいだ。

 口内に押し込まれた女の温い舌が執拗に絡みついてくる。濡れてグニャグニャとしたものが歯列を辿り、淫らに触覚を翻弄する。

「……! ……!」

 口の端を伝う唾液が、自分のものか相手のものか区別がつかない。

 力が入らなかった。他に気を配るための感覚が、全部彼女と繋がっている部分に向かって収束していくような気がして、何だか、これでは──

 これでは、まるっきり、恋人同士のキスじゃないか。

「や……め……」

「お喋り、いや」

「ね……」

「ん……」

 趣味の悪い壁紙に、いやらしいピンクのシーツ。全然好みじゃない派手な女との不快な行為。の、はずなのに、抗議の声がコトバにならない。

 気持ちが良いのか、悪いのか。唇が離れる度、女が漏らす熱い吐息に、だんだん意識が霞んで、何かがドロドロと溶けていくみたいな感じがした。

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