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十九 ギムナジア《ジャン》

 いくら早耳のジャンとはいえ、その情報を知ったのは、偶然に偶然が重なった上での出来事だった。前日のテストが芳しくなかった彼は、教師から朝、授業の前に職員室に寄るように言い渡されていた。

 短い時間のことなので、補習ではなくて、テスト中居眠りをしていたことに対する注意が主な理由だ。彼は嫌々ながら言いつけにしたがって、兄より早く寮を出て、教師の元に向かった。

 しかし、どんな嫌みを言われるのだろうと散々覚悟の上だったのに、教師は、彼を呼びつけたことをすっかり忘れていた。

 それだけでなく、いつも丸々として血色の良い顔はその日に限って青白く(朝は低血圧、なんてタイプでは決してない)、そわそわと落ち尽きなく挙動不審で──結局小言のひとつも言わないままジャンを帰してしまった。

 おかしいな、と、その日からずっと思ってはいた。

 でも、そのことをすぐにロディスやレフに言いふらすことはしなかった。

 あの日の教師があんまり普段と違う様子だったので、ジャンなりに気を使っていたのだ。

 すぐに普段通りの授業を再開したように見えた教師の顔が、彼にはやはりどことなく怯えているような気がしてならなかった。

 何度考えても、あの日の朝から、教師は様子がおかしいのだ。

 いつの間にか、校内で教師の姿を見つけると、目が追いかけるようになっていた。

 何がおかしい、とはっきりいえるような状態でないけれど、ボタンを掛け違えた服を着ているのを眺めるような気持ちの悪さ。

 教師の方も知ってか知らずか、自分をじろじろ見るジャンを避けているような気もした。

 そして、そんなある日の、夜のことだ。


 休日の前の日、泊まりで帰宅するというレフに着いて、彼の家に遊びに行った、帰りの夜だった。

 彼の部屋にあった最新のコンピュータゲームでつい遊び過ぎて、夕食をご馳走になって門限ギリギリになっていた。

 急いで戻らなければ怒られると、歩道をそれて庭森をショートカットする。

 そこで、あの教師の声が聞こえてきたのだ。

「や……やっぱりアレは、殺人なんですか!?」

 哀れっぽい悲鳴みたいな声に、思わず茂みに身を隠した。

 殺人?

 殺人と言ったのか?

「いえ、だから、まだ腕以外の部位が見つかっていないので、何とも言えないのです。バラバラ殺人ならば通常、他の手足や胴体も続けて見つかる場合が多い。犯人は死体を捨てたがっているということですからね」

「で、で、では……」

「落ち着いて下さい。何も別に、あなたに危険が及ぶとは思われません。慌てず、今まで通り仕事を続けて下さい。生徒や他の教師に悟られないように」

「わ……わ……分かっています……」

「あなたに過度な負担がかかるようなら、校長と相談して職場を一時離れていただくことも考えています」

「そ、そ、それは! 困ります!」

「でしたら、しっかりしてください。あなたが警察署に頻繁に出入りしたのでは問題があると言われるから、私もこうして出向いているのです。不安なのは分かりますから、手間をかけさせるなとは言いません。ですが、くれぐれも他人に相談したりしないように」

「はい……」

「………………」

 聞いてしまった。

 男と教師の気配が遠く去っていくまで、ジャンは一歩も動けず、夜露に濡れた芝生にてのひらをついて、じっと息を潜めていた。

(殺人……事件……?)

 何ということだ。

 自分は、何ということを聞いてしまったのだ。


 少年の頭の中では、先程交わされていた怪しい会話の内容をリプレイしつづけている。

 恐怖と衝撃に、門限が過ぎてしまったことにも気付けなかった。


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