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十八 ギムナジア《ロディス》2/3

 そして、二人は目的地である、夜間クラスの授業が行われている校舎へやってきた。

「おおー、やってるやってる」

「ちょっと、あんまり顔を出すと見つかるよ」

「平気平気」

 折よく一階の教室で授業が行われていたので、どこからともなくユリウスが調達してきた脚立に上り、外に面した窓から顔を出して教室の様子を窺う。

 教室内は半分くらい生徒らしき子供で埋まっている。教師には見覚えがあるので、この学校の職員が担当しているようだ。なじみのある教室なのに、着席している誰も制服を着ていない。ロディス達から見れば不思議な感じがする。

 探さなくてもジルはすぐに見つかった。室内でもあの大きな帽子をかぶっていて少し変だ。怒られたりしないのだろうか。けれど、横顔は真剣そのもので、教師が話す言葉をひとつも聞き漏らさず飲み込もうとするかのように、まっすぐ教壇の方を見つめている。合図をしてこっちに気付いてもらおうと思っていたのだが、さっぱりよそ見などする様子は無く、二人に気付く様子はなかった。

「頑張ってるね、ジル」

「……あんなまじめに授業を聞くやつ、うちのクラスにはいないぞ」

 感嘆の息をついて、ユリウスは教室内の生徒たちを眺めていた。教室内には、随分年上に見える者も多かった。様々な事情の者が集まるこういうクラスでは、入学者の年齢が揃っているわけではないのだ。

 窓際に近い席の者が何人かこちらに気付いたが、皆むっとした顔で二人を一瞥しただけでそれ以上こちらを見ようとはしない。面白半分で覗き込む制服の二人を、このクラスの生徒は良くは思わないようだ。

「……ロディ、せーので降りるぞ」

 睨まれたことにひとつふたつ文句でも言うかと思ったが、ユリウスはなぜか清々しい表情でそう言った。

「うん」

 ロディスも頷く。二人とも理解していた。これ以上彼らの邪魔をしてはいけない。

 しかし、

「……せーのっ」

「わっ!」

「えええっ!?」

 掛け声と同時にぐらりと視界が回る。

ユリウスの方がひと呼吸はやく天板を踏みきって飛び降りたようで、片側の軽くなった脚立は、ロディスごとひっくり返ろうとする。反射的に何かに捕まろうとして、ロディスは思いっきり友人の上着の袖を掴んだ。

 全く、何のためにタイミングを合わせているのだかわからない。そのまま、二人して情けない悲鳴をあげて昼下がりの庭に放り出される。

 その声はガラスを隔てた授業中の教室にもしっかりと響きわたっていた。




「君は運動神経が鈍すぎるぞ」

「ユーリがひとりで先に降りちゃうのがいけないんだよ。運動神経は関係ない。せーので降りようって言ったのに……君のタイミングが自分勝手すぎる」

「えええ。「せーの」は「の」で降りるんだぞ。君がおかしいんだ!」

 擦りむいた肘やら膝やらをそのまま、池のほとりで座り込んで先ほどの情けない事故についての責任の所在について言い合っていたのだが――

「……何やってるんだ、お前ら」

 背後から突然ジルの声が降ってきた。

「うわ」

 唐突な登場にユリウスはのけぞり、

「あ、終わったんだ。お疲れさま」

 ロディスは慌てて笑顔を作る。 

「さては、さっきの悲鳴、お前らだな」

 色々と察したらしいジルは、憤慨半分苦笑半分で二人を睨む。

「さっきの……って、聞こえてたのかい?」

 ばつが悪そうに、ユリウスは頭を掻いた。

「教室は静かだからな。みんな、本科の生徒はこんなに馬鹿なのかと呆れてたぞ」

「あっ、あれは、ロディに運動神経がなかっただけなんだぞ!」

「ま、またそう言うことを蒸し返す!」

「だって……」 

「はぁ。どうでもいいよ」

 再び言い争いを始めそうな二人に、ジルがぴしりとくぎを刺して制する。

「それよりどうしたんだ? こんな所で」

 話題を変えられると、ユリウスは気を取り直して笑顔になった。

「君が勉強してるところを、見ようと思ったんだ」

「……見せ物じゃないぞ」

「ちょっとくらいいいじゃないか。しかし君、すごく頑張ってたな」

 脚立から落ちる前の光景を思い出して、ユリウスは称賛する。ロディスもうんうんと頷いて続いた。

「うん。随分熱心だった。君は仕事もまじめだけど、勉強も頑張ってるんだね」

 少年たちにとって、勉強は境遇の違いを超えて出来るフェアな話題である。新しい友人とこういう会話ができることは、喜ばしいことのように思われた。

「え……いや……別に、これくらい、普通……」

 けれど、ジルは戸惑った様子で赤くなって俯く。

「何か目標でもあるの?」

 ロディスに覗きこまれると、ますます焦った様子で目をそらしてしまった。

「目標? あの……」

「あははは、君は口が悪いくせに、ちょっと褒められるとすぐ照れるんだな」

「べ、別に、そういうわけじゃない……」

「最初はおっかないと思ったけど、以外と可愛い奴だ」

「違う、な、慣れてないだけだ!」

 怒っているのか呆れているのか照れているのか分からないが、ジルは赤い顔のままプイと背を向けて歩き始める。慌てて二人も立ち上がって後を追った。

「ちょ、待ってよ、どこに行くんだい」

「どこって……家に帰るだけだ」

「もう帰るの?」

「授業は終わったし、今日は仕事も休みだから」

「時間があるなら、僕らの部屋に遊びにおいでよ」

 なんとなく名残惜しくて、とっさにロディスが提案する。

「えええっ!?」

 ジルは仰天し、ユリウスは目を輝かせる。

「そうだそうだ。遊びにき給えよ! 寮なんて別に面白いことは無いけどさ」

「……遠慮、する。今夜は父さん帰ってくるから、食事の用意もあるし……」

「ジルが食事まで作ってるの?」

「へぇ!」

 穏便に辞退したつもりが、ますます二人の興味に火をつけてしまったようだ。

「……ああもう、じゃあ、お前らこれからうちに来るか?」

「いいのかい!?」

「……ここで別れても、つけられそうだし」

「いやー、よく分かってるなあ」

「……ユリウスは分かりやすいからな」

「あはははは」

「あ。そうだ」

 不意にジルが立ち止まって、教科書の詰まった鞄を開けてごそごそと探る。見ているロディス達に、少年は何やら袋を取り出した。

「ほら、その傷を消毒してコレを貼れ」

 差し出したのは小さい消毒スプレーと絆創膏のようだった。二人とも、先ほど脚立から落ちた時に手と足を擦りむいたのをそのままだ。

「放っておくと膿むぞ」

 一枚一枚几帳面に切り取られた絆創膏を受け取って、二人は茫然と礼を言った。

「異常に用意がいいんだな……」

 ユリウスが呟くと、ジルは二人がポカンとしている理由がわからないように首をひねった。

「……これくらいは鞄に入れてる」

 ユリウスもロディスも、擦りむいた時のために鞄に絆創膏を常備しておこうなんて、今まで思ったこともない。

「鞄に何でも入れてるなんて、まるでうちのばあやのようだ」

「ば、ばあや?」

「ばあやはいつも肩から大っきな鞄をさげてて、絆創膏でも水筒でも辞書でも何でも持ってるんだぞ。木の上で突然お茶を飲みたくなったとか、そういう時にすごく便利だ」

「はあ……?」

「加えてチビ。やっぱり君と似てるよな。あはははは」

「ふ……ふざけるなっ!」

 怒ったジルに思い切り背中をはたかれたが、ユリウスは上機嫌で笑って、三人でこれから向かうべき門の方へと駆けて行った。

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