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十四 ギムナジア《ロディス》2/2

「ああ、もう、病弱なのは毒舌の言い訳にはならんと思うぞ、僕は」

 先刻の怒りの収めどころのないユリウスは、ムスリと腑に落ちない顔で呟く。

「まあ、それはそうだけど、悪気は無さそうだし」

「女だからって甘くするのは良くないとおもう」

「レフ達も、そういうわけじゃないんだって。……確かに、さっきのは言い過ぎだと思うけどさ」

「そーだ。全くそうだ」

 とはいえ、レフにああ頼まれてしまった手前、ユリウスには当面我慢をしてもらわなければならない。このまま愚痴を聞いてやればいいかなと思っていたら、並んで校舎に向かう途中で、植木の合間でチラチラ覗く、アリサのツインテールを見かけた。

「……噂をすれば」

「もう薬を飲んだのか、あいつ」

 見つかると面倒なのでさっさと逃げようと思ったが、彼女の傍らにいる少年の姿をみて、思わず足を止める。

「ジルじゃないか」

 ユリウスも気付いたらしい。一緒に立ち止まり、ロディスが思ったのと同じ台詞を口にする。ジルとアリサは何やら話をしているようだ。眺めていると、こちらに気付いたらしいアリサが手を上げて、それをぶんぶんと振る。大喜びの子犬みたいで、何だか無視しづらい。

 アリサはジルの背中によじ登って、あっちへ行けと言っているようだ。まもなく、少女を背負ったジルがこちらに駆けてきた。

「……チビがチビをおんぶしてる」

「うるさい」

 ユリウスに笑われて、ジルはギロリと睨む。

「ジル、もーちょっと背を伸ばしなさい。足がついちゃうでしょ」

「んもう、無茶言わないで……」

 確かに、ジルの身長でアリサをおぶると、彼女の足が今にも地面についてしまいそうだ。

「ふふふ、あははは! ねえ、ジル、ロディ達はお勉強があるから、私たちは向こうの池の方に行ってみましょ。お魚がいるって聞いたわ!」

 兄達が授業を受けている間、アリサは退屈していないのかと思っていたのだが、彼女がずっと楽しそうにしているのは、つまり、こういうことだったのだろう。

「ほらほら、はやく、走って頂戴!」

 仲良しになったというか、振り回しているだけというか、何とも言いがたいところであるが、困り顔のジルは迷惑そうにはしていないから、やっぱり仲良くなったということなのだろう。

「分かった! 分かったから、足を動かしたら落ちるって!」

「じゃあねロディ、また!」

「じゃ、じゃあ、二人とも、またな……」

 ジルはそれでも庭仕事で鍛えられているのか、アリサを背負って果敢に走っている。時々よろめきかけるその姿は少し……いや、「かなり」頼りないけれど、彼は身体が小さい以外はしっかりしているし、大丈夫だろう。

 少女の上機嫌な笑い声と共に、小柄な二人の姿が庭木と木漏れ日の向こうへ消えていった。




 何となし気持ちが慌ただしいせいか、ふと気がつくともう放課後。

 ぼんやりしたまま寮へ戻ったら、読んでいる途中の本を何冊か教室に置き忘れてしまった。

 あかね色の廊下を、人気の無い教室へと戻る。カラカラ、と、乾いた音のするドアを開けると、教室にはポツンと少女がひとり。

「ロディだ」

 こちらに気付いたアリサは嬉しそうに微笑むが、疲れているのだろうか、声は僅かに頼りなく聞こえた。そろそろ迎えの来る時間なんじゃないかと思いながら、自分の忘れ物を回収する。

「教科書?」

 少女はちょこちょことロディスの後ろをついてきて覗き込む。

「ううん、これは別の本」

「ふぅん」

「アリサ、どうして一人なの?」

「お兄ちゃんを待ってるの。今日はパパ達が来られないから、お兄ちゃんと帰る」

「そう。ならいいけど、あまりはしゃいで無茶をしないようにね。みんな心配するから」

「そんなこと、わかってるわ。走るのはジルにやってもらうの。大丈夫よ」

「……ジルにも、あんまり連れ回したり、無理を言ったりしないんだよ」

「言ってない」

 アリサは口を尖らせた。

「言ってると思うよ。彼には仕事があるからね、邪魔しちゃだめ」

「だって、退屈なんだもの」

「そうだと思うけど……でも、だからといって、我が侭を言っちゃいけないと思わない?」

「おもいません」

 これは手強い。心配され、甘やかされて育つとこんな感じになるのだろうか。なんと言って言い聞かせれば良いのだろう。

 思案に暮れるロディスだったが、アリサは気にも留めない様子で暇そうに足をばたつかせ、頬杖をつく。

「ロディって、お兄ちゃんとけんかしたりする?」

 そして、不意に予想外のことを口にした。

「え? ……どうして?」

「お兄ちゃん、ロディのこと嫌いだって」

 キッパリそう言ってこちらを見つめてくるアリサには、不思議と腹は立たなかった。素直すぎるだけなのだ。

「……喧嘩はしないよ」

「お兄ちゃんが怖いの?」

「うーん……どうかな」

 本を持ったらさっさと寮へ戻ろうと思っていたのに、何となくこの少女を教室に置き去りにするのは憚られるような気がして、彼女の向かいの席に腰を下ろす。

 教室には深く西日が差して、アリサの白い顔に、濃い影を落としていた。

「あいまい」

「ごめんね」

「いくじなしなのね」

「……反論できないかな」

 ポツリポツリと話をしていると、やがて彼女の兄が現れる。そろそろ来るだろうとは思っていた。

「ア……な……」

 ロディスの姿をみて唖然とするマルクが何か嫌な台詞を口にする前に、ロディスは立ち上がる。

「じゃあアリサ、またね」

「あ……ちょ……待て、ロディス!」

 マルクの怒りに付き合っていては夕食が不味くなってしまう。ニコリと笑ってさっさと廊下に退散する。

 夕日の名残の残る教室を出ると、廊下は思ったよりずっと暗く、ひんやりと寒かった。


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