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十二 ギムナジア《レフ》

「ああいうのはないと思うぞ」

 放課後、部屋へ戻ってきたマルクに、同室のレフはちょっと怖い顔で声をかけた。

「……何の事だ?」

「とぼけるなよ、昼間のことだよ」

「ロディスのことか?」

 昼間の、と言われて思い当たる程度には、マルクにも自覚があった。

「同じクラスなんだぞ、ああいうのは良くない」

 彼がロディスに投げつけた言葉は、教室にいた同級生達に聞こえていた。二人とも普段通りの顔で教室に戻ってきたので、誰も何も追及はしなかったが、マルクの言葉を聞いた者の中に微妙な感情が生まれないとも限らない。ロディスはもともと、他の者に嫉妬されやすいタイプなのだ。

「お前にとやかく言われる筋合いはない」

 マルクは一蹴して勉強をはじめようとしたが、レフは食い下がった。

「あるだろ!」

 レフはお調子者だが正義感が強く、理不尽を見過ごせないタイプだ。

「僕があいつのことをどう思っているかなんて、お前に関係ないだろう」

「それはそうかもしれないけど、君がああいう風に言えば、影響を受ける奴がいるかもしれない」

「それこそ僕には関係がない」

「監督生候補ならその辺考えるべきだろう?」

 来年度からは、彼らの中からも監督生が立つことになる。リーダー候補はロディスかマルクのどちらかだろうと思われていた。

「お前……何様だ」

「……俺は、差別は良くないって言ってるだけだろう。そんなこと、常識だと思うけど?」

 友人が振りかざす正論に、マルクは折れるつもりはないらしい。

「理不尽な理由での差別と、正当な理由のある侮蔑は別だ。あいつは唾棄すべきエウロ貴族だ」

「ロディは何も悪くないだろ!」

 カッと頭に血が上ったレフが声を荒げた刹那、控えめなノックの音が場に水を差す。

「あのー……」

 恐る恐る顔を出したのはジャンだった。

「マルクに、その……電話だって。家の人から」

 寄宿舎で暮らす生徒たちが部屋に個人の通信端末を持つことは禁止されている。家族など、外部からの連絡はすべて寄宿舎にかかってくる決まりだった。

「……わかった」

 短くそう言って、マルクはさっさと部屋を出て行く。

 後には怒りに青ざめたレフと、まるで自分が怒鳴られたみたいな顔をしたジャンが残された。

「あ……あの……さ……」

 荒事の苦手なジャンは、こわごわ口を開くが、レフは険しい顔を緩めて、はあと大きく息をついた。

「……ああ、悪いジャン。助かったよ」

 いつものレフらしい声に、ジャンはホッとして微笑む。

「何か……あった?」

「あー……あはは。何でもない」

「……レフがあんな風に言い合うなんて、珍しいから」

「だな。……俺もそう思う」

「もしかして、昼間のこと?」

 マルクの言葉を、ジャンも教室の中で聞いていた。

「えと……」

「……やっぱり。レフって、何かとロディの肩持つよね」

 マルクの擁護とも取れる言い方に、レフはムッとして口を開いた。

「いや、あれは肩を持つとか持たないとかじゃないだろ。マルクが悪い」

「……そうかなあ」

「お前……」

「あ、いや、僕は別に……ロディのことは好きだけどさ。でも、マルクだって差別主義者じゃないだろうし、そもそも、あんまり曲がったこととか、言うタイプじゃないし……」

 ジャンの言葉がもっともなのは、ルームメートで友人のレフはもちろん理解できる。だが、

「あ、いや、でもその、ひどいこと言うのは駄目だよねっ。僕もそれはそー思うよ。うん!}

 レフがまた怒り出しそうなのに気付いて、ジャンは慌ててお茶を濁す。

「あ、じゃあほら、僕そろそろ部屋に戻るから……」

 そう言って、愛想笑いのままのジャンが扉を閉めるのを、レフはただ、黙って見送った。




 マルクが部屋に戻ると、レフはまだ部屋にいた。

 あんな言い合いになった後である。てっきり別の友人の部屋にでも避難しているものだと思い込んでいたマルクは、内心少し驚いた。だが、ここで自分が出て行っては、逃げるみたいで格好が悪い。

 ベッドに腰掛けたレフの前を通り過ぎて椅子につき、無言で参考書を引っ張り出す。


「……あのさあ」

 沈黙の時間はそう長くなかった。口火を切ったのはレフだ。

「前から疑問だったんだけど、どうしてそんなにロディが嫌いなんだ? 君は優秀なんだから、嫉妬ってわけじゃないだろ?」

 さっきのジャンの話ではないが、マルクはプライドは高いし口も悪いが、公平で良い奴だ。でなければずっと友人なんてやっていない。

「……エウロ貴族は嫌いだ」

「そればっか。そういう、ひと括りにした言い方は、俺じゃなくても支持は得られないぞ」

 レフの言葉に、マルクはプイとそっぽを向いて小さく落とす。

「お前が知らないだけだ」

「マルク……」

 友人が何か言いかけるのを遮って、顔をそむけたままマルクは続ける。

「カスタニエ公爵家といえば、エウロ帝室にかなり近い家柄だ」

「え?」

 レフは驚いた。ロディスがエウロ人で、貴族の家の子であることはみんな知っているけれど、彼の家がどんな家なのか詳しい者はいない。ロディスは自分の実家の話はしないし、エウロ貴族というのは沢山いるので、()の人間にとってはあまりよく分からないのが実情なのだ。

「実際、以前あった継承者問題の時に、あいつの父親の名前も挙がってる」

「それって、皇帝になったかもしれなかったってこと?」

「そうだ。でも、セルジュ・カスタニエ公爵は全部放棄して隠居したらしい。それで、息子は外の学校へ留学。腰抜けもいいところじゃないか」

 早口なマルクの呟きを、レフは呆気にとられたまま聞いていた。

「え……と……悪い、話が全然分からない。それに、何で君がそんなことに詳しいんだよ」

「……父さんの専門が政治学……それも、特に自治区関係学だから」

「ははぁ、受け売りってわけ」

「悪いか」

「悪いとまではいわないけど」

 マルクは子供っぽい表情で俯いたが、すぐに気を取り直したように顔を上げて続けた。

「エウロは皇帝の代替わりの度に内輪揉めばかり繰り返している。それによって内政はひどくなって、移民や難民も増える一方なのに、奴らは何もしない。何もしないのも悪いが、カスタニエ公爵のように、面倒ごとから逃げて自分の領地に隠るような貴族はもっと最低だ。放棄するなら、財産も放棄して全部市民に分け与えるべきだろう」

 今度はきっぱりと言う。

「そんな奴の息子が、のうのうとこんな遠くの学校で平和に暮らしてるのは間違ってる。あいつはもっと他に学ぶべきことがあるはずだ」

 マルクの言った事が正しいのかどうか、レフには分からなかった。言っていることは分かるけれど、理解するにはちょっと難しい問題だったし、第一、自分もロディスも、マルクもまだ十三歳だ。そんな……子供ではどうしようもないような問題で責められるのは酷ではないか。

 自治区がどうのとか、皇帝がどうのとか、そういうことは大人が考えることなんじゃないかと思った。

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