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第7話 寡黙な彼の名は藤倉春之信

 藤倉様はゆっくりと、懐かしむように語り始めた。


「わしは五男だったおかげで、時間が大いにあったからの。少しばかりだが、こうして異国の言葉を話せるようになった。そのきっかけが、ストックリーとの出会いと、ドワイトとの長年の付き合いだ」

「はははっ、こんな無茶苦茶な会話は、我らの間でしか通用しませんけどね」

「むむっ。やはりエウロパでは通用せぬか?」

「私と藤倉様の間だけですよ。まぁ、マグノリアも多少は聞き取れているようですが」


 笑い合う二人を見て、何だか違和感を感じた。

 何がそう感じさせているのか、少し首を捻って二人の会話に耳を集中させる。そうして、はたと気付いた。通訳がいないんだわ。

 

「恒和の言葉が分かるのは、交流のある商人だけですからね。ほとんどの者は恒和国をお伽噺の国だと思ってますよ」

「なんと。実存すら認められてないのか」

「それどころか、一部ではハラキリ民族は野蛮だと、真しやかに語られてますからな」

「聞き捨てならぬぞ」

「我々の文化に、切腹なる処罰はないので、衝撃が大きいのでしょうな」

「ふむ……やはり、もっと交流を進めるべきだな」


 もう一つの違和感にも気づいた。

 二人の会話は、エウロパと恒和国の言葉が上手いこと織り交ぜられている。そのおかげで、私もなんとなく会話が分かるんだ。でも、これって誰もが出来ることじゃないわよ。二人が長いこと交流を続けた賜物だろう。


「お互いの国で言葉を教え合えば、交流も進むでしょう。しかし通訳たちは、仕事がなくなると言って渋るんですよ」

「こちらも同じようなものだ。大陸への警戒心が強い分、余計に厄介だな」


 困ったものだと言って顔を見合う二人だけど、悲壮感はない。むしろ、楽しそうだわ。

 

「彼女のように異文化に興味を示し、学びたいと強く思う若者がいるのは救いですな」

「うむ。マグノリア殿は、どのくらい恒和の言葉が分かる?」

「はい……先日、恒和の方と話をする機会がありましたが……藤倉様のようにゆっくり話して頂けず、聞きとるのは難しかったです」

「ふむ。やはり()()()()か」

「……え?」


 今、藤倉様は何と言っただろうか。

 聞き間違えでなければ、()()()()()()といわれたのよね。それって、藤倉様の過去の話と比べてのことかしら。でも、それなら、私もそうだった、と言うわよね。もしかして、誰か私のように言葉を聞き取るのが難しいと感じてる人がいるってこと?

 言葉に違和感を感じて首を傾げた時だった。


「お祖父(じじ)様、遅くなりました」


 聞き覚えのある声が後ろからかかる。

 振り返ると、そこには見覚えのある若い武士が立っていた。目が合ったけど、彼はにこりとも笑わずに少し頭をたれる。


 彼を視線で追いながら、私は数日前を思い出した。

 間違いない。彼は商館で出会った二人連れの武士、その片割れだわ。


 どう言葉をかけたらいいか分からず、私が相槌を打つように頭を下げると、彼は座敷に上がって藤倉様の傍に腰を下ろした。

 優しい衣擦れの音が響いた。


 少しくすんだ薄緑色の小袖に、袴と羽織の藍色が彼の落ち着いた雰囲気にとても合っている。

 恒和国の色というのは、自然の植物にとても近い。少しくすんでいるようだけど、それがある種の味わいになるのね。藤倉様をお祖父様と呼ぶ彼の黒い瞳やその艶やかな黒髪も相まって、まるで静かな夜のように見えた。

 

「薬師殿。先日はお世話になりました」


 耳触りの良い少し低めの声が、私に向けられた。それは恒和の言葉ではなく、エウロパの共通語だ。それもとっても綺麗な発音だわ。


 彼は少し困った顔で首筋をこするけど、突然の言葉にただただ驚いた私は言葉を返せなかった。


 ほどなくして、ドワイト商館長がわざとらしく咳払いをしたことで我に返った。

 横を見れば、にやりと笑う商館長がいる。


 もしかして、この若い武士がここに来ることを知っていたのかしら。だったら、どうして教えてくれないのよ。

 驚きの再会は、否応なしに私の鼓動を速めていった。耳まで熱くなってきたし、きっと頬は赤く染まっているだろう。


「伝わらないようですね。やはり、話すのはまだ」

「いいえ! 伝わっています!」


 彼の申し訳なさそうな様子に慌てて返せば、切れ長の瞳が少し見開かれた。

 だが、返事はない。そのせいで、今度は私が不安に思う番となったけど、視線を逸らした彼から「よかった」という呟きが聞こえてきた。


 思わず安堵の息をついたけど、私たちの会話が続くことはなかった。


 これは、私から何か話しかけた方が良いのだろうか。恒和の言葉を試すチャンスよね。ここは勇気を出して──あれ、と疑問が浮かぶ。

 彼はあの日、私たちの言葉を話してなかったわよ。なのに、さっきは確かに綺麗な発音で礼を言っていた。えっ、話せたの? あの時、話してくれても良かったのに!


 突如、藤倉様が大きな口で笑い声をあげたことで、私の思考は止められた。横を見れば、ドワイト商館長も笑いを必死に堪えている。


「……商館長、これは、どういうことですか?」

「お前が言ったのだろう。協力者が欲しいと」

「状況が理解できません」

「ドワイト、マグノリア殿に説明をしておらなかったのか?」

「その方が面白い……いや、事前に知っていたら()()()()()()なってしまうかとも思いましてな。打ち解けるのに、丁度良い話題になると思いませんかな?」


 今、面白いって言いかけたわね。

 疑いの眼差しをドワイト商館長に向けてみたけど、彼はすっとぼけて視線を逸らした。


 つまり、ドワイト商館長は私と彼が以前会っているのを知っていたのに、今日、彼が顔を出すことを黙っていた。私を驚かせて、話題にしようだなんて、ずいぶんと子どもじみた悪戯ね。


「そう(ふく)れぬな。可愛い顔が台無しだぞ!」

「何ですかそれ!? 教えてくれても良いのに……よそよそしくなんてなりませんよ!」

「さて、どうだかな」

「ドワイトは昔から、そういう悪戯が好きだな。配下は苦労するの」

「えぇ、本当に!」

 

 私に気を遣ってくれる藤倉様だけど、商館長の悪戯は気に入ったようで、ずいぶん愉快そうだ。この二人、もしかして似た者同士なのかも。

 商館長に困りつつも、不思議と緊張が解けてほっと吐息が零れた。

 

「マグノリア殿、これは孫の春之信だ。わしの影響もあってエウロパに興味を持っている」


 藤倉様は(かたわ)らに座らせた彼、藤倉春之信を孫だと紹介した。


「まだまだ話すのは難しいと言うのだが、わしから見れば、これに勇気がないだけのように思えての」

「……勇気、ですか?」

「そうだ。わしより言葉を知っておる」

「春之信殿は幼き頃より、私にも言葉を教えて欲しいと言ってましたな」


 懐かしむように、ドワイト商館長は春之信さんを見て「大きくなられましたな」と頷く。そんなに長い付き合いなのね。


「そのおかげか春之信は、わしより話すのも上手い。わしらが初めて話した時は、全く会話にならなかったというに」

「時間を重ね、こうして話が出来るようになりましたな」

「うむ。だからこそ、春之信にも交友の喜びを知ってもらいたいと思うてな」

「そこで、お前の散策の供を春之信殿に頼んではどうかと、私から提案したのだ。お前は、度胸だけはあるからな。良い影響を与えるだろう」


 度胸だけって、それ、褒めてませんよね。

 ドワイト商館長に一言物申したくなりながら、私はぐっと口を引き結んだ。


 遊ばれているような気もするんだけど、悪い話ではない。

 多少とはいえ、言葉が通じる。しかも、名門と思われる武家のご子息なら、そうそう変な輩に絡まれることもなさそうだ。それに、言葉を教わるチャンスでもあるわね。


「いかがかな、マグノリア殿。孫をそなたの恒和散策の供にしていただけるかな?」

「こちらこそ、よろしくお願いします! あの……春之信さん、私に恒和の言葉を教えてくださいますか?」


 尋ねると、彼は静かに「相わかった」と返してくれた。なんだか憮然としてるけど、怒ってる訳じゃないわよね。

 それっきり、私たちだけでは会話が続かず、見かねた藤倉様が小さなため息をついた。


「春之信、お前もマグノリア殿にエウロパの言葉を教わると良い。良いかな、マグノリア殿?」

「はい。お互いに学べていければ良いと思います」

「うむ。まことに賢い女子(おなご)だ。春之信は、少々言葉の足りぬところがあるが、気にせず話しかければよい」


 藤倉様はご機嫌な様子で頷くと、ところでと話題を変えてきた。

 

「マグノリア殿は、ストックリーに興味をもっておると聞いたが」

「はい。ストックリーが旅をした恒和国を訪れるのが、長年の夢でした!」

「であれば、白江城下へも行ってみたいのではないか?」


 突然の問いかけに、私の心臓がどきんと跳ね上がった。

次回、本日13時頃の更新となります


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