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第6話 立派なお屋敷で出会ったのは、隠居されるには若く見える武士でした

 色素沈着を軽減させるには時間はかかるだろうけど、魔法薬ならなんとかなるだろう。

 実際見たいところだけど、弥吉さんに話を聞くしかなさそうね。


「三ヵ月前の火傷ですが……場所は?」

「額のあたりなんですがね。白粉(おしろい)を塗っても、うっすら分かるって気にしちまうんですよ。痘痕(あばた)もえくぼって言いますから、惚れた男は気にしやしないって言っても、ダメでしてね」


 自分の頬を指差した弥吉さんは、ちょんちょんとその広い額を指差した。そんな目立つ場所に火傷の痕が残ったら、さすがの私も気にするわね。


 火事の際、落ちてきた材木の破片にでも当たったのかしら。

 三ヵ月前と言えば、恒和国はまだ冬の寒さが残っていた時期だろう。木造家屋が並ぶ街並みだし、一気に火の手も広がったのではないか──想像しただけでも、背筋か震えた。怖かっただろうな。


 私は思わず顔をしかめていたらしく、弥吉さんが「ぷれんてす殿?」と不安そうに声をかけてきた。


「やはり古い火傷は、難しいですかね」

「いいえ。多少、時間はかかりますが改善は可能だと思います」

「見なくても分かるんですかい」

「出来れば、見た方が良いんですけどね」


 苦笑を浮かべながら席を立ち、薬の保管庫の鍵を外す。中から取り出したのは保湿液の入った瓶と、軟膏の入った小さな壺だ。どっちも、私の魔力を付加してある。

 それぞれの効果を説明すると、弥吉さんは感嘆の息をこぼした。


「ぷれんてす殿は、医者じゃないんですかい? まるで医者のようだ」

「薬師ですよ。私は、医者のように直接の治療は出来ませんから」

「直接の治療とは何ですかね?」

「例えば、傷を縫い合わせたり、体内の悪いものを切除したり等の行為ですね。さて、これから薬の使い方を説明します。きちんと覚えてくださいね」


 医者と薬師の違いは他にも多々あるが、ここでその説明をする必要もないだろう。話題を変えるべく、私は弥吉さんの前で薬の蓋を開けた。


「手を失礼します。まずは火傷痕の箇所を綺麗に洗ってから、この液体を優しく塗って下さい。」


 弥吉さんの手首を掴み、用意した濡れタオルでその甲を拭ってから、保湿液を垂らして指で広げてから抑え込んだ。馴染ませるように優しく抑えるのを繰り返し、しっかりと液体が肌に馴染んだ後、軟膏を指にすくって重ねて塗る。

 

 私の行為を、弥吉さんは眉間にしわを寄せながら、真剣に見つめていた。息をするのも忘れてしまいそうな様子で、取りこぼすことなく覚えようとしているのが分かる。本当に、蕎麦屋の娘さんのことを大切に思っているのね。

 

「こうして軟膏を塗りましたら、上から綺麗な布を当てて下さい。それを毎日、朝と晩に行います」

「それだけですかい?」

「はい。一ヵ月後、出来れば蕎麦屋の娘さんをここにお連れして、医師に見せてください。状態を見れば、これよりも適した薬を作ることも可能ですから」

「相わかった」


 ほっと安堵の息をついた弥吉さんは、深々と頭を下げ、お代はいくらかと聞く。すると、丁度よく部屋を訪れた会計が私に代わり、話を続けることになった。

 娘さんの気が変わって、ここを訪れてくれれば良いんだけど。そんなことを考えながら、私は薬の処方記録を魔法書に残した。



 数日後、私は外関町からほどなく離れた屋敷を、ドワイト商館長と訪れていた。

 商館長の古いご友人に会うというだけで、すんなりと関外町から出るための手形が手に入ったのは驚きだった。それだけ、その人物が重鎮ということだろうか。はたまた、商館長が凄い人なのか。もしかしたら両方なのかもしれない。


 屋敷は周辺の建物と明らかに作りが違った。立派な門に白塗りの壁。いくら恒和の建築に疎い私だって、この屋敷に住むのが庶民でないことくらい分かる。


 中に通され、広い庭を横目にしながら板張りの床を進んだ。

 なんて美しい庭だろうか。

 

 整えられた庭園は、季節の花木がただ美しいだけではない。池まで丁寧に作られている様がなんとも贅沢だわ。

 池の中央にある小島へとかかる石橋も洗練された形をしているし、水面に映る青々とした葉の美しさがとても心地よく目に映る。きっと、秋になれば葉が赤く色づくだろう。その移り変わる姿をぜひとも見てみたいし、出来れば、散策してあの橋を渡ってもみたいわ。


 案内してくれる武士の後ろで、感嘆の息をついていると、奥の部屋に通された。

 何もかもが初めてで感動が尽きない。


 畳だったかしら。歩いてきたヒヤリとする板貼りの床と違い、これはカーペットがなくてもぬくもりを感じる。ほんのりと草の香りがするのも心地良いわ。この床なら直に座ることが出来るのも納得だ。


 腰を下ろして横をふと見れば、そこ美しい庭園を臨むことができる。

 その姿は、立って眺めるのとまた違う。四角い枠にはまっているようにも見えて、まるで絵画のようだ。寝そべったら、また違う姿を見せてくれるのかもしれないわね。


 庭や畳、初めての感覚に驚きつつ、恒和国では椅子に座る文化のない理由を、なんとなく知れた気がした。

 

 物思いに耽っていると、深緑の着物に袴姿で黒い羽織をかける武士が現れた。見たところ、五十歳を超えたくらいのようだけど、まさか、この人がご隠居様じゃないわよね。


 どなたかしらと思っていると、横に腰を下ろしていたドワイト商館長が「久しぶりですな」と言って立ち上がろうとした。私も慌ててそれに従おうとしたけど、武士は「よいよい」と言って向かいに腰を下ろした。


「わしとお主の仲ではないか。堅苦しい挨拶はいらぬ。楽にしてくれ」


 私を見た武士は、にこりと微笑んだ。


「そちらが(くだん)の薬師殿か?」


 もしかしなくても、二人の会話から察するに、この人がドワイト商館長のご友人なのかしら。隠居されてるって商館長はいっていたと思うんだけど、そんな歳には見えないわ。──私がぽかんとしていると、横で商館長はわざとらしく咳払いをした。


「マグノリア、こちらが藤倉兼明(ふじくらかねあき)様だ。ご挨拶を」

「は、はい! マグノリア・プレンティスです。この度は、通行手当の交付をありがとうございました」

「はははっ、手形がなければ、こうして会うのも難しいからな。会えて嬉しいぞ」


 使い慣れない恒和の言葉で挨拶をすると、藤倉様は嬉しそうに言葉を返して下さった。ゆっくり話して下さるし、何とか聞き取れるわ。


 言葉が通じた感動に胸を震わせていると、目の前に茶器が差し出された。

 こちらでは、茶室という場所でお茶を楽しむと聞いたことがあるけど、これがそうなのかしら。


 持ち手のないカップの横には、花をかたどったお菓子が添えられていた。何もかもが物珍しくて、まじまじと眺めていると、藤倉様は喉の奥で笑いを堪えて私を呼んだ。


「マグノリア殿、煎茶は初めてかな?」

「え? あの、これが……茶の湯というものかと」

「茶の湯に興味がおありだったか! 次は茶室に案内せねばならんな」

「……これは、違うのですか?」

「うむ。茶の湯は少し(ちご)うて、堅苦しいものだ」

「私は抹茶(あれ)より、煎茶(こちら)の方が飲みやすくて好きですな」

「商館長……あれ、とは?」

「はははっ! マグノリア殿は何にでも興味がおありだな。まぁ、今日はこれで勘弁願おう。ゆっくり飲んでいって下され」

 

 楽しそうに笑った藤倉様は、自分の湯飲みに口をつけてずずずっと啜った。その様子に驚ろかされ、再びぽかんと見ていれば、横で商館長もふーふーと息を吹きかけた後、ずぞぞっと啜り出したではないか。


 何てことだろうか。私たちの国では、紅茶を頂くときに音を立てたら()()()()()と言われるのに、この国では気にしないようだ。

 文化の違いに目を白黒させていると、藤倉様は穏やかに話しかけてきた。


女子(おなご)の薬師が来るとは驚いたぞ」

「予定していた薬師が体調を崩しまして。うちの船に出資をして下さってる侯爵様の紹介で決まりました」

「長い船旅で病になっては大変だ。若く健康であることは、何よりも大切な才であろう」

「ごもっとも。それに、マグノリアは研究熱心な薬師です。ストックリーにも負けないでしょうな」

「ストックリーに負けないとは、なかなか大きく出たな! これからは女子も活躍する世になるのやもしれん。マグノリア殿はその先駆者といったところか」


 大口を開けて笑う藤倉様はとてもお元気そうで、隠居をされているとは思えない。後で聞いたのだけど、六十歳を迎えているらしく、すでにお孫さんが七人もいるらしい。恒和国の人たちは童顔だと聞いていたけど、本当のようね。


 でもこの時は、藤倉様の若さよりも、植物学者ストックリーが話題に上がったことの方が衝撃だった。


「ストックリーをご存じなのですか!?」

「若い頃、少しだけ交流があったのだよ」


 思わず前のめりになって尋ねると、藤倉様は懐かしむように目を細めた。

次回、明日8時頃の更新となります


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