第4話 町から出るための通行手形が発行されないってどういうこと!?
恒和国は交通網がしっかりと整備されている。古い時代で内戦が続き、軍事的、経済的にも整備は重要だったのだろう。要所で厳しくなった監視は、平和となった今でも続いているそうだ。
そんな人の往来を取り締まる場所を関所と言うらしい。当然、恒和国の外から来た私たちも、そこを通るのには身分証の提示が必要になる。それが通行手形だ。
ドワイト商館長の執務机をバンッと両手で叩き、身を乗り出すように詰め寄る。
商館長と私は親子よりも年が離れている。つまり、こんな強気に詰め寄るのは失礼に値する。でも、この時の私は焦りで頭がいっぱいで、そんなことを気遣う余裕はなかった。
だって、今すぐにでも外に出て町の様子を見たいのに。いつ商館を出られるか分からないだなんて酷い話だわ。
「通行手形がないと、困ります!」
「……分かっている」
「私は恒和で後ろ盾を手に入れないと」
「分かっている。侯爵夫人からの手紙で仔細を承知している」
立派な髭を撫でたドワイト商館長は、執務机に一通の手紙を出した。そこには、見慣れたロゼリア様の美しい字が綴られている。
お優しいロゼリア様の微笑みを思い出し、私は鼻の奥がツンと痛くなった。
「でしたら、どうにかして下さい!」
「分かっていると言ってるだろう。話は最後まで聞け!」
逸るなと苦言を呈するドワイト商館長は机に肘をつくと組んだ手に顎を載せ、これ見よがしにため息をついた。
「そもそも、どうして手形が必要か分かっているか?」
「身分証のようなものと認識しています」
「そうだ。私たちは恒和国と交易を重ねてきたから信用も厚い。だから、今週中には新しく迎えた商人たちへの手形が交付される手筈になっている」
「……交付されないのは、私だけってことですか?」
「あぁ、お前とエミリーだけだ」
「どうしてですか!? まさか、女だから──」
いいながら、悔しさに胸の奥が締め付けられるようだった。
どこにいっても同じなのか。
女だからという理由で、学がない、仕事なんて出来ないと思われる。子どもを産んで着飾って男の華になれば良いとさえいわれる。それが、女の仕事だと。
女としての自分を磨かず勉学に勤しむ私を嘲っていたのは、学園の貴族子女たち。その歪んだ顔を思い出し、思わず奥歯をギリッと鳴らしてしまった?
ドワイト商館長が静かに息を吐いた。
「この国は女性の数が少ないから、基本的には女性に対しての待遇が手厚い」
「……塀の中で安全に過ごせってことですか?」
「まぁ、そんなとこだ。どこの国も同じで、子を成す女は高く売れる。それを恒和国の政府は厳しく取り締まっている」
つまり、平和に見える恒和国でも人身売買はあって、そのターゲットとなる女性を守るためにも、女性が気安く移動できないようにしているってことね。
「私はこの国の女じゃないです」
「だが、他国の女性に何かあれば国家間での問題になる」
「薬師である前に、私は魔術師です。自分の身くらい、自分で守ります!」
「マグノリア……攻撃魔法適正マイナスだったろう?」
深々とため息をついたドワイト商館長は厳しい眼差しを向けてきた。それに思わずたじろぎ、私は口籠った。
痛いところを突かれてしまった。
そう、私は物質の分解や魔力の物質化は得意だけど、魔力そのものをエネルギーとして放つ攻撃は適性がないのだ。そもそも、私が有している魔力量が少ないため、攻撃魔法を連発なんてしたら、あっという間に魔力切れで気を失ってしまう。
私一人で探索に出るのが危険だっていうのは、恒和国に限った話でないのも十分に分かっているつもりよ。だからこそ、まずは協力者を見つけ出さないといけない。
「ですが……この関外町にある関所を通れなければ、外で協力者すら探せません!」
ドワイト商館長は低く唸る。
私たちの生活をする関外町は、三角州に作られた異邦人の港町だ。この三角州を出るには橋を渡らなければならないが、そこにも関所がある。関外という町名は関所の外にあるという意味らしい。
つまり通行手形がなければ、ここは恒和国の外も同じなの。
「だが、恒和のルールに従わなければ、本国に戻されるだけだぞ」
「それを何とかするのが、商館長の仕事じゃないですか!」
「分かっている。そこで、一つ提案だ」
「提案?」
「まずは、関外町の外に出るためだけの手形を手に入れる」
「それでは、他の関所は通れないんですよね?」
「この商館でくすぶっているよりはマシだろう?」
「それはそうですが。私、ストックリーの痕跡も辿りたいんです。それには、白江城下に行く必要があります!」
「白江城下か……ここを治める栄海の大名は、半年おきに白江城下へ向かう。その時、我らも同行するのだが、お前も加えられるよう話してみよう」
「本当ですか!?」
「だが、今すぐではない。何事も順番がある」
望みが見えたとたんに叩き落とされ、私は項垂れた。
最初から何でも上手くいくなんて思ってはいなかったけど、やっぱり、恒和国の中枢でもある白江幕府は遠いということね。
のそのそと顔を上げて姿勢を正すと、ドワイト商館長は小さく息を吐く。そうがっかりするなと励ましてくれるが、少なくとも今日は気分を上げるなんて出来そうにない。
「手形を手に入れる、手っ取り早い方法がある」
突然の言葉に驚いて瞬くと、ドワイト商館長は口元を緩めた。これは、何か良からぬことを考えている悪い大人の顔だわ。
「……何か、悪だくみしていませんか?」
「人聞きの悪いことをいうな。私の友人に会ってもらうだけだ」
「ご友人……こちらの方ですか?」
「そうだ。ちょっと変わった御仁がいてな」
「……変わった御仁?」
「お前のことを話したら興味をもってな。是非会いたいそうだ」
「でも、私は関外から出られない……」
いいかけて、ハッとした。
もしかしたら、その御仁とやらが手形を発行出来るということなのかもしれない。
「我が友人は、この栄海藩を治めている大名の遠縁に当たる武士でな。まあ、隠居の身ではあるが、色々と融通が利く」
「──えっ!? 大名って、上級貴族のようなものですよね?」
「そんなところだ。私の友人は先々代の大名とは従弟関係だそうだ」
まさか、そんな大層な人物とドワイト商館長が友人関係だなんて思いもしなかった。
つまり、その方は大名に近しい権力者なのだろうか。とすれば、この地方の情報には精通しているはずよね。もしかしたら、私の後ろ盾に……っていうのは図々しいか。でも、あわよくば協力者の紹介をお願いしても良いんじゃないかしら。
「会ってみないか?」
「ぜひ!」
下心満載なのがドワイト商館長に伝わったのだろう。商館長は豊かな髭を指で撫でつけながらにやりと笑うと、後日、屋敷に向かうから同行するようにといった。勿論、エミリーも一緒にだ。
エミリーと共にドワイト商館長の執務室を出て、自室に戻る途中のことだった。
中庭に面した窓を見ると、鮮やかな緑が広がっているのが見えた。
「素晴らしく手入れの届いた薬草園よね」
「商館の食堂で使うお野菜も育てているそうです」
「薬に使うだけじゃないのね」
「マグノリア様、あそこにいらっしゃるのは、薬師の方ではありませんか?」
「そうね。薬草を摘みに来たのかしら……あら?」
庭で籠を抱えていた薬師と思われる二人に、見慣れぬ武士が近づいてきた。何か話をしているようだけど、薬師の一人はその場からそそくさといなくなってしまった。
「商人以外の方も、簡単に出入りできるんですね」
「診療所に来たのかしら」
「……マグノリア様。あの薬師さん、困っているように見えませんか?」
「そうね。行ってみましょう!」
急いで中庭に向かうと、困り顔の薬師がこちらに気付いて顔をぱっと輝かせた。
「どうかされましたか?」
「そ、それが……彼らが何を言っているのか、さっぱりでして」
「通訳の人は?」
「今、呼びに行っています。でも、それすら伝わらなくて」
どうやら、この薬師は恒和国の言葉が分からないらしい。通訳もいるから、言葉が分からなくても働けるとは聞いていたけど、やっぱり多少は話せないと困るわね。
横を見れば、二人の武士も困った顔をしている。
通訳を呼びに行っていることくらいなら、私でも伝えられるかもしれないわね。
一度深く呼吸をして、足を踏み出した。
「あの、すみません」
「おお! 言葉の話せるものがおったか! すまぬが──」
声をかけると、年上と思われる武士が大きく安堵した様子で私に向き直った。かと思えば、ペラペラと早口で何かを話し始めるではないか。
ちょっと待って。早くて聞き取れないわ!
恒和の人たちが早口なのか。それとも、この人がやたら早口なだけだろうか。
「ま、待って! 聞き取れないです!」
慌てて、武士の早口を止めようとして、私は無意識にエウロパの共通語を混ぜて返していた。
次回、本日21時頃の更新となります
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