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第3話 私が男装を好むのは、動きやすさを重視してのことです

 船の上ですごした時間は約三ヵ月。

 魔法で制御されて揺れも少ない高速船だったといっても、やっぱり地に足をつけ、揺れない寝床で横になるのは良いものだわ。


 私たちが生活をする商館の調度品は、ありがたいことにエウロパ仕様で、慣れたベッド生活を送れた。畳と布団というのを体験してみたい気持ちもあるけれど、しばらくは、航海の疲れを癒したいものね。


 背伸びをしながら体を起こし、ベッド横の窓へと歩み寄った。まだ朝日が昇って早いからか、外は静かなものね。


 物思いに耽った私の口から、小さな吐息がこぼれた。

 恒和国で後ろ盾を得るといっても、何をしたらいいのかしら。


 私が身を置くことになる商館は、恒和国と国外交易を行う大きな商会の拠点だ。ここで働けるだけでも、おそらく、恒和国の人と交流を持つことが出来る。

 ただ、私が求める()()()を手に入れるなら武家との繋がりを持たなければならないだろう。それもエウロパでいうところの侯爵家以上の上級クラスとの繋がりだ。


 きっと、ただ働いているだけでは無理よの。


 窓の外、中庭に広がるハーブ畑を見ながら、ふと昨日出会ったお堅そうな役人たちを思い出した。彼らも刀を持っていたし、武士なのかしら。彼らのように、こちらの言葉も分かってくれる人と、まずは繋がりを持てたらいいのだけど。


「私の言語能力じゃ、心もとないし……」


 ドワイト商館長に頼んで紹介してもらおうかと考えていた時、ドアがノックされた。どうぞと入室を促すと、メイド姿のエミリーが元気に入ってきた。


「マグノリア様、おはようございます! お着替えを手伝いに参りました」

「おはよう。今日はお休みでしょ?」

「商館のお仕事はお休みをいただきましたが、マグノリア様のお手伝いは別でございます!」

「気にしなくていいのに。自分で着替えも出来るわよ」

 

 クローゼットに歩み寄りながら笑うと、エミリーはぷうっと頬を膨らませ、小走りで側に寄ってきた。


「その件について、申したいことがございます」

「何かしら?」

「マグノリア様……どうしてドレスをほとんどお持ちにならなかったのですか!」


 涙目になったエミリーは、勢いよくクローゼットを開け放った。そこに並んでいるのは、紺や茶色のパンツとシンプルなブラウスばかり。派手なドレスは一枚もなく、深緑と臙脂色のドレスが一着ずつ下がっているだけだ。


「しかも、ドレスはこのように地味な色のものがたったの二着!」

「公式の場ではドレスを着ないといけないといわれたから、一応ね」

「一応ね、ではありません! せっかくの美貌が台無しではありませんか」

「美貌って……でも、男装の方が動きやすいわよ」

「そういうことではございません!」


 文句をいいながらも、ブラウスをハンガーから外したエミリーは、私の着替えを手伝い始めた。


「着飾るのは好きじゃないの」

 

 着替えを終え、鏡の中に映しだされた自分の姿を見る。

 紺のパンツに白のブラウス。それに合わせた紺のベストという格好は、まるで執事のようだと母が嘆いた姿だ。

 お洒落と言えるような装飾品は、首元を彩る紺のスカーフを留めているエメラルドくらいだけど、これくらいの方が仕事をするのに丁度良いのよね。当然、男受けも良くないから、邪魔もされない。


「それに、恒和国は(きら)びやかな格好を良しとしないって聞いているわ。派手なドレス姿で外を歩くのは失礼に当たると思うのよね」

「ドレスを着なくていい口実ばかり並べないで下さい!」


 嘆くエミリーに、私はごめんねといって笑顔で誤魔化した。

 ドレッサーの前に座り、置いてあった髪の結い紐を手に取る。それを使って、さっとまとめた髪を一本に結ぼうとした時だった。

 鏡に、不満そうなエミリーの顔が映り込んだ。


「せめて、もっと華やかな色のものをお召しになってください。紺は地味すぎます!」

「エミリーの服だって紺じゃない。それに、恒和国は質素倹約こそが美徳とされてるって聞いたわ。地味で良いのよ」

「ぐぬぬっ……それなら、髪を編み上げて飾りましょう!」

「飾り立てたら邪魔でしょ」

「髪を飾るのがお好きでないのも存じ上げてますが、無造作に結ぶのは、よろしくないです!」


 失礼しますといって、私の髪に触れたエミリーは結び紐を私の手から取り上げた。


 鏡の中で艶やかな赤毛がふわりと広がる。

 幼い頃から、まるで薔薇の花のようだと褒め称えられてきた赤毛だけど、私にはその価値がよく分からない。そもそも、長い髪なんて邪魔でしかないもの。


「マグノリア様、あまり引きつめて結ぶと、禿げますよ」

「それはさすがに嫌ね。結ぶのも面倒だし切ってしまいたいぐらいよ」

「駄目です! こんなに豊かで美しい髪を切るだなんて!」

「……皆そういうけど、そんなにいいものじゃないと思うのよね」


 鏡に映るブラシで梳かれる姿を眺めながら、ふと幼い頃を思い出した。

 自ら髪を(はさみ)で切り落として、母を泣かせたのは十歳の頃だったか。その時、勉学に邁進しても良いから髪を切ってはならないと叱られた。


 今思い出してもよく分からない交換条件を飲まされてからは、渋々伸ばしている。おかげで、好きな勉強を経て研究の道に進めたのだけど。


「もしも私一人になったら、この髪には困るわ」

「一生お仕えいたします!」

「エミリーはランドルフ侯爵家の侍女でしょ。国に帰ったらそういうわけには」

「でも、マグノリア様はこちらに残ろうとしているんですよね?」

「まあ、そうだけど……え?」

「一生お仕えする覚悟で参りました」

 

 白いリボンが、薔薇色の髪に編み込まれていく様子を見ながら、思わず後ろを振り返りそうになった。エミリーが静かに「動かないで下さい」というから思いとどまりつつ、私は彼女の思いを思案して黙り込む。


 だって、ここは武士の国よ。


 商館に勤める多くの者は、定められた勤務期間を終えると本国に帰ることが出来る。その大半は、帰国を心待ちにしているという。特に、エミリーのように侍女として派遣されたものは嫌々来ているケースもあるって聞いた。言葉が通じないのだから、それも仕方ない。


「……どうして?」

「お忘れですか。私の弟は、マグノリア様の薬に救われました。ですから、今度は私がマグノリア様をお助けする番です」

「助けたって。そんな大げさな」

「大げさではありません! 体の弱かった弟が外に出られるようになったのは、間違いなく、マグノリア様の薬のおかげです」

「エミリーは弟さん思いね。それならなおさら、ついて来てもらったのは申し訳ないわね」

「病弱だったのが嘘のように、今は畑を耕してますよ」


 リボンをきゅっと結んだエミリーの嬉しそうな顔が鏡に映った。本当に、弟さんが大好きなんだな。その顔を見ていると、出航の前日まで心配してくれた母や兄の顔が思い出された。


「でも、弟さんだってエミリーに会いたいんじゃない?」

「どうでしょうね。お嫁さんが来てからはすっかり姉離れしちゃいましたし」

「それと家族は違うんじゃない?」

「そうかもしれませんが……マグノリア様を助けて世界を見てくるっていったら、応援してくれたんです」


 鏡越しだったけど、揺らがない瞳と視線が合った。


「そう……ありがとう。心強いわ。でも、国が恋しくなった時はいってね。その時は、商館長に帰国の相談をするから」

「そんな必要ないですよ。さぁ、出来ましたよ!」


 さあと促され、視線を自分の髪形へと移す。

 編み込まれた白いリボンはさりげなく、ボリュームのあった髪は綺麗にまとまっている。だけど、キリキリと結んでいないからとても楽だった。これはどんなに頑張っても、自分では出来そうにもない。エミリーがいなくなったら、髪を切るしかないわね。


「私がいなくなったら、この髪を切っちゃうおつもりですよね。そんなこと、させませんからね!」

「……エミリー。これからよろしくね。ところで、その手に持っているものは何かしら?」


 仕上がったといいながら、エミリーは小さな箱を手にしている。あれは間違いなく、母が持たせたアクセサリーケースだ。仕事をするのにアクセサリーはいらないと突き返したのに、どうやら、エミリーに持たせていたようだ。


「あ……バレちゃいました?」

「リボンだけで十分よ」


 髪に宝石を飾ろうとしていたエミリーは渋々といった様子で、それをドレッサーの引き出しに戻した。


 ◇


 商館での生活にだいぶ慣れてきたある日のことだ。


「どういうことですか、ドワイト商館長!」


 私の金切り声が商館中に響き渡ったかもしれない。

 開け放たれた窓の向こうでは、羽根を休めていた小鳥たちが一斉に飛んでいき、ついてきたエミリーはおろおろとするばかりだ。


 私の前で執務机に向かうドワイト商館長は、渋い顔で「困ったな」と呟く。


「私とエミリーの通行手形が発行されないって、それじゃ、商館から出られないじゃないですか!」

「今すぐに発行できないというだけだ。交渉はしている」

「期限が分からなければ発行されないも同然ですよね!?」


 困ったな、じゃないわ。大問題よ!

次回、本日20時頃の更新となります



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